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第33話 建築:訓練施設

 今日は、珍しくゴーファ辺境伯から呼び出された。

 筋肉むさい辺境伯軍の兵士たちが、屋敷の前でずらりと整列して、俺を出迎えた。


「「いらっしゃいませ、宮廷魔術師閣下!」」


 きちっと声を揃えての大合唱だ。

 まるでよく訓練されたメイドのようだが、彼らは兵士。そして筋肉むさい。

 なんとも暑苦しい歓迎だ。


「やあ、ニグレオス殿。待っていたよ」


「辺境伯殿。何の冗談ですか、これは?」


「領地軍に対する訓練の一環だ。

 近衛騎士団ほどではないにせよ、表現力を磨くのは部隊の質と連携を高める良い方法だと思ってな」


「なるほど、規律正しい動きを覚えてしまえば、集団戦では数の暴力に磨きがかかるわけですね」


 士気の高さが戦果に影響するのと同じ理屈だ。

 構成員それぞれのキビキビした動きが、全体の効率を高める。やる気のない構成員を4~5人集めて「30分で終わる仕事」を任せると1時間かかるが、やる気のある構成員を4~5人集めて同じことをやらせると20分で終わる。

 この「士気の高さ」を実際の「効率的な動き」に落とし込むことで、全体の作業が超高速で終わる。F-1のピット作業なんかが良い例だ。

 ゴーファ辺境伯は兵士にメイドの真似事を高いレベルでさせることで「効率的な動き」を教え込もうとしている。


「規律正しいといえば、ニグレオス殿。娘をもらってくれんかね?」


「え? なんですか? 今のどういうつながりですか?」


「娘が猛アタックしているのに、君はのらりくらりだ。

 男として規律正しい行動を見てみたいものだがね?」


 なぜか上腕二頭筋を強調しながら言うゴーファ辺境伯。

 その動作に合わせて、周囲の兵士たちもポーズを取っている。

 むっさい……! 筋肉むさい……! 暑苦しい……!

 話を変えよう。


「それで、呼ばれた理由をお伺いしても?」


「強引に話題を変えてきたね。露骨すぎて逆に見事だよ。いっそすがすがしいというやつだな」


「御用の向きがなければ、私も暇ではありませんので……」


「分かった分かった。まったく、君というやつは……娘の幸せを心配する親心も、少しは分かってもらいたいものだがね。

 さて、ニグレオス殿。お呼び立てした理由は、建築をお願いするためだ。正確に言うと設計だけでも構わんのだが、君の場合は作ってしまったほうが早いのだろう?」


「どのような建築物でしょうか?」


「領地軍が訓練に使うためのフィールドだな。

 市街地戦を想定して建物を用意してもらいたい」


「辺境伯軍の工兵部隊にやらせればよろしいのでは?」


「設計を頼みたいと言っただろう?

 工兵部隊は効率化のために決まったパターンしか作らないからな。斬新な設計を求めても無理なのだよ。

 だが『不意の遭遇にとっさに対処する訓練』をしたい場合、不慣れなフィールドのほうが都合がいい」


「うーん……わかりました。じゃあ、なるべく『不意の遭遇』が起きやすい設計にしてみます。

 ところで報酬のほうは?」


「娘と結婚――」


「それは今回の仕事の報酬には不適切かと」


「娘の話では、ビールが好きだったね? 辺境伯軍の軍隊飯をご馳走しようか。兵站バージョンと現地調達バージョンがあるが、どっちがいいかね? ちなみに現地調達バージョンのほうがおすすめだ」


「では現地調達バージョンで」


「おいしい鹿肉を期待していたまえ」


「すぐに取り掛かります」


 ビールと聞いては、やる気を出さないわけにはいかない。

 さて、不意の遭遇が起きやすい要素は、敵の「位置」と遭遇しやすい「動線」の2つだ。

 まず、敵の位置が分からないこと。クリアリングした場所は安全という概念を逆手にとって、転移系の罠を多数配置しておこう。こうするとクリアリングが役に立たなくなり、敵がどこから現れるかわからなくなる。

 転移の罠それ自体を転移させて、ランダムに位置を変更できるとなお良いが……さて、どうやって実現しようかな?


「辺境伯殿、転移の罠を設置できる兵士は居ますか?」


「もちろんだ」


「交代で休暇を取るだけの人数が居ますか?」


「当然だな」


「わかりました」


 では休暇に入る直前の連中に、罠を移動させてもらおう。

 もちろん居残る兵士への情報漏洩は禁止だ。

 あとは遭遇しやすい動線。これは放射状の動線を作ればいい。中心で必ず遭遇率が高くなる。中心でのみ気をつければ良いという対策が出来上がるはずだが、転移の罠によって「中心の位置」が変わるため、どこで遭遇するか分からない。


「ざっくりした設計ですが、間取りだけでいうとこんな感じですね。

 ここに視線を遮るような布や植物などを配置してやれば、さらに『不意の遭遇』が発生しやすくなるかと」


 全体を見やすいようにミニチュア模型を作ってみせた。実物大だと確認に時間がかかるからな。修正の注文があれば早いうちに聞いておきたい。

 より把握しやすくするために、立体映像のミニチュア兵士を生成して、模型の中で動かしてみる。

 転移の罠を移動させると、兵士は毎回ランダムな場所で敵と遭遇した。


「すばらしい。いや、これは素晴らしいな。

 ここへ民間人や友軍を加えてやれば、極めて質の高い訓練ができるだろう」


 うわ。それはエグいな。辺境伯軍はそこまで求められるのか。

 王国最強の軍団といわれる理由の一端が見えた気がする。


「よーし、工兵部隊はこれを作れ!

 他の部隊は出撃準備! パーティーだ!」


「「イエッサー!」」


 辺境伯軍の兵士たちがテキパキと行動して、あっという間に訓練施設を作り上げてしまった。大した練度だ。

 その間に出撃していった他の部隊が、訓練施設の完成からまもなく、猪や鹿を狩猟して戻ってきた。こちらも仕事が早い。


「調理部隊は作業開始! その他の部隊は訓練開始!」


「「イエッサー!」」


 さっそく完成した施設で訓練が始まった。

 まずは単純に敵味方に分かれて戦う。民間人や友軍を設定するのは後日ということになりそうだ。

 1時間ほどでボロボロになった兵士たちが施設から出てきた。不意の遭遇に対処しきれず、かなり被弾したようだ。


「いい仕事だな」


 ゴーファ辺境伯が言う。


「そのようで、何よりです」


 最初からうまくやられては、設計した価値がない。

 被弾してボロボロになったということは、この施設で訓練する価値があるということだ。それは俺の設計が目的に沿うものだったという証でもある。


「閣下、不意の遭遇があまりにも難しすぎて、対応困難です。

 可能でしたら、手本を見てみたく思います」


「ニグレオス殿?」


「まあ、やってみましょうか」


 俺は木剣を手に、施設へ乗り込んだ。

 敵役として兵士たちに参加してもらう。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。

 結果、俺の圧勝だった。


「動きが異次元すぎる」


「なぜあれだけ動けて魔術師なのですか」


「戦士でしょう? どう見ても戦士だ」


「最初から見えているのでは?」


 いろいろ言われたが、実力だ。

 まあ、でも、違いがあるとしたら――


「俺の剣術は、こういうシーンに特化しているからな」


 居合とは、文字通り「居合わせた場面での即応術」だ。たとえば武器を抜いて奇襲してきた敵に対して、こちらは無警戒に歩いているだけ――こういう場面に居合わせた場合に、それでも間に合うように反応して身を守るにはどうすればいいか? という技術である。

 極端なことを言えば、襲われたときに自分が座っている座布団を投げつけて逃げるのも居合である。

 まあ、それをわざわざ練習する意味はないから、普通は刀剣の練習――いかに素早く抜剣できるか、相手の攻撃にカウンターを取れるか、といった事をするのだが。

 なお、抜いて構えたあとは、普通に剣術だ。あくまで機先を制することに特化した技術である。だから不意の遭遇には強いが、お互いに構えて正々堂々と正面から戦う場合には、そこまで有利にならない。


「ニグレオス殿、その剣術を我が辺境伯軍に教えてもらえぬか?」


「うーん……」


「ダメかね?」


「いや、教えるのは構いませんが、せっかくなのでルナの領地軍から教わってみてください。

 俺はルナに教えました。ルナは自分の領地軍に教えました。そこからさらに教わってなお効果的であれば、剣士としてこれに勝る喜びはございません」


 剣士として最初に望むことは、強くなることだ。

 それは、オス同士でメスを奪い合う争いに似ている。強い者、勝ち残った者だけが、栄光を手にする。

 ならば、その先は?

 弟子からその弟子へ、そのまた弟子へ。技術として己の剣術が継承され、その系譜が連綿と続くこと。

 子孫繁栄だ。門下生が増えていけばなお良い。

 まあ、剣術に限らず、なんの分野でもそうだと思うが。


「ふむ……人数も多いことだし、そのほうが効果的か。

 では、娘の領地軍から教わってみよう。

 だが上達が見られない場合には、改めて直接指導を頼む」


「喜んで」


 その場合には、ルナから連なる系譜とは別の系譜ができるわけだ。

 だが、どちらも俺から連なる系譜である。

 いわば兄弟や従兄弟のようなもの。

 これもまた子孫繁栄だ。嬉しむべし。

 王国は今日も元気にあふれている。

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