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第32話 依頼品:誕生日プレゼント

 今日は国王陛下に呼び出された。

 が、場所が問題だ。

 いつもの執務室ではなく、よりプライベートな私室である。


「ニグレオス」


「はい」


「ニグレオスよ」


「はい、陛下」


「ニグレオスぅ……」


「え? は? なんですか、陛下? なんで急に泣き出すんです?」


「助けてくれ」


「あっ、はい。

 それで、何をお困りで?」


「もうじき4月じゃ」


「はい」


「もうじき4月なんじゃよ」


「はい、そうですね」


「もうじき4月1日なんじゃよ!」


「だからなんですか!?」


「お前、4月1日が何の日か知らんのか!?」


「知りませんよ!?」


 情緒不安定か、てめえ!? この陛下ヤロウ!

 1回殴って落ち着かせようかな!?


「妻の誕生日なんじゃ」


「あっ、はい。昨日まで忘れてて『今年はどんなプレゼントか楽しみですわ』とか言われて思い出して焦ったパターンですね、分かります」


「見てきたのか、お前……? 大正解じゃよ」


「どうせ陛下のことですから、そんな感じかな、と」


「どうせ!? 陛下のことですから!?」


「事実と異なる場合は謹んでお詫び申し上げます」


「事実と異なる場合がひとつも見当たらんのじゃ! 畜生め! ニグレオスこのヤロウ! バーカバーカ!」


「うわー、陛下の精神年齢が1桁になった」


「ニグレオスよ。余のことは何と言ってくれても構わんから、助けてくれ」


「えー……」


「お前もルナ伯爵と結婚したらこうなるんじゃぞ? その時は余が助けてしんぜようほどに」


「陛下までそういう事を言う……ジェームスの差し金ですか?」


「そこはどうでもいいじゃろ。黙ってさっさと結婚せい」


「はいはい、まったくもう……。

 それで? 何をプレゼントしたいんです?」


「さっぱり思いつかん」


「ダメ亭主!?」


「いや、もう結婚何十年目じゃと思っとる。思いつく限りのものはプレゼントしてしまったわい。妻はあんまり興味がコロコロ移り変わるようなタイプじゃないからのぅ。好きなものをプレゼントしようと思うと、似たりよったりになってしまうんじゃよ」


「あー……なるほど……」


 ルナに何かプレゼントしようと思ったら、剣や鎧になっちゃうもんな。

 領地を発展させるものでも喜ぶだろうけど、それはルナ個人へのプレゼントではなくなるし。領主へのプレゼントとしては良いかもしれないけど、誕生日に贈るものじゃないよな。就任記念日とかならともかく。


「ルナ伯爵に贈るなら剣とか鎧とかになるなー、とか思っとるじゃろ?」


「ギクッ!?」


「分かりやすいのぅ」


 ニヤニヤ笑う陛下。

 この……くそっ……陛下め……!


「ぐぬぬ……」


 しかしルナに贈るなら、剣や鎧よりも一緒に魔物を討伐しに行くとか、一緒にダンジョンを攻略しに行くとかのほうが喜びそうな気がする。


「陛下、物を贈るのに困ったなら、体験を贈るのはどうでしょう?」


「体験を贈る?」


「王妃陛下のお好きなことに、陛下も一緒に取り組んでみるというのは?」


「甘っ!? 恋人同士か!? 新婚夫婦じゃないんじゃよ!?」


「しかし陛下、ご自分の趣味に王妃陛下が付き合ってくれたら、嬉しいと思いませんか?」


「うーむ……なるほど。良さを分かってもらえると嬉しいかもしれんのぅ」


「そういうことです」


「そういうことか」


「必要なものは用意しますよ。

 それで、王妃陛下のお好きなことは?」


「植物、特に花じゃな。

 それと音楽。

 あとは料理。たまに作ってくれるんじゃよ」


「えっ? 王妃陛下が料理を?」


「うむ。妻が料理をな」


 宮廷料理人が何でも作ってくれるだろうに、わざわざ自分で料理するのか。


「ちなみに陛下は?」


「王子教育の一環で従軍したときに多少やったが、本格的なものは作れぬ。

 とりわけ妻が得意な菓子などは、分量の計測が正確でなければならぬと言って、余が料理したときの話には『大雑把すぎる』と呆れておったわ」


「あー……それは確かに……。料理と菓子作りは別物ですからね」


「うむ。菓子作りの正確さで料理を作ったことがあるんじゃが、あれは個性のない奇妙な味じゃったな。マズイわけではないが、決して美味いとは思わんかった」


「料理は愛情と言いますからね」


 甘いのが好きな人は砂糖を多めに入れたり、辛いのが好きな人は塩を多めに入れたり、無意識にそうしてしまうものだ。そのムラが味に個性を出し、同じレシピでも作る人によって味の違いが出る。

 それゆえ、親の料理をそっくりそのまま真似しても「なんか違う」と感じる味になる。親が子供を思って「このぐらいが好きそう」と加減する分量の微細な違いが、その「なんか違う」を生み出す。他の人が真似しても「このぐらいが好きそう」の加減が違ってしまうので、加減も変わってくる。真似できない理由がここにある。まさに料理は愛情なのだ。

 ところが菓子作りにおいては、こういうムラが完全に排除されなくてはならない。奇妙なことだが「このぐらいが好きそう」と加減を変えてしまうと、とたんにおかしな味になる。


「それでは、王妃陛下に教わりながら一緒に何か作ってみるという方向で考えてみましょう。

 道具は厨房にいくらでもあるでしょうから、そうですね……エプロンでも作りましょうか」


「エプロン?」


「デートするときには、特にめかしこむものでしょう?

 一緒に料理をするのに、めかしこもうと思ったらエプロンしかありません」


「ふむ……なるほどな」


「デザインは任せてください。ドレスのようなエプロンを作りますから、王妃陛下に着ていただいて、陛下はできるだけ褒めちぎってください」


「ドレスを褒める感じでやればいいのじゃな? よく似合うとか言っておけばいいかの」


「そうです。

 それから――」


「そうですじゃねーわ。お前、実体験なしに適当なこと言ってからに」


「まあ確かに。しかし人から朴念仁と言われる私でも、これは良さそうだと感じるぐらいの代物ですよ? 一般的な感性をお持ちなら、強烈に効くでしょう」


「うーむ……一理あるか」


「では、その方向で。

 それでですね、陛下が着用する分のエプロンも作りますので、当日にはきちんと着てください。ああ、もちろんエプロン自体がプレゼントですから、当日まで試着とかしないでくださいね」


「うむ、分かった。開封済みのプレゼントを贈るわけにはいかんからの」


「では、用意しておきますので、当日はがんばってください」


「うむ。すまんの。助かったのじゃ」



 ◇



 当日。


「あ、あなた……それ本気ですの?」


 王妃は顔を赤らめて言った。

 王が着用したエプロンには、大きく「王妃ラブ♡」と書いてあった。


「う……うむ……も、も、もちろんじゃ……!」


 ここで冗談だとか嘘だとか言えば、どうなるか。

 恥じらうのはいいが、決して引っ込めるような真似をしてはならない。堂々と押し通すのが正解だ。

 だが王は固く誓った。

 ニグレオスめ、あとで殴る!

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