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第31話 捕獲:怪しげな集団

 ある日、国王陛下から呼び出しを受けた。

 執務室へ行くと、元帥がいた。


「あっ、嫌な予感……」


「宮廷魔術師殿は、私が嫌いかな?」


 元帥が薄く笑う。

 嫌われることに慣れきった笑いだが、この会話はこれで3度目。今回は少しだけ元帥の笑みが柔らかい。


「いえいえ、王国民の安寧を守ってくださる元帥閣下には、感謝こそすれ嫌う理由などありませんとも。私が兵器開発などに駆り出されることなく、のんびりビールを飲みながら好き勝手に便利グッズを開発して遊んでいられるのは、元帥閣下の尽力のたまものですから。

 しかし過去2度とも、このシチュエーションから頼まれる内容は、あまりにも悲惨でしたのでね。非正規戦闘とか、正直に申し上げて、冗談ではありません」


 成功しても認められず、失敗しても助けてもらえない。最初から歴史の闇に埋もれる前提の作戦だ。名誉もなく、安全もなく、忠義に対する見返りが「王国の安寧」という漠然としたもの。どこぞの蛇と違って、俺はこういうの嫌だ。デメリットしかないもの。


「閣下、言葉がすぎるかと」


「だってジェームス、本当のことだもの」


「だってじゃありません。閣下、子供じゃないんですから」


「ジェームス。それを言うなら、俺は工作員じゃないんだが。宮廷魔術師だぞ? 研究職だぞ? それがなんで潜入工作員のマネごとを?」


「閣下……お気持ちはわかります。

 しかし陛下が閣下をご指名なされる以上、他に適任者が居ないのでしょう」


「それはお前、敵に警戒されずに近づけるからって子供に武器もたせて襲撃に行かせるような話だぞ?」


「なるほど。やはり閣下は子供でしたか」


「あっ、いや、違……いやもうどっちでもいいけど」


 ジェームスと言い争っていると、元帥が苦笑し、陛下がため息をついた。


「すまぬな、ニグレオス。今回もそういう話じゃ」


「ぐぬぬ……」


 陛下に「すまぬ」と言われては、これ以上何も言えない。

 言葉に詰まっていると、元帥がさっさと説明を始めてしまった。


「ゴーファ辺境伯からの情報だ。

 国境をまたいで怪しい動きをする連中を発見した。先の毒物騒動のこともあり警戒を厳重にしている中で、捕まえることもできずに動き回る連中……只者ではない。

 相手の規模が不明なため、尋問して情報を吐かせる必要がある。殺さず、生け捕りにしてもらいたい」


「また隣国のスパイを捕まえろ的な話ですか」


「また隣国のスパイを捕まえろ的な話じゃ」


「はぁ~~~……」


「そう肩を落とすでない。

 王国で一番といわれるビール『夕闇マイルドウェット』の改良版ができてのぅ。近く発売予定ではあるが、先んじて入手した。その名も『夕闇ソークト(びしょぬれ)クリスタル』じゃ。

 これを樽で用意してある」


「ジェームス、すぐに出発するぞ」


 ビールだ! うまいビールがもっとうまくなって新登場! やったー! これは滾るぜ! バンザーイ!


「あっ、ちょ……閣下!?」


「ほっほっほっ。頼んだぞ」


「ブレませんな、宮廷魔術師殿は」


「それが良い所じゃ。

 あのブレぬ態度。あれこそ信用できる証じゃ」


「なるほど。それ以外には目もくれないわけですね」


「ほっほっほっ」



 ◇



 そしてゴーファ辺境伯の屋敷である。


「以上が目撃情報だ」


 ゴーファ辺境伯が、捕獲対象の集団について情報を提供してくれた。

 足取りをつかませないように、ランダムに動いているようだ。


「これは難しいですね……」


「うむ。奴らめ、信じられんほど我らの裏をかいてくる」


 辺境伯といっしょに唸っていると、ジェームスが涼しい顔で地図の1点を指さした。


「ここで待ち伏せしましょう」


「なぜそこに?」


「パターンからすると、3日後にここを通るはずです」


「パターン? ランダムなように思えるが」


「いえ、パターンが存在します。

 具体的には――」


 ジェームスによる謎の呪文の詠唱が始まった。

 俺は理解するのを諦めた。

 ゴーファ辺境伯は混乱している。


「……以上の理由で、3日後にここを通るかと」


 大真面目な顔で説明を終えたジェームス。

 俺とゴーファ辺境伯の声は重なった。


「「なるほど、分からん」」


 どこの暗号解析班だよ、こいつは。

 まったく、脳みそ化け物め。



 ◇



 そして3日後。

 まあ、途中の説明がわからなくても、ジェームスの指示通りに動けば問題ないわけで。


「あっ! 誰か居るぞ!」


「くそっ! 逃げろ!」


 怪しげな集団が俺達を見て逃げ出した。

 ますます怪しい。


「逃がすな、捕らえろ!」


「「おおーっ!」」


 辺境伯軍が気勢を上げる。

 同時に俺は、迷彩を解除。背景に溶け込む迷彩色の光を生成して辺境伯軍に浴びせていたが、そうして潜んでいた辺境伯軍が一斉に躍り出た。


「ああっ!? いつの間にか囲まれている!」


「畜生め! なんて鮮やかな!」


「敵を褒めてどうする!?」


 怪しげな集団は大混乱だ。

 奇襲によって敵を混乱させる効果が大きく、これは兵数で3倍から5倍の相手を打ち破れる。しかも包囲が完成済みで、辺境伯軍のほうが人数が多い。

 怪しげな集団は、戦うまでもなく諦める者が続出した。


「いやぁ、見事なものだ。

 どうかね、ジェームス殿? ひとつ頼まれてくれんか?」


「辺境伯閣下、頼み事でしたら、私はニグレオス閣下の副官ですので、ニグレオス閣下を通していただきたく……」


「いや、そのニグレオス殿に関する頼みなのだ。

 今回の鮮やかな手並みをもってすれば、容易い事だろう」


「は……はぁ……?

 それでは……いったい何を……?」


「煮えきらぬニグレオス殿を追い込み、娘のルナとくっつけてしまえ」


「ああ、はい。それもう私としても色々と手を尽くしているところでして。

 具体的には、ニグレオス閣下を煽るよりも、ルナ伯爵閣下を焚きつけるほうが効果的なようでして、だいぶ親密な様子になってきました。このまま続ければ、ニグレオス閣下も近いうちに観念するのでは……」


「ジェームス! お前の仕業か!? 最近妙にルナが積極的だと思ったら……!」


「あっ、マズイ。辺境伯閣下、敵にバレました」


「誰が敵だてめえ!」


「ニグレオス殿、諦め給え。

 そして娘を貰ってやってくれ」


 はっはっはっ、とゴーファ辺境伯は豪快に笑う。

 いや、むしろHAHAHAと笑っているようだ。


「ゴーファ辺境伯……そんないい笑顔で言われましても。サムズアップまでして。まいったな、もう……」


「閣下、諦めが肝心ですぞ」


「うっせーわ! ジェームス、てめえ、このやろう!」


 なんだかんだ、今日も王国は平和だ。

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