表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/74

第30話 諜報:入手ルート

 今日は芋男爵――もといジャガー男爵の屋敷だ。

 被爆による健康被害に苦しむジャガー男爵に、必要な治療を提供するべく、ルナの領地軍から衛生兵を借りてきた。


「宮廷魔術師閣下が、私のような田舎男爵にわざわざ……感謝の念に耐えません」


「いやいや、仕事のうちさ。

 新しい病気に治療法を用意する。まさに宮廷魔術師の仕事だ」


 まだ存在しない治療法を開発するのも、宮廷魔術師の仕事である。

 医務官や衛生兵は、すでに存在する治療法を適切に使うのが仕事だ。


「そう言っていただけると気が楽になります。

 どうぞ心ゆくまでこの身を調べ、王国の将来にお役立てください」


「では失礼して、まずは問診から始めましょうか。

 どのような症状がいつから?」


「疲労感・倦怠感があり、風邪をひきやすく治りにくいようです。鼻血や歯茎からの出血、吐き気、嘔吐、下痢、食欲不振、腹痛、脱毛があります。あと皮膚が赤くなったり水ぶくれができたりしており、発熱もあります。

 時期は1ヶ月ほど前。特に何かした覚えはありませんが、変わった事といえば装飾品をひとつ買ったことです。新人の金メッキ職人が作ったもので、私に格安で売る代わりに『男爵に売れた』と宣伝する権利がほしいという話でした」


 脱毛や皮膚の異常を見せながら答えるジャガー男爵。

 金メッキ職人(金細工職人ではなく)というのが、男爵に持ち込むものとして自然だ。貴族に売れたという事実は、職人の名前を売るには効果的で、その後の作品を高く売るのに役立つだろう。

 こうして聞いた限りでは、なにひとつ不自然なところがない。

 ただし、その装飾品に放射性物質が含まれていたという点を除けば、だが。


「症状はルナから聞いた通りだな。

 その装飾品は今ありますか?」


「それが、どういうわけかボロボロになってしまっておりまして」


 ジャガー男爵がメイドに命じて、それを持ってこさせた。

 するとボロボロの金箔が、脱ぎ捨てた服のように「何かの形をしていたらしい」と分かる程度の状態でトレイの上に乗っていた。


「中身が消えてメッキだけが残ったか……」


 消えた「中身」こそは放射性物質。

 そして消したのは俺だ。

 何よりも「消えた」という事実が重要である。これで隣国の研究所にばらまいてきた放射性物質が流用されたことが確定した。

 あとは入手経路だな。


「受け答えがしっかりしていて、脳に障害はなさそうだ。

 とりあえず安心だな。治療できることは確定した。

 軽症の場合と重症の場合とで治療法が異なる。まずは軽症の場合から試そう。ルナの領地軍から衛生兵を借りてきた。部位欠損も再生できるレベルの実力者だ。その回復魔法を受けてもらう」


「ははは……それは役得ですな。

 こんな機会でもなければ、田舎男爵ごときに再生レベルの回復魔法など受ける機会は無いでしょう。

 実力に優れた衛生兵を貸し出してくれるルナ伯爵閣下にも、感謝を」


 自分の領地軍にそういう人物がいれば命令して使わせるのは自由にできるが、そうでなければ高い代金を支払って他人の領地から治療しに来てもらう(または治療してもらいに行く)ことになる。

 総じて「男爵」では領地も小さく税収も乏しいので、その経済力では、確かに再生レベルの回復魔法を受ける機会はないだろう。


「ジャガイモスティックの素揚げが大好評で、財力は伸びてきているのでは?」


「その原料を生産しているだけですからな。原料は安く買い叩かれ、加工品は高く売られるというのが世の常ですよ」


「なるほど、たしかに」


「とはいえ、ルナ伯爵閣下から領民を借り受ける状況です。以前より儲かっているのは事実ですな」


「結構なことです。富国強兵こそ貴族の役目なれば」


 話している間に、衛生兵が回復魔法を使った。

 とたんにジャガー男爵の顔色が良くなって、治療が成功したことが分かった。


「どうやら軽症だったようです。治療は終わりました」


「ありがとうございます。

 ちなみに、重症だった場合は、どうするのですか? 機密情報なら聞きませんが」


「機密の部分もありますが、話せる範囲でいえば『切断して再生』の繰り返しです。

 そうやって全身を順に『新しい部品』に交換してやれば、最終的には脳以外すべて『新しく』なりますから、健康になるというわけです。脳だけは、この方法が使えませんが」


 教えてやると、ジャガー男爵の顔が青ざめた。


「それはまた……なんとも過激な方法ですな」


「痛みがないように薬を使いますがね。その製法や効能は機密情報です」


 痛みがなくて意識があれば、兵士に使わせてゾンビのごとき軍団を作ろうとする奴が出てくるだろう。

 実際には意識がなくなるわけだが、それならそれで意識のないうちにアレコレやってしまおうという犯罪行為に使われかねない。

 従って仮死薬「超ぐっすり君1号」は、厳重に管理されなくてはならない。


「……ふむ。宮廷魔術師閣下は、ルナ伯爵閣下と懇意にされておられるのですか」


「うん? なぜそんな話に?」


「態度が違いすぎて、すぐに分かりましたよ。

 安心してください。私にとってルナ伯爵閣下は、あまりにも破天荒すぎます。ビジネスパートナーではありますが、正直に申し上げると貴族としては距離を置きたい相手です」


「安心て……」


「おや? 違うのですか?」


 なにが違うのか分からんが、なんだかホッとしている俺がいる。

 なんだろう? なぜ俺はホッとしている?


「すみませんね。どうもその分野には疎いようで、何を言っておられるのか、いまいち分かりかねます」


「ふふふ……そうですか。まあ、ゆっくりと進んでいかれたらよろしいと思いますよ。ルナ伯爵閣下はすでにぞっこんのご様子ですし、焦ることはないでしょう。

 それにしても分かりやすい方だ。こうもあからさまに態度が軟化するとは」


「そんなに違いますかね?」


「ええ。良く言えば素直……悪く言えば、貴族らしくないですね。その意味ではルナ伯爵閣下とはよくお似合いかもしれません」


「今のは褒められたのでしょうか? それとも貶されたのでしょうか?」


「両方です。私個人にとっては、付き合いやすくて助かりますが。男爵家の当主としては付き合いにくくて困ります。他の貴族に対して、『閣下には懇意にしていただいている』とは公言しにくいですね」


「ふむ……忠告として受け止めておきます」


「ええ。そうなさってください」


 芋男爵め。田舎の弱小貴族とはいえ、なんとも貴族らしい。

 なんだか手の上で転がされるような気分だ。



 ◇



 ジャガー男爵から聞いた入手経路――装飾品を持ってきたという商人を探し出し、その仕入先を聞き出した。

 当然それは金メッキ職人だというので、その金メッキ職人を探して「中身」の入手先を聞き出した。

 そうやって辿っていくと、だんたん隣国に近づいていく。

 とうとうゴーファ辺境伯の領地に入ってしまったので、ついでに挨拶していくことにした。


「――という次第で」


 放射性物質のことは伏せて、ルナに頼まれてジャガー男爵を見舞いに行き、怪しげな装飾品の入手経路を調べるうちにここまで来てしまったという事にした。


「それはまた……」


 ゴーファ辺境伯は、言葉を継げない様子で考え込んだ。

 筋肉ムキムキで子煩悩のお笑い芸人みたいな人なのに、言葉に詰まるとは珍しい。


「……何か?」


「いえ、実はジャガー男爵と似たような症状を訴える者が複数おりまして。

 それに、枯れる時期ではない植物が枯れたり、動物の異常な死骸が見つかったりしておりましてな……」


「装飾品と同じ毒物が、もっと大量に……?」


「使われたのか運ばれる途中で漏れたのか分かりませんが、そういう可能性は高いでしょうな」


「ふーむ……」


 今度はこっちが考え込む番だ。

 ジャガー男爵が装飾品を入手した経路さえつぶせばいいと思っていた。他にも存在するかもしれないが、まずはひとつ潰すのが先決だと。その経路を使って、今回のような有毒物質や、感染症を起こす病原菌、あるいは時限爆弾のようなものを送り込まれたら大変なことになる。

 途中から何も知らない人物の手を経由していくことで、国土防衛魔法(悪意に反応して遠ざける)にも引っかからない。

 だが「大量に運ばれている途中で漏れた」とすると、俺が思っている以上に隣国から王国へ「攻撃的な物質」を送り込む経路はたくさん存在するのかもしれない。

 単に国境付近で撒いただけだった場合でも、影響を拡大する何らかの方法があるはずだ。風の流れか水の流れか分からないが、警戒を強めるべきなのは言うまでもない。


「まあ、お任せください。国境警備こそ辺境伯の務めなれば。

 ジャガー男爵が狙われた理由は不明ですが、王国貴族にまで届く経路が存在すると知れただけでも大きな収穫です。今後はより厳重に警備してまいりますので、陛下にはよろしくお伝え下さい」


「わかりました」


 どうやら俺の調査はここまでのようだ。

 まあ、放射性物質についてはすでに消したので、今後なにかあるとしても別の物質を使うことになる。俺の「知らないはずの知識」を参照しても、放射性物質ほど効果が長く続く毒素は他にないので、ひとまずは安心と考えていいだろう。


「ところで娘のルナですが」


「はい?」


「ニグレオス殿へ好意を寄せていることを公言してはばかりません。

 あれでは他の選択肢がなく……もちろんニグレオス殿であれば、親としても安心なのですが、聞けばなかなか娘の思いに応えてくれぬと……。

 娘はニグレオス殿のお気に召しませんかな?」


「いや、そういうわけでは……しかしどうも保護者目線で見てしまうというか……仮にも師匠などやっておりますので……」


「いろいろと立場があるのは分かりますが、1人の男としての気持ちはどうなのです?」


「私がいただいてもよろしいので?」


「ニグレオス殿」


「はい」


「お前に娘はやらん!」


 厳しい顔で、ゴーファ辺境伯は「ずびしっ」と俺を指さした。

 そのあまりにも真剣な様子に、俺は笑い転げた。


「言うと思った!」


「なぬっ!?」


「きっと言うだろう、とルナとも話していたのですよ。

 うーん、ここにルナが居ないのが残念です」


「おのれ……もはや熟年夫婦の域に達しておったか……不覚っ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ