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第29話 調査:タイプと被爆

 王国で使われている暦は、真冬に1月が始まる。

 これは、まだ王国が誕生する前、大昔に、王国よりもっと南にあった大帝国が1月1日を政治的な1年の開始日にしていた名残だ。南にあったので春の訪れが早く、1月1日が「立春」に当たる気候だったのだ。


「そろそろ春だな……」


 焚き火をしながら上着を脱ぐ。

 焚き火の熱と、日光を浴びれば、半袖で過ごしても十分に快適だ。

 王国では、体感として3月から5月までを「春」と表現することが一般的だ。南部では3月上旬から気温が上がり始め、本格的な春の訪れは3月下旬から4月上旬にかけて。北部ではもう少し遅くなる。


「越冬とともに食料の備蓄が底をつき、口減らしに村を出る若者たち……」


 懐かしい思い出だ。

 俺にとっては、もう20年以上も前のことだが。


「大半は働き口が見つからず冒険者になって、その一部は活躍して名を馳せる……。

 そこんとこ行くと、伯爵位をもらって宮廷魔術師になっちゃった俺なんかは大成功の勝ち組だな」


 昔を思い出すと、この時期には種まきをした思い出が蘇る。

 種まきには収穫を期待するワクワク感と同時に、その後の徴税でごっそり持っていかれるガッカリ感まで沸いてくるので、なんだか微妙な感じだ。

 今や他人事だから懐かしむだけで済むが、これで領地まで貰っていたら、今頃はもっと微妙な気分になっていただろう。11月には鬱になっているかもしれない。

 11月は、王国の会計年度が始まるタイミングだ。北部の麦や南部のブドウが収穫を終えて落ち着く時期である。実際の収穫量を集計して、豊作・不作の程度を勘案しながら徴税する量を決めて、実際に徴税する。そして1年の予算案を組み立て、実行していくという流れになる。

 害獣被害や天候不順に対策を講じるわけでもないくせに、税だと言って農作物を4割前後も持っていかれる悲しみ。受ける側なら耐えるだけだが、与える側となると苦しみは更に増す。それでもやらないと領民をさらに苦しめることになるが、それを領民は理解してくれないという二重苦・三重苦の領域だ。俺がやる側になったらたぶん鬱になる。


「しかし、これだけ気温が上がると、ビールを冷やすには、ひと工夫必要か」


 パチンと指を鳴らして、金属と氷を生成した。

 金属製のジョッキと、その内側に塗ったように形成された氷だ。

 ここにビールを注ぐ。少し待てばキンキンに冷えるという仕組みだ。

 単純に氷塊をジョッキに入れてもいいが、それだと注いだときにビールの炭酸が抜けすぎる。


「まあ、猪肉や鹿肉は、今が一番うまいが」


 冬の狩猟期に捕獲されたジビエは、この時期に味が最も充実している。

 溶岩プレートを生成し、やや肉厚にカットした肉を焼く。

 チーズを乗せて、塩と胡椒、それに唐辛子をまぶして火を通す。


「羊もな」


 麦の栽培が盛んな北部では、羊の飼育もおこなわれている。冬を越した羊は肉質が良くなっている時期だ。

 臭みが少なく柔らかいラム肉も良いし、少しワイルドな風味のマトンも炭火焼きには最適だ。

 こちらは、やや薄めに切って網で焼くことにしよう。


「ソーセージは両方だ」


 まず溶岩プレートで中までじっくり火を通し、次に網で焼いて表面の水分を飛ばすことで皮をパリッと仕上げる。溶岩プレートがない場合は、茹でてから焼くのでもいい。


「ニグレオス師匠、やってますね」


「ルナか。どうした?」


 剣の弟子にしてドラゴン殺しの英雄、その功績をもって伯爵に任じられ領地を与えられた女当主ルナ。

 生成魔法しか使えない俺と違って、強化魔法が得意なルナは、物理的な制限をたいてい力ずくで突破してくる。距離があれば走ってくるし、塀があれば飛び越えるといった具合だ。

 俺の家を訪れるときも、門番からメイドへ、メイドから俺へと来客の情報が伝わるより前に、さっさと俺のところへ現れる。最初は驚いていた門番やメイドも、今では呆れを通り越して諦めている状態だ。


「実は師匠にお願いが……あっ、おいしい」


 勝手に食べ始めた。

 しかも俺のジョッキを奪って飲んでしまう。

 この遠慮のなさ。振る舞い方が「親友」になってきたな。貴族令嬢としてはダメダメすぎてマナー講師が匙を投げるレベルだが。


「お前なぁ……」


 呆れてため息をつくと、ルナがにやっと笑った。


「師匠、油に濡れた唇とか好きでは?」


「そういうのは夜やれ。昼間だぞ」


「あっ、これはうっかり」


「棒読みじゃねーか」


「いきなり夜にやると、師匠が困るかなーって。

 慣らしておかないと、戸惑っちゃうでしょ? 師匠ヘタレだし」


「誰がヘタレだ」


「違うんですか?」


「興味が湧くような女が居なかっただけだ」


 これは事実だ。

 別に性欲がないとか女に興味がないとかではない。

 ただ、遊びで付き合うとかの趣味はないし、真剣に交際したいと思うような相手はいないし……という状態でここまで来てしまった。


「と容疑者は供述しており――」


「容疑者ちゃうわ」


「極端に理想が高いタイプですか?」


「好みのタイプがニッチなだけだ」


「どんなタイプがお好みで?」


「どんなタイプか……」


 ちょっと空を見上げて考える。

 ついでに新しいジョッキを生成して、ビールを注ぐ。


「お互いに気を使わない相手がいいな。

 時にはイタズラを仕掛けてくれたり、困っているときには助けてくれたり、そういうのをごく普通にできる相手が理想的だ」


「師匠が困ってるところなんて、見たことないんですが」


「ジェームスにはいつも助けられてるよ。

 お前と足して2で割るとちょうどいいんだがな」


 副官のジェームスは実に有能で、彼の指示通りに動けば俺は考える必要なく目的を達成できる。

 けどまあ、あいつは妻子持ちの男だしな。俺は略奪愛の趣味はないし、性的にノーマルなのでお断りだ。


――閣下、その場合お断り『する』のは私のほうでは?


 おや? 幻聴が……。

 けど、うん、あいつ愛妻家の子煩悩だから、あっちから言い寄ってくる事はないな。たしかにその場合は、俺が断られる側だ。


「足して2で割るとおっぱい減っちゃいますよ?」


「何の話だ」


「大きいほうが好きでしょ?」


「そうだけどなんでバレた?」


「視線が。大きい人ばかり追いかけるので」


「本能には逆らえないのだ」


「じゃあもう私で我慢しときましょうよ」


「自分を安売りするような言い方はやめなさい」


「はーい、パパ」


「誰がパパか」


「あ、で、お願いなんですけど」


「急に戻ったな」


 グビッと一口飲んでから、肉を頬張り、聞く体勢になる。

 話しているうちは飲み食いできまい。今のうちに食ってしまおう。


「ジャガー男爵が体調不良なんです」


「ふぁがー男爵?」


「飲み込んでから話しましょう」


「んぐ……誰だ、それ?」


「芋男爵です」


「ああ、芋男爵か」


 ルナの領地から領民をレンタルして、代わりに食料を差し出してくる田舎貴族だな。麦が育たたずジャガイモを育てているのだが、それがジャガイモスティックの素揚げが流行したことで人気爆発。生産が追いつかないほどだとか。


「それをなんで俺に相談するんだ?」


「領地の僧侶には治せなくて、私に相談されたんですけど、領地軍の衛生兵を送っても原因不明だったんです。

 私のところの衛生兵は、父に頼んで強化してもらったので、あれでダメなら実質この国では治らないということに……あとはもう師匠に頼るしかありません」


 ルナの父親はゴーファ辺境伯。辺境伯は、隣国が侵略してきても領地軍だけでしばらく持ちこたえるだけの軍事力を持つ。

 そして軍隊というのは自己完結した組織であり、兵士がどんな傷病を患っても軍隊内部で治療する。決して「外」へ治療に行かない。それだけの技術力がある。そうでなければ出撃した先で困るからだ。

 とはいえ、小部隊ではできることに限りがある。大部隊ほど高度な治療ができる。そして辺境伯軍より高度な治療ができる場所は存在しない。国軍は領地軍の寄せ集めなので、領地軍の中で最大の辺境伯軍が実質的な「王国最高レベル」なのだ。

 その指導を受けた衛生兵が「無理」と言うのなら、王国ではどこへ行っても治せないということだ。


「俺も医療は専門じゃないんだが……俺、工兵だぞ? 衛生兵ちゃうからな?」


「分かってますよぅ。

 でも師匠が宮廷魔術師になったのは、王妃陛下の病気を治したからじゃないですか」


「まあそうだけど……。

 で? どんな症状なんだ?」


「疲労感、倦怠感、風邪をひきやすく治りにくい、鼻血や歯茎からの出血、吐き気、嘔吐、下痢、食欲不振、腹痛、脱毛、あと皮膚が赤くなったり水ぶくれができたり、それから発熱もあります」


「なんだぁ? まるで被爆したような症状じゃねえか」


 放射性物質なんてこの世界では利用されていない。

 一度に100ミリシーベルト以上の被爆で、がんのリスクがわずかに増加する。これ以下の線量では、健康への影響がない。さらに、500ミリシーベルト以上になると、吐き気、疲労感、脱毛などの諸症状が現れる。5000ミリシーベルト以上では死亡する危険が急増する。

 症状から察するに、500ミリシーベルト以上の被爆状態にあるようだ。だが自然界にそれほど高線量のエリアは存在しない。

 ならば、どこにそんな高線量の放射性物質があるのか――


「あっ……」


 隣国の異世界召喚の研究所を破壊したときに、セシウムとウランをばらまいてきた。その土地を訪れると呪われるように見せかけ、異世界召喚の研究そのものを放棄させようとした作戦だったが……。

 どういうわけか、あれを拾って使ったのだろう。それ以外に入手先がないはずだ。


「師匠? ちょっ……師匠、どこへ行くんですか?」




 ◇



「なんという事ですか……」


 ジェームスに状況を話すと、俺達は頭を抱えるしかなかった。


「核戦争を回避したいと誓い合った我々が、大量破壊兵器ではないものの、核の軍事利用を始めてしまったわけですね」


「皮肉にも程がある。

 あんな訳のわからないものを、とりあえず使ってみようとするなんて……隣国の貪欲さを舐めていた」


「どうしましょうか、閣下……さすがに、こればかりは私も対策が浮かびません」


「いや、対策自体は単純だ。魔法で生成したんだから、消そうと思えばいつでも消せる。ていうか、すでに消した。

 エリアを限定しなかった俺たちの落ち度だ。敵は『持ち出せる』ということに気づいてしまった。つまり『呪い』として演出するはずが、単なる『毒物』と認識されたわけだ。

 異世界召喚は『放棄』ではなく『中断』になるだろう。毒なら対策すれば防ぐなり治すなりできるわけだからな。時間稼ぎはできたが、放棄させるという当初の目標は頓挫した」


「そうですね……生成できないでしょうから、これ以上の被害は出ないでしょう。

 しかし隣国への警戒を強めなくてはなりません。開発される可能性は残りましたし、そういう物質が存在すると知られてしまったのは痛いですね。ゴールが見えていると開発は進みが早い。

 とりあえず陛下と辺境伯閣下にご報告と相談をしなくては」


「そうだな。それとジャガー男爵の治療だ。

 まあ、そっちはすぐ終わるが」


 原因となる放射性物質を消去したことで、あとは治療すれば治るはずだ。受けた被害の程度によって治療法が異なるが、軽度なら回復魔法をかけるだけでいい。

 重度でも、部位欠損を再生できるレベルの衛生兵に、仮死薬「超ぐっすり君1号」を持たせて、あとは切断と再生を繰り返せば治療可能だ。

 脳までダメージを受けていたらアウトだが、そうでないことを祈ろう。

 まったく耳の痛い話だ。胃も痛いが、自業自得だしな……。

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