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第28話 other side:隣国の工作

 隣国の王城。

 国王は、宰相と軍務大臣を集めて、次なる工作の内容を決める会議を開いていた。

 一般に宰相は文部の最高責任者だが、この国では、軍事力の行使は政治的選択肢のひとつに過ぎないと考えている。なので国王が国家の方針を決定し、宰相がそのための手段を選択し、それが軍事的なものだった場合には、軍務大臣が具体的な方法を検討するという流れになる。

 そのため、この国では、「外交で解決する」と主張する宰相と「軍事力で制圧する」と主張する軍務大臣が対立して……みたいな事は起きない。明確に宰相のほうが上と決まっている。


「まずはこれまでの動きをまとめました」


 司会進行役の宰相が、木の板に木炭で書き記す。

 その様子は、ホワイトボードにマーカーで文字を書くのとそっくりだった。ホワイトボードはこの世界に存在しないので、木の板と木炭だ。書いた文字を消すときには、カンナを掛けて削る。そのため木炭が使われる。墨汁ではダメなのだ。染み込んでしまうので、削っても取り切れない。

 さて、宰相が板書した内容は以下の通りだ。


 1回目:盗賊に偽装した領地軍を王国で暴れさせる→実行部隊が壊滅

 2回目:異常気象や水源汚染などを起こす→実行部隊が壊滅

 3回目:異世界召喚で猛毒の怪物を呼び出す→研究施設が壊滅


「うむ。そして今回の議題は、4回目となる作戦の内容だな」


 国王が言った。

 そして軍務大臣に視線を送る。

 軍務大臣が口を開きかけたが、そこへ宰相が口を挟んだ。


「その前に、研究施設はどうなったのですかな?」


 調査する、という連絡を最後に、まだその結果を聞いていないのだ。

 従って「再稼働できるかもしれない」という可能性が残っている。まずはここを明確にする必要があった。


「跡形もなく破壊されていました。屋内で発生した爆発によるもののようです。

 しかし詳しい調査ができておりません。調査員が原因不明の体調不良を訴え、数名が死亡しています。数十人が重篤な体調不良になり、第2回の調査が実施できない状況です」


 軍務大臣が答えた。

 これは以前ニグレオスがおこなった破壊工作による影響だ。地面にばらまいてきたセシウムの効果が出ている。だがこの世界の人々には放射線という概念がないので、謎の毒素と理解されている。


「まるで呪いですな」


 宰相がため息混じりに言う。


「話を戻せ。

 次はどう仕掛けるかだ」


 国王が不快そうに言うと、宰相は「とにかく再稼働は困難と……」とつぶやくように言って、軍務大臣に視線を送った。

 そして、軍務大臣が再び口を開く。


「お言葉を返すようですが、陛下。次の作戦を提案するにあたって、その『呪い』こそが重要なのです。

 提案するのは、毒素を回収して、装飾品に偽装して王国の要人に贈るという方法です」


「毒素? 呪いではなく? 軍務大臣よ、お前は毒素だと断定しているのだな?」


「はい、陛下。お忘れですか? 召喚した異世界の怪物は、血液が猛毒でした。それを利用して、国境近くで水源を汚染する作戦を実行したことは記憶に新しいかと。

 そして爆発した研究施設ですが、現場には多数の死体がありました。召喚した怪物の死体です。

 調査員の体調不良は、おそらく異世界の怪物が持つ毒素によるものでしょう。血液の毒によるものとは症状が違いますが、今回は大量に死亡することで別の毒素が出てきたと考えるのが妥当かと。人間の死体でも数多く放置すれば疫病の原因になることは周知の通りです。

 なので、呪いなどではありません。体調不良の原因は『その場所を訪れたから』ではなく『毒素を浴びたから』と考えるべきです。つまり『運び出す』ことが可能なのです。であれば、場所を選ばず標的に浴びせることが可能ということです。それを今回は、宝飾品に偽装して使おうということです。

 召喚を続けるのが危険で、研究を凍結することは前回の会議で結論した通りです。しかしすでに召喚されたものは、有効利用しようではありませんか」


 軍務大臣が自信たっぷりに言う。

 軍務大臣の説明は、事実とは異なるが、彼らには妥当だと思えた。

 実際、間違った解釈であっても「危険な毒物が存在する」という意味では同じなのだ。


「なるほど……」


 国王は、おおかた納得した。

 しかし宰相が首を傾げる。


「宝飾品にする理由は?」


「調査員の体調不良は、初日や2日目には見られず、数日たってから現れました。

 調査がどのように実行され、調査員が何に触れたのか……毒に侵されたその経路を現在まだ調べているところですが、中間報告によると、どうやら屋外に飛散した瓦礫の一部が、踏むだけで粉々に砕けるほどもろくなっており、それに触れた者が特に重篤な状態になっているようです。

 更に調査を進めますが、ここで毒素の働きに関する可能性が2つ3つ見て取れます。

 まず、効果が現れるのは早くても数日後であること。

 これが『1度でも触れたら数日後に発症する』のか『数日は続けて触れ続けないと発症しない』のか、2つの可能性が考えられます。

 前者の場合には、どうやって安全に運ぶのか、運んでいる途中で発症してターゲットに届かない可能性があるという問題があります。

 一方、後者の場合には、どうやって数日も触れ続けさせるのかという問題があります。

 そこで、薄めて効果を弱くしたものを装飾品に加工してやれば、安全に運べて、なおかつ長期的に身に着けさせることが可能ではないかと愚考した次第です」


「薄めることで『その装飾品が原因』と特定されることも防げるわけだな」


 国王が言う。


「御意の通りにございます。

 ただ、効果が出るまでの時間とトレードオフですが」


 薄めれば薄めるほど原因特定は困難になる。

 だが薄めるほど効果が出るまでに時間がかかる。

 国王はうなずき、宰相に視線を送った。


「そうなると、誰をターゲットにするか、という事になりますな」


 宰相が言った。

 極端な話、国王を狙えば王国は大混乱だ。攻め込む隙を作るには十分すぎる。だが国王が誰かから献上された装飾品を数日にわたって身につけるなんて事は、現実的には考えにくい。

 国王が献上品を身につけることは、その相手との友好関係を周囲にアピールしたい場合に限られる。もともと友好的な相手からの献上品ならわざわざアピールする必要はないので、個人的に楽しむ程度だろう。かといって、アピールする価値がある相手からの贈り物である場合、周囲にアピールしたい相手がいない状況では身につけないだろう。どちらにせよ「数日にわたって身につける」なんて事は考えにくい。


「ある程度地位が低く、同等以上の物を手に入れるのが困難な人物であれば、数日にわたって身につける可能性が高くなるかと」


 軍務大臣が言う。

 しかし宰相は眉をひそめた。


「その場合、効果も限定的になるが?」


 自分でもっと高価な宝飾品を買うのが難しい弱小貴族に送りつけようというのだから、効果も限定的になって当然だ。

 つまり、命中率と威力がトレードオフとなる。


「弱点をつく必要があります。

 殺せば副次的に影響が拡大するような弱小貴族……難しいかと思いますが、そのような人物を狙えば効果的かと」


「ふむ……? たとえば?」


「それを聞きたくて、この会議に出席しております。

 軍務大臣という立場からは、軍事的に重要な……つまり強大な貴族ばかりを重点的に調べておりますので、弱小貴族については情報が乏しく、しかも副次的な影響がどう出るかという網羅的な情報については宰相閣下のほうがお詳しいのでは、と愚行した次第です」


「うーむ……」


 宰相は考え込んだ。


「……どうなのだ?」


 国王が尋ねた。

 宰相は話しながら考えをまとめることにした。


「副次効果ということは、直接の兵力ではなく、後方支援的な影響ですな。たとえば兵站を潰すような……兵站潰しといえば食料の補給路を断つのが定石です。

 王国の食料については、南部ではブドウ栽培とワイン製造が盛んで、北部では麦栽培とビール製造が盛んです。

 一般に農業とは、広い面積に対して少ない人数で作業する必要があり、都会で実行するには適さず、田舎で実行するに適します。肥沃な土地で豊かな穀倉地帯に発展している場所ほど、実は人口密度が低いわけです。

 農民に何かを売ろうとする商人たちにとって、この『人口密度が低い』というのは、1箇所に大きな店を構えて効率的に集客して稼ぐという方法が実行できない『商業に向かない土地』ということになりますな。

 そうすると商業的な楽しみを求めたがる若い世代には、都会へ行きたい志向が働きやすく、農業地帯は過疎化問題と立ち向かう宿命にあるわけです。

 そのような農業地帯では、ジャガイモが大きな働きをします。大量に栽培される小麦やブドウは主食やそれに近い扱いを受けますが、それら『売る用の作物』と違って『自分たちで食べる用の作物』はもっと手抜きして楽に栽培したいし、農地面積としても売る必要がない分、小さくなります。

 つまりジャガイモは、こうした需要を満たす『便利なおかず』として栽培されるわけです。少ない土地でも十分な収穫量があり、手軽に長期保存ができて、痩せた土地でも育つ――すなわち、畑にそれほど工夫を凝らさなくても栽培でき、初心者でも失敗しにくく、不作のときでも収穫量の減少がゆるやかであるといった利点があります。

 このジャガイモについての研究で王国の最先端を行くジャガー男爵を狙えば、ジャガイモの研究開発が停滞し、数十年後には田舎の食糧事情が都会に比べて大きく劣るようになり、過疎化が加速して農業の担い手が不足し、王国全体が食糧危機に陥ると考えられます。

 不確定要素が多く、長期的すぎる計画ですが、蟻の一穴から連鎖的に崩壊する可能性は存在しますし、投入する工作の規模が小さいのはコストパフォーマンスに優れるかと。

 ……いかがでしょうか?」


「ジャガイモ……栽培を始めた初代ジャガー男爵の名を取って、ジャガイモというのだったな。現在では味がよいものや収穫量が多いものなどが開発され、もともとの『痩せた土地でもよく育つ』という方向に正統進化した品種は『男爵芋』と呼ばれるという話だったか」


「陛下、ご賢察です。

 加えて男爵芋は他の品種よりも栄養価が低く、味が薄い特徴がありますが、それが今ではジャガイモスティックの素揚げに最適な品種として大注目を浴びておりまして、ジャガー男爵の領地では生産が追いつかないほどだとか。

 弱小の田舎貴族が突然の脚光を浴びて、他の貴族から嫉妬を向けられること著しく、万一暗殺であることが露見した場合でも、狙われる理由としては十分ではないかと」


 宰相が言った。

 国王がうなずく。


「よし、その方向で進めよ」

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