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第27話 環境改善:貯水湖

 冬になった。

 王都は豪雪地帯ではないが、それでも多少は積もるぐらい雪が降る。

 つまり寒いのだ。


「うへへへへ……焚き火が楽しいねぇ」


 真夏の焚き火ほど苦しいものはない。

 だが冬は焚き火が恋しいものだ。

 生成魔法しか使えない俺は「物体を冷やす」のが苦手である。国王陛下に献上した冷蔵庫も、実態は高性能な保冷ボックスに過ぎず、氷を入れておかないと冷えない。だからアイスクリームなんか作ろうと思ったら大変だ。

 その点「加熱する」のは簡単で、炭と火を生成するだけでいい。炭が燃えて二酸化炭素になる、この化学反応は高密度のエネルギーを低密度に変えるもので、要するに土砂崩れと同じようなものだ。きっかけを与えると、あとは勝手に崩れていく。崩す操作を延々と続ける必要がないので楽なのだ。

 冷やすというのは、その逆で、低いところから高いところへエネルギーを持ち上げる必要がある。地面を掘るのと同じで、低いおんどをより低くするためには、ひたすら掘り(ひやし)続ける作業が必要だ。だから大変なのである。

 ……まあ、小難しいことは抜きにして、冬は温かいものが美味しい季節ということだ。夏に鍋なんか食うのは我慢大会だからな。しかもビールが勝手に冷える。ビバ冬! 冬サイコー!


「さーて、そろそろ焼けたかな……」


 焚き火で温まりながら肉を焼いて、集めた雪に突っ込んで冷やしたビールで流し込む。

 最高だ。今日も最高の1日だ。


「師匠! ニグレオス師匠! 助けてください!」


 おっと……うるさいのが来たぞ。


「どうした、ルナ? なにか問題か?」


「あっ、美味しそう。一口ください」


「ほれ」


 箸でつまんで肉を差し出すと、ルナは躊躇なく食いついた。

 雛鳥か、こいつは。


「ん~! おいしー! あっ、ビールもらっていいですか?」


「ほれ」


「ありがとうございます! ……んぐ……んぐ……かぁーっ! 最高ですね!」


「おっさんかよ。『かーっ』とか言うんじゃない、淑女が」


 貴族は貴族らしく。それが貴族社会で評価される基準だ。

 貴族の飲み物とされるワインではなく、平民の飲み物とされるビールを飲み、しかも慎みを忘れて「かぁーっ」とか言ってしまうのは、貴族らしさも令嬢らしさもなく、貴族社会では下賤な振る舞いと評価される。しかもルナは女だてらに剣をたしなみ、じゃじゃ馬レベルが高い。

 とはいえ、とことん突き抜けてしまった人というのは、一般的な評価システムから逸脱して「あいつは例外だから」と扱われるようになる。ルナもドラゴンまで倒してしまったあたりで、その区分に入ったと言っていいだろう。

 まあ、相変わらず多くの貴族からは距離を置かれるのだが。


「いいんですよ。私は師匠に貰ってもらうんで。

 あっ、領地があるの私だけなんで、私が師匠をもらいますね」


 確かに俺は領地を持っていない。

 俺はもとは平民で、陛下が俺を宮廷魔術師にするために伯爵という地位だけ与えた形だからな。

 まあ、俺のことはどうでもいい。


「貴族社会でそういうの公言してると、本当にそれ以外の選択肢がなくなるぞ? お父さん心配だよ」


 貴族どもは噂話を武器にして、自分の影響力を拡大することばかり考えている。その性質上、悪い噂はすぐに広まり、良い噂はあまり広まらない。あいつらは印象操作と風評被害の煮凝りだ。

 そんな中で選択肢を狭める発言をするのは致命的である。いわゆる「言質を取った」状態になってしまう。


「誰がお父さんですか。父上は了解してるから大丈夫です」


「マジか。あのゴーファ辺境伯が? あの人『俺の娘はやらん』とか言いそうなんだけど」


 親バカのお笑い芸人みたいな人だからな。部屋に子どもたちの小さな肖像画がたくさん飾ってあるし。


「あー……言いそうですね。ていうか、言いたそうですね。ネタで1回言うかもしれません。まあ、でも、私のほうが強いので、究極的には殴り倒してやりますよ」


「お父さん可哀想!」


 ドラゴンを殺した娘に殴られるとか、骨折で済めばいいけど……。

 辺境伯だから軍事力はあるけど、それはあくまで組織力なんだよな。ゴーファ辺境伯は立派な筋肉をお持ちだが、それでも個体戦力でいうとルナのほうが圧倒的だ。


「娘の幸せを反対するような父親は父親じゃありません」


「それはそう。

 じゃなくて、俺はお前の幸せが心配なんだが。辺境伯もそうだろうに」


「師匠と一緒が幸せだからいいんです」


「あー、もう……。

 ……で? 何の用だ?」


「領地の村にいる長老みたいな人がいるんですけど、その人が『今年の冬は暖かいから、来年は作物が育ちにくい』って言うんですよ。わざわざ私に直訴しに来たので、これはどうも本気らしいな……と。

 それに、確かに異常気象への対策はしてこなかったので、特に日照りが続いて水不足なんて事になると怖いです。なので、その対策をお願いしたくて」


 平民が貴族に直訴。これはかなり勇気がいる事だ。無礼討ちにされる可能性があるので、文字通り命がけである。

 つまり、自分が死んでも他の村人を守らなくては、という鋼鉄の意志があったのだろう。暖冬だと不作になるという情報に、それだけの価値があると確信しているのだ。

 そこのところを汲み取れるルナは、良い領主になれるだろう。いや、すでに良い領主だから汲み取るのか。


「暖冬の影響で不作になるのは、植物が越冬するときに『寒さが足りなくてしっかり準備できないまま春を迎えてしまう』というのが原因だ。花が咲きにくくなったりするから、収穫量が減ることになる」


「へぇー……さすが師匠。詳しいですね。

 じゃあ、冷やせばいいんですね。……ん? でも、どうやって……?」


 まさにそこが問題だ。俺は冷やすのが苦手だからな。ひと工夫が必要だ。

 そしたら温室を作って冷却すればいいだろう。冷却の仕組みはどうしようかな……。配管に地下水を流してやるのもいいし、工兵部隊の訓練として氷をたくさん作らせるのもいいな。


「そうだな。とりあえず温室と貯水湖か。

 あの地下水が減るとも考えにくいが、備えておくに越したことはない」


 地下水脈を調べた結果、予想通り大きな空洞に大量の水がたまっていた。しかも自噴するほど圧力がかかっている。

 よって枯れる心配はほぼないだろう。ただ、ルナの領地ではないが、隣国からの水源の枯渇や汚染といった工作が仕掛けられたこともあるから、ついでに水質検査の設備も作るべきか。



 ◇



 というわけで、ある村の農地を残らず温室化した。

 構造が単純だから、仮設住宅を作るよりは簡単だな。

 これでサンプルは完成。あとは領地全体に広げていくだけだ。

 そして、それは俺の仕事ではない。領主であるルナの仕事だ。


「他の村には、領地群の工兵部隊で作ってくれ」


「はい、もちろんです」


 では次だ。


「水源の湿地帯に貯水湖を作るぞ。

 各村の近くにも、工兵部隊で作ってくれ」


「はい」


「そこに魚を連れてくるから、最低でも定期的に魚の様子を観察してくれ」


「なるほど、水質検査ですね」


「そうだ。そして可能なら養殖して産業にするといい。

 各村の貯水湖へ順次拡大していけると、この内陸で漁業は特産品になるはずだ」


「わかりました。さすが師匠、転んでもただでは起きないですね」


「転んでないが」


「領地の苦境を――」


「それだと転んだのお前だろ」


「あっ、そうですね。

 まあ、いいじゃないですか。将来は私たちの領地ですし」


「まだ言うか、こいつめ……」


「師匠、さっさと貰われてください。

 私を嘘つきにするつもりですか?」


「とんでもない脅迫だな。聞いたことねぇよ、そんなの」


「へっへっへっ……さぁさぁ、ほら早く結婚しちゃいましょうよ」


「なんで言い方が悪党なんだよ。

 まあ、とりあえず魚つれてくるから」


 転移魔法と収納魔法を駆使して、大量の魚をつれてくる。生きたまま運ぶのが肝心だ。

 よって手に入れる時点で生きている必要があり、しかも淡水魚でなければならないので、仕入れには少し時間がかかった。


「選ばれたのは鮎でした」


「何かの宣伝キャッチコピーですか?」


「鮎はいいぞ。味はいいし、水質には厳しいし」


「目的に合うのはわかりました」


「しかも草しか食わないから内蔵までうまい」


「へぇ〜……って草と内臓に関係が?」


「例外もあるけど、だいたいの傾向として、草食動物は内臓までうまい。肉食動物の内蔵はまずい。そして鮎は草しか食べないから内蔵までうまい」


「あー……たしかに純粋な肉食動物の内蔵って、食べたことないですね。草食か雑食ならありますけど」


「小骨も少なくて食べやすい。味付けを選ばず、単純な塩焼きでも最高にうまい。まさに最高の魚だ」


「師匠、絶賛ですね。あっ、ビールに合うからですか」


「もちろんだ!」


 俺は力強くうなずいた。

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