第25話 医療:解毒と塩水
「ニグレオス殿、聞きましたか?」
ある日、近衛騎士のアーネストが言った。
それは職場(王城)でのちょっとした世間話ていどのものになるはずだった。
「何を?」
「今度の王国祭で、飲み比べが開催されるそうです。
それが酒の種類ごとに開催される上、優勝者には優勝した種類の酒が1年分贈呈されると」
「なにっ!? ビールもあるのか?」
王国祭は、初代国王が王国を作った日にちなんで、王国の成立と維持繁栄を祝うお祭りだ。
が、飲めれば何でも良い。
「はい、大手の酒蔵は軒並み参加していて、ビールも銘柄ごとに」
てことは、俺の大好きな「夕闇マイルドウェット」も!?
「うおおおおおおお! マジか! マジなのか!?
やべえな! こりゃ仕事してる場合じゃねーわ!」
「あっ、ニグレオス殿!? 宮廷魔術師が仕事放りだしてどこへ行こうというのです!? 王国祭はまだ来週ですよ!?」
◇
「閣下、これはいったい……?」
「塩だ、ジェームス」
「塩……ですか? 何のために……?」
「今度の王国祭で、飲み比べが開催されるのを知っているか?」
「あっ……(察し)」
「その通りだ。
ルールを確認したところ、ツマミの持ち込みは自由。当然ツマミ無しのほうが胃袋の容量を圧迫しないが、ビールだけ飲み続けると潰れるのが早くなる。
そこで塩だ。
少量舐めるだけでいいから胃袋の容量を圧迫せず、しかも一口目の味わいが戻って来るという優秀な代物だぞ。ビールは一口目が最高に美味いからな。これで勝つる。
だがおそらく他の参加者も同じような戦略を立てるだろう。そこで重要なのが、どの塩を選ぶかだ。来週の本番までに厳選していくぞ」
「閣下」
「なんだ?」
「あなたはアホですか」
「そんなに褒めるなよ」
「アホでしたか……。
言っても無駄でしょうけど、一応言いますよ? 仕事してください」
「何を言うか。これは立派な仕事だ。
塩にも種類がある。だが舐めればしょっぱいだけで、料理に使うには塩味を加えるということで共通している。では塩の種類とは何か? 何が『種類』を分けているのか? 摂取したときの人体への影響になにか違いはあるのか? といった、基礎研究や臨床実験の類だ。こいつはいつか人を救うかもしれん」
「はいはい、アホなこと言ってないで働いてください」
◇
「馬鹿者! 宮廷魔術師の本分を忘れて何とする!」
「いや、陛下、しかし……」
「しかしではない! お前というやつは……!
そもそもビールぐらい自由に飲めるだけの給料を払っておるだろうが」
「それはそれ、これはこれ、です。
他人のおごりで飲むビールは格別なのですよ」
「はぁ~~~……。
もうお前というバカにつける薬はないというのか」
「生活全般が『税金』で成り立つ陛下には、分からんでしょうな」
「あっ! 貴様、言いおったな!?」
「事実でしょう?」
「こやつめ……! そういう事を言うなら、余にも考えがあるぞ!?」
「ほほう? どうなさると?」
「王国祭が終わるまで謹慎申し付ける!」
「ああっ!? 陛下! それはお考え直しを! そればかりはどうか……!」
「反省の色なし、と。
謹慎中にこっそり参加する可能性があるのぅ。よし、このバカを牢にでも押し込めておけ」
「はっ!
では、ニグレオス殿、こちらへ」
「近衛騎士団長! このブルータスめ! お前もか……!」
「私の名前はブルータスではありません。
意味のわからない事を言ってないで、さあ」
「あっ、普通に強い……! 引きずられてしまう……! 陛下! 陛下ぁ! 後生ですから! 言い過ぎたのは謝りますから! 陛下ぁぁぁぁぁ!」
◇
「ニグレオス師匠、牢屋で謹慎って何したんですか」
「ぐすん……ルナか。俺はもうダメかもしれん」
「なんか弟のアーネストが『自分のせいだ』とか言ってビールの飲み比べに参加したあげく、頑張りすぎて倒れたんですけど」
「うぉい!? マジか!? どこにいる!?」
「今は医務室で衛生兵の手当を受けています」
「行くぞ!」
「あっ、はい」
◇
「飲み過ぎで倒れるとか、ちょっと手当てした経験がありませんね。
えーっと、たしか吐かせて体から出してしまえ、というのが一般的でしたかね。しかし意識がないのに吐かせると喉に詰まる可能性がありますし……気分が落ち着くハーブでも嗅がせてみましょうか」
「大丈夫か、アーネスト」
「あ、これは宮廷魔術師殿。
近衛騎士殿なら、そちらのベッドですよ」
「意識がないな。解毒魔法はかけたか?」
「はい? いえ、酒の飲み過ぎという事でしたので、解毒は……」
「かけてやってくれ。
酒毒という言葉がある通り、酒が体内で悪いほうに働いている。解毒魔法をかければ、酔いはさめるはずだ。そのあと意識が戻ったら塩と水をとらせて……」
魔法がもっと一般的に使われていれば、このぐらいは経験則で知られていそうなものだが、この国では多くの平民は魔法を使えない。
貴族は魔法を使えるが、失敗すると物理的に首が飛ぶかもしれない緊張感の中で「ちょっと試しに解毒魔法使ってみよう」なんてチャレンジャーは居ない。
結果、解毒魔法で酔いがさめるというのは、あまり知られていない。
「ふむふむ……勉強になりますな。
では近衛騎士殿には実験台になってもらいましょう。なにかあったら責任は宮廷魔術師殿ということで」
「衛生兵がサイコパスすぎる」
「何をおっしゃいますか。医療の発展のためには必要な犠牲です」
「犠牲にするなよ!? 助けるんだからな!?」
「おっと、これは失礼。
大丈夫ですよ。ええ、大丈夫ですとも。ひひひ……」
「コイツ大丈夫に見えねぇ……」
◇
「あー、死ぬかと思った」
アーネスト復活。
解毒魔法と塩水が効いた。
「助かりました、ニグレオス殿」
にっこり笑う爽やかイケメンのアーネスト。
「さすが師匠」
純粋なルナ。
「ほらァ! 塩が人を救ったじゃないか」
ドヤる俺。
「閣下、そのドヤ顔はムカつくのでやめてください」
嫌そうな顔のジェームス。
「ぐぬぬ……! こやつめ……調子に乗りおって」
青筋を立てる陛下。
「うふふ……皆さん仲のよろしいこと」
微笑ましく見守る王妃陛下。
かくて今日も王国は平和である。




