第24話 建築:井戸と川
木は繊維の塊だ。なので木を切断しようとするときは、大量の繊維を次々と切断し続けなくてはならない。この場合には、剣で切るよりノコギリで切るほうが適している。ノコギリなら、1回引くだけで無数の小さな刃が連続して次々と切っていく。
一方、鉄板には繊維がなく、厚紙のように薄い鉄板なら素手でも曲げられるほど柔らかい。このような薄い鉄板なら、剣で切ることも可能だ。実際にある武術家がテレビ番組で実演してみせた事がある。
では同じ厚さの木の板を、繊維に垂直な方向から剣で切れるだろうか? より分厚い畳や巻藁を切ってみせる剣士は大勢いて、どこまで切れるかという試験をおこなう団体も実在する。
しかし、それらは人体の代替物として使われるので、繊維の密度は低い。つまり巻藁の代わりに木製バットを切ろうとか、畳の代わりにベニア板を切ろうとする団体は存在しない。切れないからだ。
なお、実際に戦う場合には、実はそこまで深く斬りつけることには、なんの戦術的優位性もない。最も避けるべきは、深く切り込んで途中で止まってしまって抜けなくなるという事態だ。こうなると薄い竹が相手でも、釘を抜くほど抵抗が強い。だから首や目玉などの急所を狙って浅く斬りつけるのが効果的だ。
さて、このように、鉄よりも木のほうが軽く、斬撃耐性が高い。
ところが木の場合は「繊維にそって割れる」という事があるため、十分に防御力のある板は分厚くて取り回しが不便になり、十分に軽い板は薄くて簡単に割れてしまう。そのため「板金鎧」はあっても「板木鎧」は無い。特に厚みがあると関節の自由度が損なわれるのが問題だ。
その点、木の板に金属製の外縁を取り付け、割れてもバラバラにならないようにすると弱点は克服される。また使用する箇所も、関節に干渉しない場所であれば問題にならない。そのため盾は木で作られることがある。
「おるァ!」
スパーン。
「いやなんでぇ!?」
その光景を見た俺は、目玉が飛び出すかと思った。
ルナの領地軍が、剣で木を伐採していたのだ。
直径30cm以上ある立派な木だ。斧でも1発では伐採できない。
「強化魔法の成果です」
ドヤるルナ。
ルナは強化魔法が得意で、ドラゴンをも討伐した実績がある。その領地軍が強化魔法を得意とするのは自然なことだが……それにしても、だ。こんな戦士が戦いに出たら、盾も鎧も意味をなさない。強化魔法を使えない俺には、非常識すぎる光景だ。
俺はもう我慢できずに吠えた。
「こんなん出来るなら、製材機いらんやろ!?」
製材機を動かすための水車を設置する川を作ってくれ、と呼ばれたのに。
繊維に対して垂直に、しかも一撃で、スパッと切れてしまう領地軍。
それができるなら縦に割ることも簡単なはずだ。強化魔法は動体視力や反応速度なども向上させるので、大雑把に割ったあと、精密に削るような切り方もできるだろう。それは一流の強化魔法の使い手にとって、彫刻刀でゆっくり丁寧に削るのとそう変わらないはずである。
「まあ、今のところは。
でも領地軍は木こりや大工ではありませんから、いつまでもこれを続けるのは、ちょっと……」
「あ。うん」
部隊運用という意味でも、高出力の強化魔法をずっと使い続けるという意味でも、現実的ではない。どちらの意味でも最終的には「ガス欠」的な結末を迎えるのは明らかだ。
魔力切れになって強化魔法が切れたら、さすがに剣では切れないだろう。そして領地が発展して本職の木こりが現れれば、領地軍は仕事を奪わないように手を引くべきだ。そうしないと、領地がそれ以上発展しない。
「それじゃあ、まずはここから湿地まで川を作るか」
水の流れは「湿地からここまで」だが、川を作る手順としては「下流から上流へ向かって」である。そうすると最後に水源と連結するまで、川になる場所に水が流れ込まず、作業しやすい。
「お願いします」
「とりあえず方角を見てくる」
着る魔法を発動しして、板金鎧を生成し、同時に装着。
そして生成した板金鎧を飛ばすことで、中に入っている俺も飛ぶ。
上空から湿地の方角を確認し、再び地上へ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
建設予定地に村などがないことも確認できたので、あとはまっすぐ川を作っていく。
最初に作るのは、2つの平行な壁だ。これを水源となる湿地までつなげる。これが今から作る川の「上流」だ。
次に同じものを別の方向へ作って、排水路とする。これは「下流」になる。
あとは湿地帯に大量の水を生成して流す。圧倒的な水量で地面を削り、泥水が流れる。泥水に含まれる固形物が効率的に地面を削り、川が深くなっていく。つまり河川の基本的な形成過程を早送りで実行するわけだ。
最後に護岸工事をしてきれいに整える必要はあるが、大きな溝を作るときはこれが一番早くて楽だ。高低差の調整も自動的に完了する。
「……デカいほど良い、みたいなバカの発想ですか?」
ルナが呆れている。
領地軍は、俺を化け物を見るような目で見ていた。
「川ができたぞ」
「たしかに川はできましたけど……」
水が引いたら、生成していた壁を下へ移動させ、完成した川に取り付ける。これで護岸工事も完了だ。
堤防は作らない。なんなら途中で氾濫してくれたほうが、養分が広がって好ましいまである。
「さて、あとは水源だ。湿地に井戸を掘ろう。
工兵部隊をよこしてくれ」
「わかりました。
馬鹿みたいに大きい井戸を作るんでしょうね……」
「川の水源だからな。普通の井戸では足りないだろう?」
支流から水が流れ込むならまだしも、ここは荒れ地で川がない。
本流の水源がそのまま川全体の水量になってしまうので、川が長いと途中で地下に染み込んだり川面から蒸発したりして減っていく一方だ。
よって今回、水源の井戸はかなり大きく掘らないといけない。まあ、自噴する水圧によっては小さくてもいいが……たとえば間欠泉みたいに吹き上がるほどの水圧が常に維持されるとかなら、まあね。
ただ、普通の湧き水みたいな感じだったら、直径10m以上は欲しいな。
「まずは直径1mほどの井戸を掘って、ゴーレムを中に入れて地下水脈を確認させよう。たぶん地下に大きな空洞があるはずだ。その大きさを確認して、井戸をできるだけ大きく作る。
もしゴーレムが入れないほど勢いよく自噴するなら、あまり大きくしなくてもいいだろう」
あるいは帯水層(スポンジ状の地層に水が豊富に含まれている)かもしれない。
その場合、スポンジを絞るように水が染み出すので「空洞」は存在しない。自噴する可能性も低いので、組み上げ装置が必要だな。外部の動力が必要ない方式が望ましいから、水撃ポンプでも作るか。
「……なんだか巨大な湖ができそうな予感がするんですけど」
「そうなったら漁業でも始めたらどうだ?」
「この内陸で!?」
「湖があるなら可能だろう?
あ、でも、そのときは淡水魚を連れてくる必要があるか。ま、そのぐらいなら転移魔法でちょいと運んでやればいい」
「はいはい、夢が広がりまくりですね」
なぜか頭痛をこらえるような仕草をするルナ。
解せぬ。利益が出るのは領主として喜ばしいはずでは?
「……はぁ……工兵部隊を見学させても、師匠のやり方は真似できないでしょうね」
「そこはもちろん、工兵部隊に真似できるように順番に教えるさ。
俺は単に全工程を同時進行しているだけで、工程を省いているわけじゃあないからな。ゆっくりやって見せれば大丈夫だとも」
俺が使えるのは生成魔法。しかしこの魔法は基本的に物体を生成する魔法なので、溝や穴を生成することはできない。土砂を除去した空間を生成するというのは無理なのだ。土砂を除去(移動または消滅)というのは「生成魔法」の範囲ではないし、空間を生成なんてできたら俺は世界を作れてしまう。
「あっ、聞こえてしまいましたか」
「聞えよがしに言ったくせに」
「冗談ですよ。
前の架橋工事のときも、きっちり工兵部隊を指導してくれましたし、信用してますって」
「ならば良し」




