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第21話 諜報・潜入:隣国の召喚施設

 今日は陛下の執務室だ。

 おまけに元帥まで居る。


「あっ、嫌な予感……」


「ふっ……宮廷魔術師殿は、私がお嫌いですかな」


「いえいえ、国家の安全に尽力してくださる元帥を嫌う理由など……って、この会話、前回もやりましたな。

 しかし今回はまた、とびきりビールが不味くなる話のようですね?」


 なにしろ陛下がしかめっ面だ。

 王国にはまだ余裕があると示すために、いつも悠然と構えている陛下が、である。

 もう悪い予感しかしない。


「うむ。

 前に、不自然な異常気象や水源の枯渇・汚染が起きて、その実行部隊を捕獲してもらったときの事を覚えておるか?」


「ああ、はい。なんか見たこと無い魔物を使ってましたね」


 ルナの領地に作った分析用の施設へ送ったっけ。


「そうじゃ。あの魔物が問題でのぅ」


「というと?」


「あれ、この世界の魔物じゃなかったんじゃよ」


「は?」


 どういうこと?

 首を傾げる俺に、元帥が口を開いた。


「分析用の施設を作ってもらって、そこへ運んだだろう?

 その後の分析の結果だが、血液の成分が猛毒だった。血液は全身に養分を運ぶのだから、それが猛毒なのでは死んでしまう。つまり、あの生物は我々にとっての猛毒を有益な成分として利用していることになる。

 それは、この世界には存在しない『猛毒が当たり前の環境』で育ってきたという事だ」


 この世界の生物が酸素を克服したのと同じだ。

 酸素は細胞の構成成分を酸化させ、損傷させる有毒物質である。だが今の生物はそれを克服し、呼吸に必要不可欠なものにしている。

 例の魔物(もはや魔物と定義していいのかも怪しいが)は、そういう「猛毒が当たり前の世界」から来たのだろう。となると、この世界では酸欠みたいな状態になっていたはずだ。隣国もむごいことをする……。

 まてよ? そうすると水源を汚染した方法というのは、この魔物?の血液を混入したのか? 隣国め、むごいことをしやがる……。


「非常にビールが不味くなるお話ですね。

 すると、今回はそれ関係の施設を破壊してこいとか、そういう感じのご命令ですか?」


「まさしく。

 ゴーファ辺境伯の諜報活動で、その施設がある場所はすでに判明しておる。

 隣国があのような魔物を大量に召喚して送り込んできた場合には、現存の軍隊では対応できない猛毒まみれの状況となる。もはや『戦場』とも呼べぬ地獄絵図と化すじゃろう。

 そうなる前に、ニグレオス。今回は思い切りやってしまえ。ドカーンとな。奴らが召喚技術を再開発するまでにたっぷり時間がかかるように……できれば二度と開発できぬように、徹底的にぶっ飛ばしてくるのじゃ。方法は任せる」



 ◇



 自分の研究室に戻った俺は、ジェームスにひとつ質問してみた。


「前世の記憶だと、世界人口はどのぐらいだった?」


「前世の世界だと、私が生きていた時点で80億人ほどでした」


 思ったより多い。

 だが、予想していた方向ではある。

 つまり「この世界より多い」可能性がある、と。

 もっとも、この世界の総人口は不明だ。とはいえ、手がかりはある。


「途方もない人数だな……。

 1つの国家の人口は分かるか? この国と比べてどうだ?」


「国土面積が同じぐらいの国でいうと、少ないところで550万人ほど、多いところで1億人以上です」


「うん、なるほど。やはり、って感じだな」


「はぁ……? あの、閣下……いったい……?」


「実はかくかくしかじかで陛下からご命令があってな」


「なんと!」


「で、異世界から召喚しているということは、世界をまたいで『他国から拉致している』という事になるわけだが」


 相手の同意を得て召喚しているなら文句はないが、そんなわけはない。同意を得るには何らかの方法でメッセージを送って、返事を受け取る必要があるわけで、電波でやりとりする技術がないこの世界では手紙を送るか使者を送ることになる。

 そんな事ができるなら、隣国は異世界に進出している。侵略するか国交を開くかは別として、いずれにせよ王国に破壊工作を仕掛けてくる理由はなくなるだろう。貿易だけでも、世界まるごとが相手となれば、市場規模が桁違いだ。王国にコソコソとちょっかいをかけるより、よほど旨味があるだろう。


「おっしゃる通りです、閣下。到底見過ごせません」


「ジェームス。俺は以前にルナの領地の工兵部隊に『1人の犠牲で数万の味方が助かるなら、たとえ上官でもブチ殺せ』と言ったことがある」


「ああ、はい。聞き及んでおります。

 ……なるほど。今回も隣国の立場では『それ』をおこなった事になるわけですな」


「いや、ジェームス。俺は今回のことは『それ』をそのまま適用してもアウトだと思う。分かるか?」


「……なるほど。それで人口をお尋ねになったのですね。

 少数を犠牲にしても多数を生かすべきとする理論が正しいものとするなら、数十億人いるかもしれない異世界からランダムに誰かを召喚することは、確率的に数十億人全員を危険にさらします」


「その通りだ。

 そして王国や隣国の人口規模は350万人ほどだから、少数を犠牲にするべきだというのなら、犠牲になるべきはこっちの世界だ」


 極めて単純に計算すると、350万:550万~1億=X~Y:80億ということになるが。計算結果は、少ないほうで2億8000万人、多いほうで50億人規模となる。

 秘密を明かしてくれたときのジェームスの言葉を思い出す。ジェームスが俺の「知らないはずの記憶」を推測して「自分と同じかもしれない」と感じたことから考えると、ジェームスの前世の世界は非常に発達した技術があり、当然それは食料の生産力にも及んだだろう。

 この世界にはそんなに発達した技術が無いという点を考慮すると、50億人規模と考えるのは無理がある。おそらくこの世界の総人口は、計算の下限2億8000万人に近いところだろう。

 もっとも、世界の人口が逆――こっちの世界のほうが多いのだとしても、拉致が許容されるわけはないのだ。俺が「上官でもぶっ殺せ」と言ったのは、道理をわきまえずに仲間を無駄に危険にさらすアホには従うなという意味なのだから。


「ジェームス」


「はい、閣下」


「陛下は『方法は任せる』とおっしゃった」


「どうなさいますか? 方針をお示しくだされば、計画を立案させていただきます」


 陛下は「思い切りやってしまえ。ドカーンとな」とおっしゃったが、正面から堂々とドカーンとやるのは非効率だ。災害から復興する町のように、必ず「もう1度やろう」とするだろう。

 だが津波に襲われたあの町は、被災体験に学んで住宅地を高台にした。自ら行動を変えたのだ。同じように、隣国にも学ばせてやれば良い。


「召喚の失敗、または召喚技術の暴走に見せかけて潰そうと思う。

 そうすれば隣国は『危険な技術だ』と認識して、より慎重になるだろう。うまくやれば手を引く可能性が出てくる」


「では閣下、要点を整理してまいりましょう。

 まずは『隣国に気づかれてはならない』という点。これは絶対です」


「問題ない。視覚・聴覚・嗅覚に加えて探知魔法に対する迷彩効果も開発した。すでに俺の『着る魔法』に搭載済みだ。加えて物理的な探知装置を開発し搭載している。敵が接近すれば、転移魔法で即時離脱が可能だ」


 俺の魔法は、日々進化しているのだ。


「結構です。

 では次に『施設の破壊』という点ですが」


「言うまでもない」


「お得意ですね。

 では最後に『相手方への心理的効果』です。殲滅するよりも生き残らせて狂乱状態にさせるほうが効果的かと。通常、人にとって『死』はあまりにも縁遠く、都合よく『自分は死なないだろう』と考えがちです。

 しかし『関わると狂ってしまう』という印象は、強烈な忌避感を与えます」


「うむ。肝試しはするくせに、精神病や老人施設への見舞いには行かない人が多いからな」


 見舞いに行っても狂うわけではないが、まあ比喩的にはそういうことだ。

 ジェームスはうなずいて続けた。


「閣下は、そのような毒物を生成できますか?」


「精神に作用する薬物か……条件に合うものといったら違法薬物の類だが、作る必要が無かったから作ったことがないんだ。分析されて再現された挙げ句、変に流通しても困るしな……」


「閣下の発明が倫理的でよろしゅうございました」


「なんだよ。適切な物質がないのに何いってんだ」


「2種類の元素を使いましょう。

 すぐに効果を発揮する『呪い』として、セシウム。

 長期的に効果を発揮する『呪い』として、ウラン。

 療法を使うことで『その土地を訪れると呪われる』しかも『何十年たっても呪いが続く』という演出が可能です。セシウムが崩壊してすっかり無毒化していくと、『呪い』は薄まることになりますが」


「……なるほど。それなら『時間を置けば大丈夫』などと安易に考える可能性も防げるわけだな。

 壊したあと、瓦礫に混ぜてばらまいてくればいいな」


 調査とかで訪れた人たちが被爆するわけだ。

 セシウムは数日から数週間で体調不良を起こす。調査のために数日滞在するだろうから、ちょうどいい。

 ウランは吸い込まない限りそこまで強い毒性はないし、鉄みたいな硬い金属なので簡単には吸い込めないが、ウランを触った手で物を食べるといった行為があれば微量ながら体内に取り込んでしまう。短期的には、ちょっとした疲労感ぐらいの効果しかないが、持ち帰って研究しようなどと考えた場合には数十年かけて致命的な影響を与える可能性がある。

 まっとうな仕事で訪れて悲惨な目に遭うのは可哀想だが、その訪れる場所が「まっとうな仕事」をしていないのだから、そんな役目で損な役目だったと諦めてもらおう。


「召喚が暴走して止まらなくなったように見せかけましょう。

 閣下は、生きたままの動物は生成できず、死体なら生成できるのでしたな?」


「ああ、暴走して召喚し続けた結果に見せかけて、大量の死体を生成するのか。

 しかも本来は生きたまま召喚するものを、死体ばかり召喚しては『召喚の失敗』にも見せかけられる。いい手だ」


「その通りです。そして最終的に大爆発……まあ、可燃性の毒でも召喚したと思ってもらいましょう」


「水素でいいかな? メタンも混ぜる?」


「おならですか。まあ吹っ飛べば何でも良いでしょう。

 しかし、爆発に放射線……もしかすると、召喚されて異世界から未知の毒素も流れてきているかもしれません。非常に危険ですが、それでも実行なさいますか?」


「ジェームス」


「はい、閣下」


「お前が計画を立ててくれたなら、あとは実行するだけだ。

 俺は何も考えなくていい。楽なもんだよ」


「閣下……」


「じゃあ行ってくる」


「お気をつけて。

 ビールを冷やしておきます」

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