第20話 調査・開拓:ダンジョン
「ニグレオス師匠、ダンジョンが見つかりました」
屋敷に呼ばれて出向いてみれば、そんな話を聞かされた。
場所は、以前の架橋工事デートで建設した橋の、その先だ。
「領地軍の訓練に使えるといいな。
で、俺にどうしろと?」
「調査をお願いします。
ダンジョンに出る魔物が強すぎても弱すぎても、訓練になりません」
「ふむ……?」
確かにルナの言う通りだ。もしも強すぎる魔物が出ると、調査に出た人たちが犠牲になる可能性がある。鍛えるべき領地軍を使うには、ちょっとリスクが大きいか。専門分野でいうと高ランク冒険者に依頼するべき内容だ。そういう事に特化している連中だから、うまくやるだろう。軍隊にはないノウハウがあるはずだ。
俺がやるなら、着る魔法を、中身なしでゴーレムとして派遣すれば、人海戦術で効率的かつ安全に調査できる。破壊されても所詮は魔法なので、ダメージにならない。引き受けるのは問題ないな。
しかしルナが妙にニコニコしているのは……?
「調査チームは私と師匠の2人。
私が前衛で、師匠が後衛です。
師匠には物資の補給もお願いします」
「なるほど。生成魔法で食料でも水でも武具でもポーションでも、その場で出せばいいからな。効率的だ」
「ですよね。必要ならバリケードとかも作れますし」
「ああ、うむ。それもあるな。
まあ、ドラゴンを倒せるルナがいて、バリケードが必要になるとも思えないが」
「えへへ……もちろんです。頼りにしてください、師匠。私も頼りにします」
要するに今度はダンジョン調査デートをしたいわけか。
しかしダンジョンは常に敵地だ。デート気分で行くには、ちょっと危険すぎる。気を引き締めてかからないと。
◇
「「うぎゃあああああああああ!」」
走る。
必死に走る。
足がちぎれてでも走る。
「何あれ!? やだ! 何あれ!?」
「言うな! 振り向くな! 見るんじゃねえ!」
黒くてテカテカした奴らが、数え切れないほどの群になって迫ってくる。
しかも1匹1匹が大型犬みたいにデカい。
「「冗談じゃないいいいいい!」」
「師匠ぉ! なんとかしてくださいよぉ!」
「できるかボケぇ! お前こそドラゴンも倒せるくせに、あんな虫ごときに逃げ回ってんじゃねえ! 前衛だろーが!」
「嫌ですよ! 触りたくない! 近づきたくない! 見てくださいよホラ、鳥肌えぐいですもん!」
「走りながら余裕だな、お前!?」
「へっへ~! 強化魔法使ってますからね」
「あっ、ずるい! そうだ、俺も魔法使おう」
着る魔法を発動。
すいーっと飛んで逃げる。
「あーっ! 師匠! 飛ぶなんてずるい!」
ダンジョンの通路が広い場所にさしかかり、俺は高度を上げた。
ジャンプして飛びついてきたルナが、俺にしがみつく。
黒豆が流れるように眼下を走っていく奴ら。
だが次の瞬間、一部が羽を広げて飛んできた。
ブーン。
「「ぎゃあああああ!」」
◇
というわけで、ダンジョンは封鎖が決定された。
あんな魔物は利用できる素材もないし、封印でいいだろう。
利用価値のないダンジョンだった。
そして、ルナの屋敷に戻った俺達は、しばらくぐったり倒れるようにして過ごし、いつしか夕食の時間になったのだが――
「「おえええええっ!」」
出てきた料理が、黒豆の煮物だった。
黒い集合体は、昼間の「群」を彷彿とさせ、反射的にえづいてしまう。
給仕のメイドが、さっと青い顔をした。
俺達はそれぞれ手を上げて制する。
「大丈夫。料理には問題ないわ」
「すまない。昼間ちょっと、似たやつと戦ったもので」
「戦ったっていうか……ねえ、師匠?」
「必死の闘争だった」
「必死の逃走でしたね」
言いながら料理からは目を背け、俺達は席を立った。
そして給仕のメイド2人をそれぞれの席に(強引に)座らせて、意味がわからずオロオロするメイドたちに、俺達は深々と頭を下げた。
「「ごめん! 代わりに食べて!」」
一瞬きょとんとしたメイドたちが、一拍おいて笑い出した。
「スライムにまとわりつかれた子供みたいですね」
「うっかりスライムを踏んだりして、ゼリーが苦手になるって、あるあるですよね」
その通りすぎて言い返す言葉もなく、俺達は目をそらす。
そうしてメイドたちが煮豆を食べてくれたのだが。
「それにしても、いったい何と戦われたのですか?」
うっかり者のメイドが禁断の質問を口にしてしまったのだ。
「何って、でかいゴキ――」
「「ぎゃああああああああああああ!」」
メイドたちがその場でスプラッシュマーライオンになったのは、言うまでもないだろう。
なんてこと言うんですか、と叱られたのは解せないが。
誰も、決して、彼女たちを責めることはできないのだ。
◇
グビッ……グビッ……。
「ふぅ……」
「ビールのあとでため息とは、珍しいですね閣下」
王城に戻ったあと。
ジェームスが俺の変化に気づいたのは、すぐだった。
「いやぁ……ちょっと固形物が喉を通らなくて」
「何かあったのですか?」
「ああ……うむ……かくかくしかじかで……」
「ぶはっ!」
「おま……笑い事じゃねーよ」
「失礼しました。しかし、災難でしたな」
「まったくだ」
「ですがデートとしては成功なのでは?」
「どこがだよ」
「距離は縮まったでしょう?」
「あー……」
まあ、確かにしがみつかれたわけだから、物理的に近くなったか。
ある意味「抱きつかれた」わけで、ああいうのは初めてだな。
もっとも、あんな状況は二度と御免被りたいが。
「その調子です、閣下」
「ん? は? その調子? 何が?」
これからも虫は避けろということか? まあ、たしかにルナも嫌がっていたし、そもそも女性ウケしないのは俺でも分かる。っていうか俺が嫌だ。
が、わざわざジェームスが「その調子」と言う意味が分からない。
別の解釈をするなら、これからもしがみつかれるように頑張れということか? 空を飛べばいいかな? でも単に高いだけだとルナは別に怖がらないし。いや、怖がらせてどうする、という話になるか。
ん? じゃあ、なんだ? どういう意味だ?
「……えっ」
「え?」
「え……?」
「え?」
「……本気で、おわかりにならない……?」
「何いってんだ、さっきから」
「…………」
ジェームスは、こめかみを押さえて黙ってしまった。
そして深呼吸するように深く息を吸い込んだ。
「閣下」
「ん?」
「朴念仁」
なにを、と少し不快に思ったが、その言葉は以前ルナにも言われたのを思い出した。
そうしてから、ようやく俺の中で話がつながった。
「ああ、そういう……」
「閣下」
「なんだよ」
「残念です。あなたという人は」
「うっせーわ」




