第2話 依頼品:像
「失礼します!」
王城の一角にある研究室で仕事をしていると、先日の近衛騎士(新人)がやってきた。叩きのめして実力差を見せつけたから、近寄らないと思ったのだが。
「先日の、あー……誰だっけ?」
「先日は名乗っておらず、失礼しました。
近衛騎士のアーネストと申します」
「うん、そうか。道理で思い出せないわけだ。
で、何か用かね?」
聞いてないんだから思い出せるわけがなかったな。
知らない情報まで思い出せたら変態だ。
まあ、俺はその変態だけど。……なぜか知らないはずの情報が思い出せるんだよね。頭の中に読んだことのない百科事典がある感じだ。主に世界の構成要素に関する知識とか、知らないはずの事を思い出せる。
名簿的な情報は含まれていないようで、知らない人の名前までは出てこない。
「仕事の依頼に参りました。
昨年、姉が爵位を授かる栄誉に浴しまして、独立して家を立ち上げることと相成りました。このたび、その屋敷が完成したとのことで、弟としてはこの機に祝いの品を贈りたく思いまして」
「ちょうど自分が近衛騎士になったことだし、いいタイミングかもな」
「はい。初任給をその祝いの品の代金にあてようと思うのですが――」
「俺にそれを言うってことは、何か作れと?」
「はい。生成魔法が得意と伺いまして、そのお願いに参りました」
「祝いの品かぁ……貴族として独立する祝いってことは、何がいいかな。
実用的なもの、姉君が爵位を授かった理由を表すような記念品、姉君の家が栄えるように願いを込めたもの……色々と候補はあるが、どんなのを考えてるんだ?」
「引き受けていただけるのでしょうか?」
「当たり前だろう。断ったら『お前の家を祝いたくない』という意思表示になってしまう。そのぐらいの分別はあるさ」
「安心しました。てっきり……あ、いえ。なんでもありません」
「面倒くさがると思ったか? さては団長に聞いたな?」
「うっ……」
「俺が団長の話を面倒くさがるのは、断っても俺にデメリットが無いからなんだよ。
それに、メリットがあれば引き受けるぞ」
「ビールとか、ですか?」
「そうだな。たいていそれで手を打ってる。
しかし今回のことは、ビールではダメだぞ? さすがにな。
別に魔法1発で何でも作れるから、代金としてはビールでもいいんだが、っていうかビールのほうがいいんだが、しかしだ、祝いの品をビールで作ったってのは、さすがにアレだろ?」
そうですね、とアーネストは苦笑した。
何を笑ってんだ。俺は真面目に言ってるのに。
「で? 何がいいんだ?」
「ドラゴンを討伐する姉、というのはどうでしょう?
今なら飾る場所は選び放題なので、像でも絵画でも構いません」
「構わんよ。
屋敷とのサイズを合わせないと不格好になるな。それと姉君の姿が分からん。屋敷の内覧と姉君への面通しを頼む」
「ありがとうございます。では早急に」
◇
という話があって、数日後。
馬車に揺られて、アーネストの姉の屋敷にはるばるやってきた。
そして真新しい屋敷の前で馬車を降りると、アーネストの案内で屋敷の中へ。
応接間へ通されて、いくらも待たないうちにアーネストの姉が現れた。
「ルナ?」
「師匠?」
ドアを開けた姿勢のまま固まった女性と、間抜けな顔で見つめ合ってしまった。
ルナは俺の剣術の弟子だ。魔術じゃなくて剣術のな。
動きの質は俺のほうが上だが、ルナと剣で戦うと俺が負ける。俺は強化魔法や付与魔法を使えないが、ルナは強化魔法を使えるから、そうなるとスピードもパワーも圧倒的なのだ。
羨ましいことだ。俺がそうなりたかった能力を、ルナが持っている。まったく、どうして俺は生成魔法しか使えないんだろう。適性がそうなっているから、努力しても伸びないんだよな……。
「え? 知り合いですか?」
状況が分かってないアーネストが、俺達と同じくきょとん顔になった。
「アーネスト、お前、芸術家を連れてくると言ったじゃないか」
ルナがアーネストに詰め寄る。
「絵画か彫刻を贈るので、その制作者を連れてくると言ったのです。
芸術家とは言っておりませんよ」
「勘違いするような事を言ったお前が悪い」
ルナがアーネストをひっぱたいた。
なんて理不尽な。
「師匠は、絵画や彫刻をなさるのですか?」
俺に振り向いて尋ねるルナは、アーネストをひっぱたいたルナとはまるで別人のようだ。実に淑女然としている。
「たまにね。本業は生成魔法だし」
「ああ、魔法で……」
「そういうこと。だからサイズと姿だけ見に来たんだ。
それで、アーネスト殿。制作するのは彫刻か絵画か、どちらがいいかね?
それと、モチーフの姿に指定はあるかね?」
ドラゴンを倒すルナ、という題材だけでは、ドラゴンの種類やルナの装備などが未定の状態だ。何かこだわりがあるなら聞いておかねばならない。
たとえばレッドドラゴンを倒したことで爵位を授かったというのなら、ブルードラゴンやグリーンドラゴンで作るのはマズイわけだ。あるいは格上の相手から贈られた武具を使った事実があるなら外すわけにはいかないし、事実がなくとも特定の相手に近づくために「かつて贈ってもらった何か」をあしらう事もある。
で、難しいのは「ドラゴンを倒すルナ」という題材をすでにルナが知っているのかどうかだ。アーネストがそれを隠してサプライズ演出するつもりなら、俺が口を滑らせるわけにはいかない。
「あ、はい。それなのですが――」
◇
注文を全て聞いて、作ったのは大きな像だ。色とりどりの石材を「混ぜて」作った。パーツごとに作って組み合わせたとかではなく、粘土をこねるように本当に混ぜて作った。こういう作り方ができるのは、生成魔法だけだ。つなぎ目がなく、マーブル状や混合色にもできるのが利点である。つまり絵画と同じように、多くの色を重ねることでリアリティを出せる。
像は玄関ホールに飾ることになった。
来客は、屋敷に入ってすぐに「ルナがドラゴンを倒した姿」を目にすることになる。なかなかインパクトのある演出だ。一見するだけでは剥製と見分けがつかない仕上がりになっているので、さぞや驚かれるだろう。
「「おお~……!」」
像を見上げて声を漏らすルナとアーネスト。
こんなところは姉弟だな。そっくりだ。
「それじゃあ、代金のほうは早めに頼むよ」
「ありがとうございました」
「師匠、今日はこちらに泊まっていかれませんか? ご馳走したい酒もありますし」
「いや、仕事が溜まっているから帰るよ。
それと、俺はビールしか飲まない。ビールより強い酒だと二日酔いになるからな」
「え……そうなんですか? いつもビールを飲んでおられるので、てっきりお強いのかと」
「いやいや、とんでもない。俺は酒に弱いからビールしか飲めないんだ。
酒は好きなんだけどね。まったく悲しいことだ」
それじゃあ、と手を振って俺は魔法を発動した。
闇魔法によって「マイナス」を生成する。空間に「マイナス」を生成して虚数空間を作り、そこを通ることで、トンネルを通るみたいにして王城へ転移できる。
何を言っているのか分からないだろうが、俺にもよく分からない。とにかく効果があるから使っているだけだ。仕組みがわからなくても便利だから使うってのは、魔法に限らず周りを見れば割とありふれている事だ。
「さーて、ビールビールっと。
今日もいい仕事したっ」