第15話 災害対策:災害耐性の強化
このところ忙しくて、のんびりビールを飲んでなかった。軽く晩酌程度には飲んでいたが、やはり「ビールを飲むために時間を作る」というのが特別なのだ。
そしてビールのために時間を作ったなら、その時間でビールを楽しむために工夫を凝らす必要がある。具体的には、うまいツマミを作るのだ。
「まずはジャガイモをよく洗う」
泥を落とすために、よく洗う。
ゴシゴシ洗う。
「次に皮をむく」
ピーラーを生成して、じょりじょり皮を剥く。
生成魔法によって自由にアイテムを作り出すことこそ、生成魔法の最も有用な点だ。泥棒がこれを使うと、合鍵を生成してしまうので、この世界では鍵の発達が著しい。
「そしたら適当に切って……」
細長くスティック状に切る。
太さを均一にするのがポイントだ。あとで加熱するとき、火の通り方が均一になる。
「よく洗う」
水にさらしてデンプンを抜く。
この工程は何度も繰り返す。
しっかりデンプンを抜くのが、このあと美味いツマミを作るのには重要だ。デンプンは高分子の「糖分」である。このあと加熱すると、分解されて甘くなってしまう。今回の料理は「塩辛さ」が旨味になるので、甘さは雑味程度に抑えてやらなくてはならない。このバランスが逆転すると、スイカに塩をふったような「より甘い感じ」になる。それではダメだ。ツマミには辛いものが合う。
「さて、繰り返しの行程はゴーレムに任せるとして、その間に油を沸かそう」
地面に穴を掘って、そこに炭を生成し、着火する。
穴の周囲に小石を置いて、その上へ鍋を生成して置く。
鍋の中に油を生成して、高温になるのを待つ。
「ご」
「うむ、終わったか」
ゴーレムが短く声をかけてきた。
振り向くと芋洗いが終わっている。
「では、よく水を切ってから、いよいよ揚げていこう」
ジャガイモの素揚げだ。
よく水を切っておかないと、油がはねて火傷する危険がある。
熱した油にジャガイモを投入し、しばし待つ。
「よし、待ちに待った待ち時間だ」
この待ち時間に飲むのだ。
グビッ。
「……っかぁーっ!」
うまいツマミができるのを待つ間に飲むビール。これはもう、たまんねぇな。こいつは人をどうにかさせるぜ。
確実に来ると分かっている幸福な時間は、それを待つ時間にこそ幸福がある。祭りは準備中が一番楽しいということだ。
そのタイミングで飲むビール。美味いに決まっている。
「……おっ、そろそろか」
こんがりキツネ色になったところで引き上げ、油を切ったら、塩をふる。
この塩が味付けのポイントだ。他に調味料を使わないので、どんな塩をどのぐらい使うのかというのが味を決める最大のポイントになる。
「……こんなものかな。……うまっ」
味見で1つ食べてみると、美味かった。
洗いまくって栄養が抜けたところに油が染み込んで、塩と調和している。
完璧だ。完璧な味わいだ。もはや食うまでもない。……食うけど。
たぶん売れば儲かる。今度、商人に持ちかけてみようかな。
「さて、ビールビールっと……」
グビッ。
まぐ。
グビッ。
もしゃ。
グビッ。
「ぷはぁーっ!」
最高だ。今日も最高の1日だ。
「やっておるな、ニグレオス」
後ろから声をかけられた。
振り向くと、この王宮で最もよく知った顔だ。
「あっ、陛下。
ご一緒にいかがです?」
「いかがです? ではない。
研究室の外で実験をするときは、許可を取れと申したであろう」
陛下がため息混じりに言う。
たしかにそれは言われたが。
「今回のコレは実験ではありません。ただの休憩で、ただの料理ですよ」
なので許可は必要ないはずだ。
「おま……それを言ったら王宮で許可なく火を使うなど、放火未遂で逮捕じゃぞ?」
げぇッ!?
「はぁ……」
後ろで護衛についていた近衛騎士団長がため息をついている。
くそっ……助け舟は期待できないようだ。
「あっ、すみません。違うんです。ごめんなさい。違うんです。あの、なんていうか、違うんです。そ、そう、実験です。実験なんです。手続き忘れてすみませんでした」
「ほほーう? では、何の実験かの?」
「え、えーと……その……あー……」
くッ……! 陛下が意地悪な笑みを浮かべている!
やべえ。何も考えてねぇよ。ジャガイモ揚げて食ってただけだっつーの……はっ!?
「その、美味しいツマミを開発したので売れないかなぁ~……みたいな? そ、そういうアレです、はい」
おひとつどうぞ、と陛下にジャガイモの素揚げを差し出すと、陛下は1つつまんで頬張った。
「……はぁ~~~……美味い。くそ。こう美味くては、あまり強く叱れぬ。
宮廷魔術師が料理を開発か……料理人でもあるまいにおかしな事だが、得てして実験とは思いがけぬ不産物を生むものじゃからな。ま、そういう事にしといてやるわ。商人呼ぶか?」
「あ、はい。お願いします。普通に売れると思いますので」
やっほーう! さすが陛下! 話が分かるぜ!
「うむ。
それも貰おうかの」
畜生め! がめついぞ、この陛下!
陛下が手を差し出すので、俺はビールも献上した。ううっ……俺のビール……。
「……うむ。美味いな。これはワインよりビールが良いようじゃ。
以前にビールを取り寄せた田舎男爵の領地があったのぅ? あそこは麦が育たず芋を育てておったはず……あの領地から芋を仕入れれば、あの男爵のところも少しは発展するかもしれんのぅ」
宮殿の壁を修繕した報酬にもらったビールのやつだ。
「ああ、はい。ありましたね。その説は、ご相伴に預かりまして幸甚の至りでした。
確かにあの領地のビールなら、芋料理に合うように改良されておりますし、あわせてビールも売れるようになるかと」
「うむ。そうであろうな。やはり酒好きの言うことは聞くものじゃ。
さて、それはともかく、ニグレオスよ。頼みがあるのじゃが」
「あっ、はい。断れないやつですね。わかります」
「すまんのぅ」
ちッッッとも「すまん」と思ってない顔で、陛下がにっこり笑った。
◇
転移魔法で瞬間移動。向かった先は、以前にも訪れた港町だ。津波の被害にあって、町全体が更地のようになってしまった場所である。
仮設住宅を生成しに来たのだが、その後のことは復興支援のために派遣された部隊に任せてある。
「あっ、ニグレオス殿。来てくださいましたか」
到着すると、近衛騎士のアーネストが俺に気づいて声をかけてきた。
こいつ、前に来たときも居たが、ずっと居るのか?
「まだ居たのか。ご苦労だな」
「陛下の御威光を知らしめるためですから」
アーネストは誇らしげに言った。
それこそが近衛騎士の主たる任務なのだから、それを誇らしく思っているなら何よりだ。
そうなると、俺の興味はもう1人の、例のあの人に向かうわけだが。
「副隊長は?」
「もちろん在任中です。呼びますか?」
「頼む」
「かしこまりました。
副隊長!」
アーネストは深く息を吸い込むと、何かが爆発したかと思うような大声を張り上げた。
10秒と待たないうちに、副隊長が全力疾走でやってきた。この場において近衛騎士は「王権の象徴」であり、その近衛騎士に呼ばれたというのは「国王陛下に呼ばれた」のと同じ意味を持つ。副隊長はほとんど顔面蒼白になりながらの全力疾走だ。1秒でも早く到着しろ、足がちぎれても構わん、と叫びそうな様子でやってきた。
「ただいま参上いたしました!」
「ご苦労。宮廷魔術師ニグレオス殿がお越しだ」
「はっ!
閣下、またお会いできまして光栄に存じます!」
実にキビキビとした動きだ。
俺は思わず見とれてしまった。
「……美しいな。非常に洗練された芸術的な動きだ。
アーネストも見事だが、副隊長。副隊長も近衛騎士を目指しているのか?」
「いえ、自分などは。とんでもないことです。
過分な評価をいただき、身に余る光栄です」
「いやいや。前回の副隊長の働きぶりを見れば、過分どころか当然……あるいは『控えめ』と言ってもいい。美しい仕事ぶりだった」
「そ、そのような……もうご容赦ください。照れてしまいます。どうしていいのか分かりません」
おっさんなのに可愛いな、この副隊長。
「今回も期待して、こうして呼んでもらったわけだが、どうかな?」
「はっ、準備はできております。
図面は指令所にて保管しておりますので、ご足労願います。前回すべて一斉に作られたことから学びまして、今回は順番を考慮しておりません。予定地の人払いも済んでおります」
「素晴らしい。さすがだな。一刻を争う救援部隊の責任者に任じるに、これ以上の人物はおるまい。今回はそこまで寸刻を惜しむことはあるまいが、さすが副隊長。いい仕事ぶりだ」
「いえ、自分など……すべては任命してくださった陛下のご威光のたまものです」
「うむ。あの陛下は、まったく……人を見る目がおありだ。しかも使い方をよく心得ておられる。
しかし実際に実務をこなしたのは副隊長だ。さあ、その仕事ぶりの成果を見せてもらおうか」
「はっ! では、こちらへお越しください!」
指令所に案内してもらい、図面を見せてもらった。
すると今回は、前回より多様な注文があった。
まず、住宅地をまるごと「高台」に変える。
それから街を囲むように津波防壁を作る。
災害耐性のある上下水道と道路――これは網目状にすることで、1箇所が寸断されても他が通れる状態にする。
沿岸部の森林の再生。これは津波にやられて消えてしまった森を再生する。木材や腐葉土の調達先として、森林は重要だ。
あちこちに避難所を作り、そこへの避難経路を示す看板を設置。
「すまん。これはさすがに、いっぺんに作るのは無理だ。1種類をたくさん作るのは得意だが、たくさんの種類をいっぺんに作るのは難しいんだ。前回はでかい口たたいてすまんかった。今回は数回に分けて作るぞ」
「あっ、すみません。はい、ではまず――」
副隊長が次々と「この順番で作ってくれ」と言い始めた。
「順番を考慮してないんじゃなかったのか?」
「はい。いえ、計画に盛り込んでいないだけで、全く考えていなかったわけではありません」
「脱帽だよ。なんて仕事ぶりだ。今度一緒に飲もう」
「恐れ入ります。ですが下戸ですので、お茶なら」
「分かったよ。アルコールの分は、俺から陛下によーく言っておく」
この人、ただの部隊長で終わらせるには惜しい。




