第14話 医療:ポーション
今日は、王城の医務室だ。
王族用の医務室と、騎士用の医務室があるが、今回も騎士用の医務室である。
ロック鳥が飛来した直後と同じように、今再び王城警備隊が死屍累々の野戦病院状態になっている。
「何だ、これ? 何がおきた?」
ポーションを頼まれて納品に来たら、この予想外の光景。
前回作った車椅子が今また大活躍する光景に、俺は戸惑いを隠せなかった。
「お疲れ様です、閣下。
ルナ伯爵が王城警備隊に強化魔法の訓練を始められまして、内容が厳しいために、このような……おかげで我々も自動的に過酷な訓練に巻き込まれております」
ぼやく衛生兵。
ポーションを補充してやりながら、俺は苦笑する。
「大変だな。しかし衛生兵の能力が高いと前線で戦う兵士も安心だ。命さえあれば何とかなるという安心感は、大胆に動く勇気と、何としても生きて戻ろうとする活力を与える。そして大部隊になるほど士気の高さは戦果に直結する。
大量の患者に高度な治療を施せる衛生兵が後ろに控えてくれるなら、それが王国を存亡の危機から守ることになるだろう。魔術師が魔法を放って戦うのと同じように、君たちは『前線の兵士』を放って戦う護国の要だ。よろしく頼むよ」
「はっ! ご教授ありがとうございます!
ではポーションを受け取りましたので、本官はこれで失礼します!」
疲れ切った様子の衛生兵が、やる気満々の元気いっぱいになって帰っていった。
……ちょっと言い過ぎたかな? 軽く洗脳してしまったかもしれん。
ま、いいか。士気の高さが戦果に直結と言ったばかりだし、彼には頑張ってもらおう。やる気に満ちた仲間が1人いれば、それを見た仲間たちも少し活気づくものだ。キビキビした行動は全体の効率を高め、結果的に彼ら自身が「過酷な訓練」の早期終了という恩恵を受ける。
「しかし、ルナのやつ、どんな訓練をしてるんだ?」
興味が湧いたので、ちょっと覗きに行こう。
◇
練兵場は地獄絵図だった。
「ぐあ!」
「あっ、すまん! 大丈夫か?」
「大丈夫だ! まだまだ!」
2人1組になって、木剣で対戦しているようだ。
強化魔法の訓練という話の通り、王城警備隊の面々は強化魔法を使って戦っている。
ところが魔力が尽きたり強化魔法が間に合わなかったりすると、攻撃をまともに食らい、負傷する。
「引っ込みなさい。治療して」
戦意が衰えない王城警備隊だが、負傷者はルナによって容赦なく後方へ投げ飛ばされ、戦線離脱となる。
控えていた衛生兵が、投げ飛ばされて気絶した王城警備隊を運んでいった。
「どういう訓練だ?」
「あ、ニグレオス師匠。
これですか? 今は、常に強化魔法を使い続ける訓練をしているところです」
「常に?」
強化魔法は燃費がいいとはいえ、常に使い続けるのは魔力を消費し続けてしまうので無駄が多い。
本来は、攻撃の瞬間とか防御の瞬間とか、必要なときだけ瞬間的かつ爆発的に使って、燃費と威力を両立するものである。
「必要なタイミングで出力を上げて、それ以外のタイミングでは出力を下げるようにすると、いちいち発動したり解除したりするより早いんです。
下げすぎて強化魔法が切れてしまうギリギリを常に維持しつつ、必要なタイミングでは最大出力に引き上げる。この訓練で繊細な加減を覚えると、生け捕りにする必要が出た時にも対応できますし、わざと最大出力が低いように偽装して油断を誘う戦術も使えます。
それに何より、自分の魔力が尽きるタイミングを覚えることで、タイミングを見計らって事前に離脱できるようになり、休憩することで回復できます」
中長時間の戦闘を見越した訓練というわけか。
たしかに短期決戦が常に通用するとは限らない。対空戦力を得るために、飛ぶ斬撃を教えるという話だったが、それも魔力が尽きないように気をつけないと、効果的な運用はできない。
じっとしている時と戦いながらとでは、時間感覚が違ってくるので、戦いながらそのタイミングを覚えるというのは実践的で効果的だろう。
「なるほどなぁ。いろいろ考えているわけだ」
「えへへ……。師匠なら、このぐらい考えるかなと思いまして」
「そうだな。俺が強化魔法を使えるなら、まさにこうするだろうな」
俺には強化魔法が使えないので、指導できないが。
俺が思うに、訓練とは、実際の動き方を分解したものだ。だから分解された動き(Bとする)には、AからBへつなぐためにどうするか、BからCへつなぐためにどうするか、AとCの間にBを挟むのはなぜか、BからCにつなげるのが無理な場合にDへつなぐためにはどうするか、といった複数の意味があり、それらすべてに適合する動きがBの動きとして「正しい動き」になる。
ちょうどルナが説明した通りだ。
「訓練メニューも分かった。俺のやり方を真似した感じだな」
「はい、その通りです」
訓練というと、剣なら素振りから始めることが多いだろう。剣で戦う動きから、まずは剣を振る動きだけ分解して取り出したわけだ。
このとき、ひとつずつの行程については「どう動くか」というのを分かりやすく伝えようと工夫するが、「どう分解するか」を考えることはあまり無い。
しかし――というべきか、「だから」というべきか――分解した訓練から始めた人が実際にやる段階になると、訓練したことを複合的に使う「組み立て」の行程が必要になる。そのため「組み立てるための訓練」なんてものが必要になる。
俺は、これは無駄だと思っている。最初から分解前の動きを覚えれば、組み立てる訓練は不要である。わざわざ分解して覚えて、組み立てるための訓練を要するのは、二度手間だ。
だから俺が指導する時は、まず実際の動きをやらせる。やっているうちに慣れて上達すればそれでよし。つまずくなら、そこで初めて分解して教えれば良い。
ルナの指導方法は、まさにそれだ。
「…………」
にこにこ笑って俺を見るルナ。
尻尾があったらブンブン振っているだろう。
「よくやった」
なんだか犬でも見ているような気分になって、俺はついルナの頭を撫でた。
「むふーっ」
ルナは満足そうに目を細めている。
「甘ぇ……」
「砂糖だ……」
「胸焼けしそう……」
王城警備隊の士気がダダ下がりになった。




