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第13話 建築:架橋工事(後編)

 今日はルナの領地だ。

 場所は、切り立った崖。その崖の底には川が流れており、橋をかけて向こう側を調べたいというルナの要請に従って、俺は今日、ここに橋をかけに来た。

 ルナが俺とのデートを兼ねて提案してきたので、てっきり2人で行くものだと思っていたら、実際には護衛がついた。考えてみれば当然で、俺もルナも伯爵だ。しかもルナは領地持ちの当主である。

 その護衛は、本来こういう架橋工事を担当するはずの工兵部隊だ。護衛のついでに、俺の架橋工事を見学する。


「なるほどな。よく考えられた人選だ」


 工兵部隊だけで護衛なんて通常はありえない。工兵は地形の造作が専門であって、護衛任務は門外漢だ。

 だが、そもそもルナはドラゴンを殺した功績で伯爵になった。従って、そもそも護衛が必要ない。ルナ本人が他の兵士よりはるかに強いのだ。ルナは「私の護衛につきたければドラゴンを殺せるようになってからだ」と強弁できる。

 工兵部隊だけ「護衛」を口実に連れ出すなんてのは、こういう人物でなければ成り立たない。ルナめ、やるなぁ。


「もっとのんびり移動してくれても良かったんですよ?」


 ルナが俺にしなだれかかってきた。

 色っぽい仕草のつもりだろうが――事実、世間一般では色っぽい仕草と評価されるのだろうが――俺にはピンと来ない。何の戦術的優位性タクティカル・アドバンテージもないのにまとわりつかれて歩きにくいな、というのが第一印象だ。まあ、これはさすがに口には出さないが。ただ、わざわざルナがそうする、その意図を察するまでに時間を要する。

 高度に個人主義な人間になるように育てられた(狙ったのではなく結果的にそうなったのだろうけど)ために、他人の気持ちを理解するまでに常人より多くの段階を必要とする。


「……むう。師匠が冷たい」


 ルナは無反応な俺にあきれて、さっさと離れてしまった。

 このときになって、ようやく俺は「ルナは俺に甘えたかったのか」と理解した。


「あー……いや……すまない」


 納得して、反論しようとしてやめて、要するに俺の能力が低いから悪いのだと結論し、謝りながらルナの頭を撫でた。

 ルナは、にんまりと満足そうに笑った。


「もっと撫でてください。撫でると私が喜びます」


「お、おう……」


 なでなで。


「むふーっ」


 満足そうなルナ。

 困惑する俺。

 苦しむ工兵たち。


「あッま……! 胸焼けしそう」


「砂糖吐きそうだ、俺……」


「いいなぁ……子供が出来たらカカアが冷たいんだ」


 工兵たちがヒソヒソ言っているのが聞こえてくる。

 ルナは気づいていないのか、聞こえていても無視しているのか……。

 なんだか俺のメンタルにじわじわダメージが来る。


「そ、それで、橋をかける場所は、ここでいいのか?」


「はい、そうですね。お願いします。ゆっくりと」


 一瞬で仕事モードに戻るルナ。

 こういうところは流石だ。

 最後にちょっとデレたけど。


「あー……では工兵部隊の学習のためにも、説明しながらやっていこうと思う。

 今回の架橋工事は、崖の向こう側へ橋をかける。

 方法としては、大きく分けると2つある。まずは完成形を見せよう」


 パチン。

 指を鳴らすと橋ができた。


「これが吊橋」


 パチン。

 指を鳴らすと、橋が消えて、別の橋ができた。


「これが桁橋。桁を何本もの脚で支える、よくある『普通の橋』だな」


 作り方にはいくつも種類があるが、今は大雑把にまとめて「普通の橋」でいいだろう。名称なんてどうでもいいのだ。必要なのは「実際に作る能力」なのだから。工兵部隊の中に設計を専門にする人員が配備されるほど大規模で複雑なものを作れるようになったら、そのときには種類を学ぶレベルの知識も必要だろうけど、今は「まだ先の話」だ。

 今はまだ、そこまで大きく複雑なものを作る段階ではない。彼らは橋ひとつにも複数の段階を踏む必要がある。瞬時に橋全体を生成するのは、俺にとっては簡単だが、これには大量の魔力が必要だ。従って、普通かれらは少しずつ、部分ごとに作っていくことになる。


「最初に見せた吊橋は、強力なワイヤーで両端をつないで、そのワイヤーに足場を吊るす。だがそのためには、崖の向こう側でもワイヤーを固定するための工事が必要だ。

 もう1つの方法として、突出部を作りながら強度限界を見極めて、橋脚を足しつつ突出部を伸ばしていく方法がある。これは崖の片側からのみ施工していくことが可能だが、今回のように崖が深い場合、橋脚を作るための地面が遠い。

 どちらの場合でも、生成魔法を遠隔で使えると作業がはかどる。だが無理なら、迂回して対岸へ渡るとか、谷底から足場を作って作業するとかの工夫が必要になる」


 パチン。

 指を鳴らすと、足場が現れた。

 4本の支柱、上下2段の足場、そこをつなぐ階段。


「足場を作るときに重要なのは、その部材を規格化することだ。俺が推奨するのは、こういう規格だ。1つ1つの部品は片手で持てるほど軽く、それでいて大木より高く組んで数十人が乗っても耐えられる強度がある。部品の数さえあればいくらでも拡張でき、必要に応じて組み方を変えればあらゆる地形に対応できる」


 言いながら、階段を取り外して片手で持ち上げてみせる。

 おお~……と工兵たちが声を漏らした。


「再度言うが、重要なことは部品の規格化だ。部品の形や大きさを統一することで、いつも同じものを生成すればよく、短期間に慣れて上達するだろう。どのように組み立てるかは、現場ごとに工夫する必要があるが、それも数をこなせばパターンが分かってくる。

 なので、臨時で使うだけの簡素な橋でいい場合、この足場そのものが橋として機能する。組み方によっては、簡単に布をかぶせるだけで簡易的な拠点として使えるだろう。しかし軽量化のために中身がスカスカの構造になっているから、長期使用には耐えられない。特に強風には弱い。継続的に使う場合は、きちんと建築する必要がある。

 この点において、君たちは厳に誇りと責任を持て。それこそが工兵において最も重要なことだ。

 もしも指揮官が足場を建築物として継続使用すると言い出した場合は、厳重に抗議しろ。絶対に妥協するな。万一継続使用した場合、将来そこを使っていた味方が崩落に巻き込まれて数十人も犠牲になったり、そこを通って届けられるはずの物資が届かなくなって数万人の味方が犠牲になったりする可能性がある。

 従って、抗議しても指揮官が聞き入れない場合は、そんな指揮官などブチ殺せ。1人の犠牲で数十人、数万人が助かるなら、上官を殺しても君たちは英雄だ。俺が許す。軍法会議で有罪判決が出ても心配するな。君たちの生活は、俺が面倒をみてやる」


 もちろん通常は殺害なんて推奨できない。

 しかし「1人の犠牲で多くの仲間を守る」というのは、軍隊それ自体が体現しているところである。多くの国民を守るために、兵士たちは自らを犠牲に――危険にさらして戦う。

 もちろん兵士たち自身も国民だ。ゆえにお互いを守らなくてはならない。

 その役目に背くなら、優先的に「犠牲」になってもらうしかない。上官だろうと関係ないのだ。


「「おおーっ!」」


 工兵達が元気になった。

 では勢いに乗って、まずは足場の部品を生成する練習をしてもらおう。


「せっかくここまで来たことだ。君たちには、足場を作る練習をしてもらう。

 まずは部品の生成に慣れろ。慣れたら橋の周りに足場を組んでもらう。組んだら登ってもらうぞ。崩れたら落ちて死ぬのは自分たちだ。建築物への責任は自分の命と等価だと知れ。体験して学ぶのだ。その体験があれば、アホな上官をブチ殺す覚悟も持てるだろう」


「「おおーっ!」」


「では、最初の課題だ。

 まずは俺が作ったこの足場を――」


 パチン。


「人数分用意したから、各自で解体してみせろ。必要な工具を生成し、足場を分解して、形状や組み方を学べ。

 そしたら、そっくり同じものを複製して組み立てろ。

 では作業開始だ」


 工兵たちが、わらわらと足場に取り付き、観察を始める。

 すぐにネジを見つけて分解し始める者が現れた。下部のネジを回そうとして、途中で気づいてやめる者もいる。近くの仲間を見て学び、急速に学習していく。

 そうして数分後には、全員が足場に登って上部から順に解体作業を始めた。


「工兵の訓練が、こんなにスムーズに……。

 さすが師匠。王国最強の工兵ですね」


 ルナが感嘆の声を漏らす。

 ルナは生成魔法が使えないから、工兵の訓練が進んでいなかった。今日のことは良い機会だ。


「まあ、お互い様だ。

 まさにこのために、ルナに強化魔法の指導を頼んだわけだからな」


「王城警備隊の訓練は任せてください。師匠ほどじゃなくても、ばっちり鍛えてみせます」


 力強くうなずくルナを、俺は初めてまっすぐに愛しいと思った。

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