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第12話 建築:架橋工事(前編)

 今日はルナの領地だ。

 ルナは俺の剣の弟子にして、ドラゴン殺しの女傑。その功績により陛下から伯爵位を賜り、領地を与えられた。

 ところが、その領地は農業もままならない痩せた土地で、領地の半分ほどは地形情報がない状態だった。厳しい訓練適地で、第2第3のルナを育ててほしいという事だが、補給がままならず訓練どころではない状態だった。

 そこでルナは俺に助けを求め、農地改革を実施。さらに領地軍を鍛えるついでに地形を調べさせ、地図を作る作業を進めている。

 先んじて俺が陛下お抱えの絵師を連れて空を飛び、領地全体の地図を描いてもらっている。陛下お抱えの絵師がデッサンの狂った地図など描くわけもなく、それを使って「答え合わせ」ができるので、領地軍はいかに正確な測量ができるか、とてつもなく頑張らねばならない。


「で、その調子はどうだ?」


「ニグレオス師匠、いらっしゃいませ。

 今のところ順調ですよ。まだ全体の7割ほどですが」


「そうか。それは結構なことだ」


 軍事において、状況の評価は3段階に分けられる。順調・膠着・劣勢の3つだ。

 順調ならば、現状維持に徹すれば目的を達成できる。何もする必要がなく、楽な状況だ。

 膠着状態は、通常だと「何らかの打開策をとらないと目的達成が永遠に不可能」と解釈され、現状維持すると成果もないのに戦費がかさむためマイナス評価だ。だが、これは指揮官の考え方次第である。逆に言えば「現状維持でも永遠に負けることはありえない」ので、じっくり待つことができる。相手がミスしたり、後方の状況が悪化して余裕がなくなればチャンスだ。

 劣勢は、現状維持が許されない。早急に打開策をとり、巻き返さねばならない。現状維持はどんどん状況を悪化させる。

 以上を前提として「順調だ」というのなら、俺からは助言するべきことがない。結構なことだ。以上おわり。


「…………」


 ルナが何かを期待する目で待っている。


「…………」


 何を期待されているのか分からない。


「何をやらせようと?」


 唐突にルナが言った。


「えっ!? バレた!?」


「バレバレです。わざわざ様子を見に来るほどマメな性格じゃないでしょう、師匠は」


「くっ……! 日頃の行いが仇になったか」


「自己責任重視の放任主義ですもんね、師匠は」


 確かにその通りだ。

 そういう家庭環境で育ったし、武術の世界に憧れてからも「そういうもの」と理解してきた。


「武術は厳しいものだからな。弟子が間違った解釈をしても、師匠としては『お前がそう解釈したのなら、そのように頑張りなさい』と見守るものだ」


 わざわざ修正しない。なぜなら、体格や筋力や癖といった人それぞれの違いに応じて、武術的に最適な動きは微妙に違うからだ。

 ある程度のレベルに達すると、物理的にどう動くのか言葉で説明できない微妙な加減が必要になり、「水車を回すように」とか「胸を抜く」とか感覚的な表現しかできなくなる。

 しかも、その感覚は人それぞれの体験に基づいて、もっと適した(より分かりやすい)別の表現がある上に、目指すべき動きの質そのものが違う場合まである。たとえば空手をベースにしている人は「より硬質な動き」が正解になるし、柔術をベースにしている人は「より軟質な動き」が正解になる。

 なので、そもそも修正することが正解とは限らないのだ。


「つまり師匠も『正解』が分からない、と」


「そりゃそうだ。

 俺の剣はこういう剣だが、そうじゃなくても強い人は居るわけだからな。

 そして『強ければなんでも良い』という乱暴な理論が、武術という世界には成り立ってしまう。書道と華道で『どっちが強い?』なんて対戦するのは無理だが、剣と槍なら『どっちが強い?』は成り立つからな」


「で、何をやらせようと?」


「くっ……!? 誤魔化されてくれない……!」


 ドヤってみたのに、しれっと話を戻された。

 やるな、こいつ……!


「そこで誤魔化されたら、何をしに来たのかわかりませんよ。

 さっさと白状してください」


 仕方ない。諦めよう。

 よく考えたら、別に隠すようなことでもないし。


「王城警備隊に強化魔法を教えてやってほしい」


「はい?」


「先日、ロック鳥が王城に接近した。

 近衛騎士団を守りに残して、王城警備隊と王都警邏隊を率いて元帥が出撃したのだが、惨敗してな」


 地上戦力を想定していたため、航空戦力に対して無力だったのだ。

 拠点制圧は歩兵の仕事だ。ゆえに、王城という最重要拠点の防衛においては「対歩兵」が想定されるのは当然である。

 だが、そこに特化しすぎて他の戦力に対処できなくなっていた。


「そんな事が」


「面目丸つぶれになった王城警備隊から、飛行魔法を教えてほしいと言われたんだが、教えたところ魔力不足でろくに飛べなかった」


 数秒も飛べず、全員が魔力切れでヘロヘロになっていた。

 とてもじゃないが、飛びながら戦うなんて無理だ。


「戦士と魔術師では当然ですね。魔力量が違いすぎます。

 しかも、よりによって魔力量の多さに物を言わせるニグレオス師匠に教わろうなんて……」


「かといって、王城の警備に欠点を見つけたまま放置はできない。

 そこで彼らでも使える魔法を、という事になるわけだが、魔力量を考えると強化魔法がいいだろう。戦士としての戦い方を変える必要もないからな」


「そうですね。強化魔法が使えれば、ロック鳥ぐらいなら石でも投げれば倒せますし」


「さすがにそれはルナだけだろう」


 ルナが全力で投げた石は、まるで砲撃だからな。

 ファイヤーボールを連発できる魔術師と遠距離戦をやっても、投石で勝てるのがルナだ。

 俺も投石ありでルナと戦ったら、死んでしまう可能性がある。まずは投石対策で防御を固める必要があるが、それが間に合わなければ死ぬだろう。


「では強化魔法ありきの強弓でも配備しますか?」


「そのほうがいいだろうな。

 それ用の弓なら俺が作るよ」


「戦い方を変えなくて済むという話は?」


「あっ」


 うっかり。

 いや、誘導されたのか。やるな、ルナめ。

 ……しかし何のために? ただの冗談か?

 ルナは「仕方ないですね」と言わんばかりにため息をついた。


「飛ぶ斬撃でも覚えてもらいましょうか」


「おお。それはいいな。弓矢が不要で、体力が尽きるまで弾切れも起きないわけだ」


「じゃあ、指導はしますから、師匠、見返り期待してますよ?」


「お、おう……何が良い?」


 ここに来るまでに色々と考えたが、結局俺から「これを」と差し出せるものは思いつかなかった。

 逆転の発想で、それならルナにほしいものを聞いてから用意しようと思ったのだ。


「領地のことで何か困ってるとかあれば、手伝うぞ」


「そうですね。

 それなら師匠、デートしましょう」


「は?」


「いや、ほら、私ってこういう感じなんで、貴族らしくないっていうか、婿のなり手が見つからないみたいなんですよね。父上が頭を抱えてました。

 その点、師匠なら……ね?」


「いや、何が『ね?』だよ。

 なんか『割引されててお買い得』みたいな言い方に聞こえて嫌なんだが?」


「嫌ってことは無いでしょう?

 師匠、こういうの好きだって言ってたじゃないですか」


 ぷりんっ、と音がしそうな感じで、ルナがセクシーポーズをとってみせる。


「たしかにそれは魅力的だが……なんか頷きたくない」


「えー。けちー」


「ケチって……」


「じゃあ、仕方ないですね。

 未開の土地に川があって、橋をかけないと向こう側が調査できないんで、橋かけてください。

 うちの工兵部隊にやらせるには、ちょっとまだ難工事すぎるんで」


「そんな難しい地形なのか?」


「崖の底を流れる川ですから、万が一強度不足で崩落とかしたら、洒落になりません。

 まずは平坦なところで訓練させてからでないと」


「そうか、そいつは確かに。

 じゃあ、ちゃちゃっと作ってくるよ」


「いえ、ゆっくり作ってください。

 それと私も連れて行ってください」


「なんで?」


「えー!? にぶちん! 師匠の朴念仁!」


「え……あ、そ、そうか。そういうことか」


「そういうことです」


「どういうこと?」


「師匠のアホー!」


「視察を兼ねてデートかぁ……」


「わざとかよ!? 師匠いじわる!」


「まあまあ。わかったよ。じゃあ、いつやる?」


「やったー!」


 というわけで、架橋工事デートとかいう意味のわからないイベントが決定した。

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