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第10話 捕獲・排除:ロック鳥

 今日は、王城の裏庭だ。

 なぜ裏庭なのか。王国では、家の前にある庭は玄関の延長線であって来客を迎えるために飾った道であり、家族で遊んだりペットを飼ったりするのは裏庭なのだ。

 王城においても、宮殿の前にある庭は噴水や植え込みを幾何学的に整えた「美しい通路」であるのに対して、ガゼボがあってお姫様がお茶を飲むような場所は、裏庭にある。

 その裏庭に、いつもならお茶を飲む準備をするメイドたちが、今日はそれより遥かに重い荷物を準備している。肉やら酒やらだ。それも樽で運ぶような量である。


「来たか、ニグレオス」


「陛下、お招きいただき幸甚の至りにございます」


 俺にとってはあまり親しくない人たちの目があるので、今日は公務モードで接する。

 裏庭には、けっこうな人数が集まっていた。いずれも王城に勤務する高官たちだ。陛下の御前であるためいくらかの緊張感を伴いながらも、仕事中とは違ってリラックスした様子がみられる。

 そして立食パーティーのように、あちこちに用意された簡素な(とはいえ今日のために特別に作らせたに違いない)プランター。しかし土と植物の代わりに、今日は炭と肉が植えられている。

 バーベキューだ。それ用の焼台がないため、空気穴(排水口)があいているプランターが流用されたのだろう。


「さて、皆の者。そろそろ招待客もおおかた集まってきたことだし、始めようか。

 今日は堅苦しいことは抜きにして、肉を焼いて酒を飲むだけの集まりじゃ。遅れてきた者がいても咎めてはならぬ。遅れるなりの理由があったのじゃ。おそらくは直前まで仕事をしてくれているのじゃろう。遅れずに集まった者たちも、それは同様であろうと思う。

 今日は、その労をねぎらう事こそが目的なのじゃから、その旨よく心得てもらいたい。すなわち、公式なパーティーのように格式ばった事は無しじゃ。今回のこれは、本来なら気のおけぬ友人と集まっておこなう形式だそうじゃから、今日は無礼講として我らも国務を司る仲間同士、今日は気軽に楽しもうではないか。

 では、乾杯!」


「「乾杯!」」


 そうしてバーベキューパーティーが始まった。

 陛下や近衛騎士団長は慣れた様子だが、前線での軍役経験が乏しい高官たちは戸惑っている。まるで下士官の食事風景ではないか、という印象なのだろう。まさにその通りなのだが。

 陛下が慣れているのは、安易に戦争を始めないように戒めるための教育として、若い頃に前線へ投入された経験があるからだ。

 近衛騎士たちも、万が一、王城まで攻め落とされるような事になれば陛下を連れて逃げる必要があることから、一般兵以上に野営の経験を積んでいる。

 そうでない高官たちは、戦場に出ても指揮官用の高級テントで給仕を受けて食事をとる。ましてや自分で肉を焼くなんて経験はないのである。


「ニグレオス。新しい交流を求めるつもりはないか」


 陛下が話しかけてきた。

 1人で肉を焼いてビールを飲んでいたのを、咎める様子だ。鹿肉うめぇ。


「せっかくのパーティーですから、本来はそうするべきでしょうな。

 しかし平民生まれの成り上がり者が、こちらから話しかけに行くのは、はばかられます。彼らも、それは望んでいないでしょう」


 基本的に人付き合いを避けてきたが、そのぐらいの機微は俺にも分かるのだ。


「ならば同僚――同じ宮廷魔術師たちと交流するのはどうじゃ? 仕事の中で助けを求めることもあろう?」


「残念ながら、まだそこまで進んでいないのですよ、研究開発が。

 今のところ、私の魔法だけで完結するものばかり開発しておりまして。まだまだ研究開発するものが残っていますので……それらが落ち着いたら、合同研究というのも挑戦してみたいとは思っているのですが」


 技術というのは、小さな1歩の積み重ねだ。

 現代と同じ剣や馬車を、100年前にタイプスリップしたら、作れるか? 答えは否だ。なぜなら素材を作るための技術が足りない。

 それと同じように、今俺がやっている自分1人で完結する研究は、合同研究を始める前の準備段階でもある。一足飛びに合同研究を始めても、うまくいかないのだ。


「いつまでかかる事かのぅ」


「ご明察です。寿命が足りるかどうか、それだけが気がかりです」


 だからこそ、自らをアンデッドにしようとする魔術師が後を絶たない。成功率は極めて低いが。


「陛下」


 元帥がやってきた。

 その顔は緊張していて、仕事モードだ。


「どうしたのじゃ?」


「国土防衛魔法に感あり。大型の魔物が飛行して接近中です。今のところ敵意はないようで、進路はまっすぐこちらへ向かっています」


 国土防衛魔法。

 歴代の国王陛下が住む宮殿を骨格として王国全体に施された魔法だ。国民から魔力を吸い上げて常時発動しており、敵意をもって侵入してきた生物を遠ざける。

 認識阻害の一種で、敵意を持って接近しようとすると、まっすぐ進んでいるつもりでも、いつの間にか曲がって、それていく。

 この効果は、王国の中心部ほど強く働くため、地方ほど治安が悪い。また、今回のように敵意なく、ただ通るだけの魔物に対しては、なんの効果も発揮しない。

 だが、巨大な魔物が「ただ通るだけ」というのは、竜巻が通過するようなものだ。敵意がなくても甚大な被害が出る可能性がある。


「大型か……。

 すまぬが、対応に当たってくれ」


「はっ」


 元帥が裏庭を出ていく。仕事の時間だ。

 大型の魔物ということは、人間より大きい。たとえば牛とか馬とか、そういうサイズが「大型」と区分される中では「一番小さい」のである。

 ちなみに、最大でも民家ほどのサイズまでだ。それ以上は「超大型」と区分される。

 そして、この区分は「体積」を基準にする。つまり大蛇の場合は、全長が大きくても太さが小さいため体積では中型に区分されることが多い。

 同じように鳥系も、翼を広げたときの全幅は大きいが、体積だと翼をたたんだときの大きさだ。

 以上を踏まえて「飛行する魔物で大型」というのは、胴体が牛や馬より大きく、民家よりは小さいと考えられる。うまく仕留めれば大量の肉が得られるだろう。元帥には、ぜひ頑張ってもらいたい。そしてご相伴に預かりたい。



 ◇



 しばらくして、元帥が戻ってきた。


「陛下、屋内へ避難していただけますか」


「……ダメじゃったか。わかった。

 皆の者、すまぬが屋内へ移ってくれ。どうやら雨が近づいておるようじゃ」


 混乱を避けるためか、陛下が適当な嘘をつく。

 そのときには元帥はすでに姿を隠していた。バレないように、ということだ。


「ニグレオス」


 陛下が俺を呼び、空を指さした。

 対処せよ、か。


「御意」


 光学迷彩で姿を隠し、着る魔法で空を飛ぶ。

 さあ、迎撃だ。

 上空へ移動すると、遠くに大きな鳥が見えた。

 あれはロック鳥か。家畜を捕まえて飛んでいったという話もある通り、胴体だけで民家ほどもある。翼を広げて飛んでいる姿は、まるで戦闘機だ。


「あれだけデカけりゃ食いでがありそうだな」


 まず厄介なのは、その機動力だ。

 極端な低気圧と高気圧を生成して、ミルフィーユのように多層構造にして展開。ロック鳥が突っ込んでくるのを待つ。


「クエエエエエ!?」


「ビンゴ!」


 無色透明の罠に突っ込んできたロック鳥は、低気圧の層で揚力を失い、高気圧の層で推進力を失って、水中に投げ込んだ石のように急速にスピードを失った。

 ここで水を使わないのは、ロック鳥の飛行速度が高いからだ。水だと「着水」したときの衝撃力が大きすぎて、ロック鳥が大破する。食うところが無くなるのは避けたい。

 墜落するほど失速したところで、必死に翼を動かしているロック鳥の周りに麻酔ガスを生成して、吸い込ませて眠らせる。翼をバタつかせて必死に運動しているところにガスを浴びせたら、吸い込まずにはいられない。捕獲完了だ。当然無傷。これなら食えるだろう。



 ◇



「陛下。運よく鶏肉が手に入りました」


「ほう。それは楽しみじゃな。

 では料理人に腕をふるってもらうとしよう」


 屋内に切り替えたため、バーベキュー改め立食パーティーだ。突然の事態で予定になかった大量の調理を頼まれ、しかも仕込みの時間がないとあって、厨房では料理人たちが青い顔をしているだろう。

 そこへ訪れる。


「邪魔するぞ」


「邪魔するなら帰れ」


 全力で拒否された。


「時間を作る方法を持ってきたんだが」


「今すぐよこせ」


「ほら、ロック鳥だ」


 収納魔法から取り出してドーン。

 しかし、さすが王城の厨房は広い。民家みたいなサイズの鳥を丸ごと取り出しても置く場所がある。


「解体ショーとか言って調理する様子を見せてやるといい。即席の調理場は俺が作ってやる」


「そ、そんな事が許されるのか?」


「珍しいものを見たいと思うのは誰でも同じだ。

 ロック鳥が王城では当たり前のように振る舞われているならダメだが」


「んなわけあるか、こんなデカい鳥」


「じゃあ大丈夫だろう。

 自身を持て。どんな分野でも一流の職人が腕を振るう様子は美しい」


「う、美しい……?」


「無駄のない洗練された動きは美しいものだ。

 そして言わずもがな、常人には真似できない」


「お、おう……そりゃまあ、簡単に真似されちゃたまんねぇよ」


「その調子だ。自信とプライドを持て。君たちは素晴らしい腕を持っている。

 さあ、やるぞ。自分たちでは調理などできない、したこともない王侯貴族どもに、教えてやるのだ。料理とは何か。目にもの見せてやれ」


「「おおーっ!」」


 そして王国史上初の解体調理ショーが開催された。

 しばらくそれが流行したせいで、平民に毛が生えた程度の下級貴族の、平民の食堂レベルの料理人が困り果てたという。

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