表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/14

第1話 another side:宮廷魔術師の剣

 王城の一角にある練兵場で、近衛騎士団の新人が10人、訓練用の木剣を握って顔をしかめていた。

 彼らの前に居るのは、たった1人の魔術師だ。


「お前たちはこれまで寝食を惜しんで努力を重ね、今日より晴れて近衛騎士の仲間入りとなる。

 だが、国王陛下の玉体を守るには、お前たちの実力ではまるで足りない」


 近衛騎士団の団長が、新人たちに向けて淡々と述べる。

 新人たちは黙って聞いていたが、明らかに反発していた。近衛騎士になるほど向上心の強い連中である。人一倍の努力を常としてきた自分たちが、まだまだ弱いと、確かめもせずに一蹴されるのは、団長といえども「はい、そうですか」と素直に聞き入れるわけにはいかない。


「どれほど足りないのか、今からお前たちに、身をもって体験してもらう。

 こちらは宮廷魔術師のニグレオス殿だ。ローブにとんがり帽子。見たまんま、魔術師である。見たまんま、研究職だ。

 それでもお前たちは、このニグレオス殿1人に勝てない。ニグレオス殿が魔法を使うからではない。お前たちの剣の腕が低いからだ。お前たちは――」


「団長殿、もう十分なようだ」


 ニグレオスと呼ばれた魔術師が言った。

 近衛騎士の新人たちは、今にも暴発しそうだった。


「ふん……我慢が足りん連中だ。

 お前たちなど虫けらに過ぎん。今まで他より優秀だったからと調子に乗っているようなら、今から地獄を見るだろう。

 では、ニグレオス殿。お願いします」


 団長が下がる。

 ニグレオスがローブから片手を出した。

 その手には、木剣が握られていた。


「かかってこい。俺は強化魔法とか付与魔法とかは使えない。他の魔法も今回は使わないから、純粋な肉弾戦だ」


 ニグレオスの言葉を合図に、10人の新人が一斉に襲いかかった。

 直後、ニグレオスは木剣を横薙ぎに振るい、10人をまとめて吹き飛ばした。

 防御も回避もできない。誰も反応すらできない。動きが素早いわけではない。怪力なわけでもない。しかし気付いたときには、もう終わっていた。カードマジックやコインマジックのように認識できない動きで、合気道のように筋力では抵抗できず、結果だけが現れた。いわゆる居合である。それも凄いレベルだ。身体能力は凡人なのに、動きの質だけが異様に高い。


「根性みせろよ? 俺だって暇じゃあないんだ。お前らの代わりに陛下を護衛しろとか言われたら困るんだよ」


 やれやれ、とニグレオスが肩をすくめる。

 だが、それから1時間後、新人たちは1人残らず地面に倒れ、起き上がれなくなっていた。


「……ふむ。まあ、よくもった方か」


「ありがとうございました。

 腑抜けども! 明日から地獄の特訓を開始する! さっさと立って、装備の手入れを始めろ!」


 団長が叱り飛ばすように吠えた。もちろん演技だ。こうなる事は予定されていた。だからこそニグレオスと戦わせたのだ。

 新人たちがヨロヨロと立ち上がる。


「発言してよろしいでしょうか!」


 新人の1人が叫ぶように言った。


「いいだろう。言ってみろ」


 団長が答えると、その新人はニグレオスを見た。


「剣でこれほどの実力なら、魔法を使ったらどれほどの事ができるのでしょうか!

 後学のために拝見できれば幸いです!」


 その言葉に、他の新人たちがハッとした。

 そうなのだ。ニグレオスは宮廷魔術師。戦士ではないのだ。剣を使って肉弾戦など、本業ではない。


「良い着眼点だ」


 団長はニヤリと笑った。

 こてんぱんにやられた直後である。手も足も出ずに負けたことに意識が向いてしまうのは当然のこと。ゆえに、この重要な点に気づけるヤツは、毎年1人いるかどうかだ。


「今年も見どころのあるヤツがいて何よりだ。

 それじゃあ、しっかりと学んでいくといい」


 ニグレオスが指を鳴らすと、日が陰った。

 新人たちが空を見上げると、正方形の黒雲が見えた。明らかに自然のものではない。

 正方形の黒雲は徐々に大きくなって――否、近づいていた。落ちてきている。

 その凹凸が分かるようになると、新人たちは戦慄し、顔面蒼白となった。


 ズドン!


 無数の鋭い先端が見えた直後、あっという間に「それ」は地面に突き刺さった。

 1本だけが地面に深々と突き刺さり、その威力のほどを示している。

 それ以外の無数の「それら」は、新人たちの頭上1mの高さでピタリと静止していた。


「い、岩の柱……?」


 新人たちが腰を抜かして地面にへたりこみ、青い顔でつぶやく。

 それはまさに岩の柱だった。わかりやすく言うなら、無数の電柱である。

 そんなものが雲の高さから凄まじい速さで落下してきた。

 しかも、避ける場所もないほど密集した絨毯爆撃だ。

 死を連想するには十分すぎる光景が、すぐ頭上で静止している。


「わかりやすい所だと、こんなものだな。

 勉強になったかね?」


 ニグレオスが再び指を鳴らすと、無数の岩の柱はあっさりと消えてしまった。

 魔法で生成したものだったのだ。詠唱も魔法陣も使わず、指を鳴らすだけという驚異的な魔法能力――いや、おそらくは指を鳴らすことも不要なのだろう。分かりやすいように、わざと鳴らして合図したのだ。


「「ありがとうございました!」」


 新人たちは即座に立ち上がり、一糸乱れぬ動きで敬礼した。

 これで「わかりやすい所だと」ということは、分かりにくい所だと、どうなる?

 これほどの実力者が、分からないように攻撃しようと思ったら、誰が気付けるだろうか?

 それがどんな方法なのかは一切わからないまま、「ありえる」という恐怖だけが新人たちに刻まれた。



 ◇



「ふー……いい仕事したっ」


 逃げるように新人たちが出ていって、俺は額を拭った。

 これで彼らは今後も努力を怠らないだろう。

 俺に対する恐怖心も植え付けたので、よほどの用事がなければ話しかけてこないはずだ。嫌われないように距離を取るというのは、けっこう気を遣う。


「毎度のことですが、やりすぎですよニグレオス殿」


「いいんだよ。お前の部下じゃないか。気になるなら面倒見てやれば?」


「まったく……ニグレオス殿の人嫌いにも困ったものです」


「嫌いっていうか……まあ、単に苦手っていうか? ストレスなんだよね」


 家庭環境があんまり良くなかったせいだな。長男教の教祖みたいな祖母が支配する家で、長男として祖母の洗脳教育を受けて育った。我が家が異常だと認識できたのは、35歳になってからだ。

 それから10年たった今でも、人に合わせる経験が少なすぎて、誰かと一緒に過ごすのがストレスだ。友人もいない、恋人もいない、妻子もいない。誇るようなものもないくせに「家のために滅私奉公せよ」と洗脳してきた祖母の願いは、こうして「家」そのものが滅ぶという結末になるわけだ。


「そんな事より、約束のものは?」


「王国で一番と言われるビール『夕闇マイルドウェット』を樽で、ですね。

 ご自宅に届けるように手配しています。今日には届くかと」


「よしっ。

 今日はいい仕事もできたし、うまいビールが飲めるぞ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ