有志
〈我が耳は執念き雷の殘る耳 涙次〉
【ⅰ】
杵塚は8台めのバイクを買つた。ヒョースン gv125Xロードスター。韓国製品である。60ウン萬したから、彼のバイク・コレクションの中では髙価い方だらう。因みに彼にしては珍しいクルーザー・タイプ。
さて、バイクはOK。次は映画だ。俺の仕事だからな。*『霧子』の次回作の構想を練らなくちや。いつまでも楳ノ谷の懐頼りでは進歩がない。
* 前シリーズ第172話參照。
【ⅱ】
一頻り考へた後、やつぱじろさんかな、と發想。彼の半生、放つて置くには余りに波瀾万丈過ぎる。それに知名度も髙いから、今度も当たるぞ! 早速映画會社に交渉しに行く。
杵塚、交渉はスムーズに行くものとてつきり思つてゐた。然し、會社側、なかなか「うん」と云はない。これつて2匹めならぬ3匹めの泥鰌はゐないつて事?「さうぢやなくて」と會社の担当者が打ち明けた...
【ⅲ】
「映画監督のギルドがあるでせう。杵塚さん、貴方それに加入してゐない。ギルドのサイドが、未加入の杵塚に撮らせるのは出來ぬ相談だと云つてね」もし杵塚に撮らせたら、ギルド挙げてのストライキも辞さない。さう強硬な手段に出られると、うちとしてもね‐
杵塚、一匹狼を氣取つて、ギルドの群れの内に身を投ずるのは控へてゐた。これは致し方ない。加入の手續気を取るか。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈午后3時欠伸が出れば大丈夫我が身を知るは我一人なり 平手みき〉
【ⅳ】
杵塚、ギルドの事務局に出頭した。だが...
何という横暴さだらう。ギルドが指定する題材でないと、撮るのは罷りならぬ、と云ふのだ。然も、その題材、とは‐『伊達剣先の生涯』だと云ふ。ちよつと待て、その一件はもう終はつた筈だぞ!
【ⅴ】
杵塚、その件急ぎカンテラに連絡。カンテラ「おいおい、マジで洗脳されてる連中がゐるとはな」カンテラ・じろさん・テオの3名で事に当たるが‐「あんた方の脅しに屈する我らだと思ふなよ」‐仕方ない。斬るか。然し、それでは特定の思想を押し付けてゐる、と云ふイメージが殘つてしまふ。一體だうすりやいゝんだ?
【ⅵ】
こゝでカンテラ事務所特別顧問の尾崎一蝶齋登場。彼は物柔らかにギルドの連中に云つた。「いゝでせう。確かに承りました」‐「え!?」と杵塚。尾崎は云ふ。「勝手に撮つちまへばいゝ。ゲリラ戰法だ」‐「ありやりや。いつもの活人剣は何処へ、そんな鮴押しあり?」‐「私がありと云つたらありなんだ。それで差し支へが出るやうだつたら、それこそ楳ノ谷さんに相談すればいゝ。メディアは映画だけぢやないでせう? 後は時の過ぎ行く儘に、さ」
確かにさうだわ。そこで杵塚、ゲリラ上映してくれる、有志を募つた。その數、相当なものだつた。だつて今の世の中、LINEつて便利なものがあるぢやない!
【ⅶ】
と云ふ顛末。ギルドを上回る尾崎の惡知恵(?)、流石特別顧問。で、世間には篤志の人たちが澤山ゐるもので、その現狀を皆さんに廣めてくれた事は記憶に新しい。
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〈ぽつと來てまだまだ足りぬ冷却水 涙次〉
云ふまでもなくこの話はフィクションです。實在の團體・個人とは関係ありません。(永田)
ぢやまた。アデュー!!