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下手くそな反乱に巻き込まれた女の子のリベンジマッチ。  作者: Saiki
アナスタシス 立ち上がるということ。前編
8/19

◯脱出路とその先で


 崩れる瓦礫の雪崩からただ走って逃げる。一世代前の薄暗い電灯がかろうじて照らす旧式の避難壕、現在は災害備蓄庫とその名を変えたその中を走る。元からあったカビ臭さに加え、瓦礫からの土臭さも加えわり、五人を押し潰さんとしている。走る方向は入口は真逆の方向、行き先に出口があると言う記録はない。電灯はまだ続くが、それがなくなった時、それが何を意味するのか考えたくない。雪崩だけでも決死の逃避行なのに、獰猛なヒトガタもいる。ただ彼らは瓦礫の雪崩に巻き込まれて順番にその数を減らしている、我々にすがりつくものはレイが切り倒す。ただ全て綱渡り。何かが綻べば、終わる。そういう逃避行。


 伊織は完全に気を失って和泉に担がれている。


 ミカは茜に肩を支えられているが、なるべく茜の負担にならないようにと懸命に前に進む。


 レイは相変わらず何を考えてるかわからないが、少しは焦っているように見える。


 コレは流石に神に祈るわね。茜はそう感じる。


 ただ、一人、ここに希望を見出している男がいた。

 和泉は風が流れを感じていた。現場での経験が肌感覚でそれを伝える。空気が跳ね返ってこない。瓦礫に押し出されている空気がどこかに逃げている。

 その穴の大きさまではわからないが、人が通れないってことはないだろう。楽観と言われても構わない。そこに向けて走る。むしろそう思わないと走れない。まだ電灯は続く。先に歩いて行った木原だったヒトガタもいない。

 希望の道はあってくれ、木原だったやつはいないでくれ、それが希望だから。崩れる瓦礫の中から小石や破片が弾けて飛んでくる、小さな、そして鬱陶しい痛みを感じるが、そこに意識を持って行かれてはいけない、前だけみろ。崩れる瓦礫は気配で感じろ、走れ。走れ。走れ。


---


 朝から降っていた霧雨は晴れ、空には虹がかかっている。朔望団の連中を全て処分して、総括班と木原と中村の両副隊長すら災害備蓄庫に入り、待機を命じられてしばらく経ってしまっている。03小隊の面々も流石に緊張の糸が切れ始めている。災害備蓄庫に入ってしまえば通信も途絶し、そろそろ迎えを出すか、という雰囲気になりつつあり、誰が行くかどうかという話をそれとなく、隊員の中から出始める。志願制とういうことで数名が立候補し、通信は有線か、担架はいるか、などの確認を行いつつ、慌しくも整然と、準備が進んで行く。災害備蓄庫から立ちのぼるカビ臭さも雨上がりの空に混じり薄くなる。

 準備が完了し、後に控える隊員を残し、先遣隊として進む。しばらく進み、扉が遠くに見えなくなったくらいのとき。災害備蓄庫の奥から轟音が響き、続けて埃が舞い上がってくる。

 ガラガラと崩れる旧式の避難壕。急いで退却と災害備蓄庫崩壊を通信し、彼ら自身も駆け出す。崩壊する瓦礫から逃げながら、彼らもヒトガタを確認する。全員がここを死場所と心得る。

 「こちら先遣隊!ヒトガタを発見!災害備蓄庫の扉を閉じろ!」

 通信を受けた後方部隊は、躊躇なく扉を閉じる。誰も先遣隊を心配しない。それが彼らの生き様であり、死に様だ。彼は犠牲になるが、我々は犠牲にならない。万が一、ヒトガタが外に出ようものなら、それ自身が我々の敗北を意味する。失敗の烙印を押され、全員が教えを全うできない。その教えを守るために、彼ら自身とってはそういう理屈なのかもしれないが、ナガイの純粋な教えから外れている、一人でも多く生き残るという選択肢を取り続けるなら、絶対にしない、その選択。組織のただのリスク回避のために。無情にも無骨な扉が慈悲も容赦もなく閉められる。


 しばらくは災害備蓄庫が崩れる振動を全身で感じていたが、それが終わると、銃声が小さく扉越しに聞こえる。うめくヒトガタかもしくは人間の声。そして扉を叩く音。これはどちらかわからない。彼らはそれを聞かないし扉は開かない。声を聞くことと、扉を開く事に意味を見出さない。

 やがて銃声が一発、そしてさらに間が開いてからの「最期」の銃声。

 そこからは全く音がしなくなった。

 ここに来てようやく別部隊、ここを取り囲んでいた部隊のうちの一つ、武装警察の隊長が入ってきた。彼の息は上がって制服は乱れている。03小隊の何人かが押し留めていたのだろう。

 「どう言うことか!」

 彼は怒鳴るが、03小隊の全員から発せられる悲壮感を全身に受けすぐ我に帰る。次の言葉が出てこない。

 「こちらは本日ただいまを持って封印いたします。」

 誰かがそう言った。


 そしてこの扉からは誰も帰ってくることは、もう無かった。


---

 

 相変わらずのカビ臭さを感じ、崩れる瓦礫の圧を感じながら、先頭を走る和泉は遠くある電灯の数を数える。一世代前の電灯が暗闇から浮かんで来なくなった。つまり行き止まり。自分たちの運命が決まるカウントダウン。その数は10。

 ただ、確信する、風はまだ跳ね返ってこない。出口は、希望はまだあるはずだ。ただ、瓦礫の崩壊は収まらない、まだ押し寄せてくる。9。

 走る、走る。汗が目に入るが気にしない。8。

 担ぐ伊織の状態を確認する、軽い。この身体にあれだけの根性が詰まっているのかと感心する。ただ、状況次第では放り投げる可能性があるので支障がありそうな装備の有無を確認する。7。

 後ろを見やる、茜とミカは足は揃ってないが二人三脚で走っているようだ、ミカはマナで補っている、折れたり、外れたりしてるであろう関節やその他の部位から彼女のマナが溢れている。6。

 レイはどうだ。彼女が一番問題なさそうだ。もう追って来るヒトガタもいないようだ、それを確信した彼女が、さらに加速する。前にいる二人を押して行く。5。

 見えた。流石に薄暗くても見える。数メートル幅の穴だ。コンクリートの壁に無造作に開いている。4。

 飛び込んでしまえばなんとかなりそうだ。3。

 穴の周りにヒビが入り始める。仕方ない。伊織をぶん投げる。彼女だけでもなんとかする。2。

 自身も飛び込む準備をする。いやそうじゃないな。後ろを振り返り、まずミカの手を思いっきり引き、彼女もぶん投げる。1。

 穴の周りも崩壊が始まる。三人の中で一番身体能力が低そうな茜の手を引き、穴へ投げ込む。そして自分も最後の踏切り、多分レイは大丈夫だ。あえて気にしない。0。


 飛んでいる最中に、思ったより分厚いコンクリート壁の厚さを確認しながら、安堵する。この厚さなら、瓦礫の崩壊はここで止まる。そう確信する。

 壁を越えた瞬間、先ほどとは違う激しい土臭さ。着地する。湿っぽい土の感触、柔らかくはない粘土質の感覚。レディには悪いことをしたな。と少しだけ、ほんの少しだけ反省する。

 その直後、瓦礫と共に押し出された乾いた土埃の暴風が吹き抜ける。細かい粒は飛んでくる。鬱陶しいが痛くはない。むしろ痛みは感じない、助かった。と改めて安堵する。

 地面に突っ伏した和泉の頭の真横にレイが立つ。覗き込んだせずに、手持ちのライトつけて、ただ見下ろすだけ。

 「一つだけ言っておく。」

 本物のレイから初めて声をかけられる。なんだ、と答える。

 「飛び込むより、走り抜ける方が速い。」

 なんだよそれ。と素直な感情を向ける。確かに踏み切ってしまえがそれは地面との決別、自分が何かできる裁量を手放すということか。ずいぶんシビアなヤツだと感心する。

 レイは、ハッとして、いや、と前置きし微笑む。さっきのナガイが化けていた邪悪とは全く別物の、ずいぶんと優しそうな顔だった。

 「ありがとう、皆を助けてくれて。」

 手を差し伸べてくる。素直に受け取る。立ち上がって答える。

 「こちらこそ。」

 

 あ、と感傷に浸る前に周りを確認する、和泉もライトをつけて、放り投げた三人の状況を確認する。三人は一塊になっていた、我ながらよくここまで投げれたものだと感心する。

 伊織が仰向けに倒れ、その右手に寄り添うようにミカがいて、その間に茜がいて、彼女だけは起き上がって、内股で座っている。顔もメガネも土まみれだ。かろうじて視界は確保できているようだ。その目つきは可愛い妹たちを見ているようだった。

 「伊織ったらもう。」

 伊織は仰向けから身体を捻り、ミカに抱きつく、まるで抱き枕を抱くように。

 いたたた、と冗談めいた感じでミカが言うが伊織は気にしない、その顔は真っ赤になっている。多分いろいろ思い出したようだ。


 和泉はふーっと息を吐く。まぁとりあえず無事だ。良かった。良かった。


----

 

 ちょっとした安堵が、五人をつつみ、その場でしばらく動けないでいるうちに、伊織の疲労が限界を超え、彼女は静かに気絶するように寝てしまった。

 それが合図になったのか、倒れ込んでいたミカとへたり込んでいた茜が立ち上がる。和泉が伊織を担ぎ、茜がミカに肩を貸す。レイが先頭を歩く形になる。

 相変わらず退路がないという状況は変わらない、しかもここはヒトガタになった木原が歩いて来た場所だろう。ご丁寧に湿った粘土質に一人分の足跡が続いている。

 全員が認識しているが、この先はおそらくヒトガタの領域。


 ヒトガタ、植物系のミュータントの俗称、この災害備蓄庫に入るまでの五人の認識は、マナの発見と同時期の100年ほど前の異常繁殖した植物と共に突如出現した生物だった。

 ヒトガタは植物と共に都市部に侵食してきた。彼ら自身の知能はあまり無く、比較的大人しいが、力は強く、人は簡単に殺傷される。とても強引な表現をすれば新手の害獣であった。そして時より、能動的に人を襲う事態を引き起こす。そういう人の形をした害獣。そういう認識だった。


 しかし、それはいわゆるマナがないとされた人だったと明かされてしまった。その姿を目の当たりにした。つまりは元人間、いや、いま現在も人間なのか。彼らに対してどういう意識、認識で、臨めばいいか分からない。

 人を襲うタイミングもわからない。一部の変異種を除き、対話なんて出来た試しがない。少なくとも遭遇したことのある04小隊を除き。


 「レイちゃん。」

 ミカがレイを呼ぶ。

 なんだ、とレイが答える。彼女は振り返りもせずに歩く。

 「大丈夫やろか。」

 相変わらずの弱気、何がとは言えないが、レイを除く四人のそういう気持ちを代弁しているようだ。

 それをあえて無視するのか、レイは相変わらず足取りを緩めない。

 足元。レイが会話になっていない返答を返す。皆が顔を上げ、少し先を歩くレイの方を見る。彼女の足元では、粘土質の土が終わり、鬱蒼とした草木がところ狭しと敷き詰められている。明らかに境界を意識するようなその分断。

 あぁ、ここから本当に、領域に入るのか。と覚悟を決める。躊躇なくレイが歩くのでついていくしかない。

 

 ただ、しばらく歩いていると、草木の部分は意外にも歩きやすく、人の気配も何もない、カビ臭さも土臭さも無く、各種の花や植物から香る穏やかな香りを感じる。植物がここだけで自生するわけがないので、これは間違いなく外につながっているという、歩みを進めるたびに、少しズレた希望と安心感を持ってしまった。

 さらにしばらく歩みを進めると、先の方に明かりを見つける。おそらく出口だ。心の準備をする前に、明かりに触れてしまい、現実に引き戻される。四人は少したじろぐ、相変わらず、レイだけは前に進む。

 和泉がおい、呼びかけるが、敵意は感じない。とさっぱり切り捨てレイは歩く。

 強烈な太陽光で目が慣れないから、外がどうなっているかわからない。しかしレイは、歩く。

 「もーー!レイちゃん!そういうとこやに!!」

 ミカが怒る。残念ながら全然怖くない。むしろ可愛い。

 「勝手に行ってぇ!やから、ナガイさんのパチモンにも不覚とったんやろ!」

 子ども喧嘩のような煽り、レイが振り返り珍しく、ムスッとした顔をしている。何か言いたそうに口を動かすが、それを遮る別の大声。

 「あらーーーー!!!珍しくお客様よぉ!マリーッ!」

 上品なんだか下品なんだかわからんな。和泉は声だけ聞いてそう思った。そして戦慄する。ヒトガタは喋らない。じゃあこれはなんだ?驚きと焦りが込み上げてくるが、残念なことにまだ、視力は戻らず、逆光の中にいるそれをただ見つめるしかなかった。


---

 

 ここに来てまだ理解が追いつかないことが起こるのか、と和泉は嘆く。なんなんだこの、着物を着た、人のようで人でなくて、でも、多分、元は人なんだろう。

 裸で緑色でツヤのある硬質な鱗なのかいや、樹皮か、何かを纏っている肌の通常のヒトガタとは違う出立ち。背格好は成人した女性のようだ。それよりも特徴的なのは、大昔に人が着ていたと言う着物を着ていると言うことだ。ただし、資料でしか見た事がないので、単語で言うなれば、大正ロマンとか言ったかな。

 ただ、おそらく戦闘用というか、大きく動けるようにアレンジがなされていそうだと思った。そして相手から感じるオーラは手だれのそれ。

 姿は、頭にユリの花を髪留めとして挿し、黒髪のロングストレート。肌は真白いが、特徴的な目つき、人としては少し違和感のある金色の瞳。袖から見える手が異形であり、通常のヒトガタに近い硬質な何かを纏った手をしている。装備は見る限り日本刀一本。足元はブーツだ。

 「あらーーーー!!、久しぶりじゃないのぉ!!」

 呼びかけたマリーという名のものが現る前に、レイに駆け寄る着物の女。きゃーなのかわーなのか曖昧な感じで、声を上げてペタペタとレイを触る。

 触られるレイは無表情というか仏頂面だ。不機嫌なのだろうか。

 それ以上に不機嫌な人、ミカが額に青筋を立てながらいう。

 「レイちゃん、なんでぇ、生きてんの?コレ。」

 知らない。というレイの反応を見て、ミカへ挑発的な目を向ける着物の女。

 「コレとは失礼ねぇ、ユリよ。ユリ。」

 頭に刺した花と同じとはずいぶん短絡的な。と和泉は思った。ってことは呼ばれたマリーってヤツは…。とまた雑念に思いを馳せていると、茂みのなからガサガサとまた別の女性が出てきた。

 緑色の髪のロングストレート、緑色の瞳、髪より濃い緑色で同じ色の上下のボディスーツ。唯一の人間的要素はその上に羽織る、茶色の革製のショート丈のジャケット。

 やっぱりマリーゴールドが髪留めとして刺してある。

 こちらに目が合い敵意はないようで、お嬢様に仕えるメイドのようにゆっくりと礼をする。

 「レ、イ、ちゃ、ん!」

 ミカにとっては多分倒した敵なのだろう。それがなぜかここにいる、そのことに怒っているのだろう。

 なるほど、04小隊が会敵したという変異種がどうもコイツらということか。敵意がないのはありがたいが、一体どういう風の吹き回し何だろう、この変異種は、他にもいるのだろうか、そもそもここはどこなのか、帰る算段は着くのだろうか。

 「色々聞きたいことがあるようですが、とりあえず、彼女はこちらで預かります。」

 いつの間にか間合いを詰めてきたマリーがいう。

 「信用してとは言わないけど、悪いようにはしないわよ。」

 ユリがそう言うと、マリーの周囲から無数の蔦が現れ、伊織を優しく持ちあげる。現状は気絶している伊織含め役立たず四人と戦意のない救世主一人そして相手からも戦意はないのならば、抵抗する意味を見出せない。抵抗せず伊織を渡す。ミカが一瞬不安そうになるが、蔦が自らをベットのように形成した塊に乗せる。どういう原理か不明だがそのベットはどうやら動くらしい。ユリの後ろ音もなく移動する。

 「まぁいいじゃないの、話ましょうよ、まだこの子は起きないようだし。」

 ユリは伊織に優しく触れた後、踵を返し、ついてらっしゃいと皆に言う。

 「せっかくだから、教えてあげましょうよ、私たちの馴れ初めをね。」

 と振り返って少し艶っぽくレイに言う。レイは相変わらずに仏頂面。

 「馴れ初めというほどのものはないんだがな。」

 とだけ、レイが応じる。

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