◯災害備蓄庫
「中村さん、堪忍してやぁ。ホンマになぁ、ごめんテェ。もう扉開かれへんしさぁ」
無線越しにミカが03小隊と言い合っている。それもそうだ。戒厳司令部は総括班に突入せよなど命令していない。それに木原と中村が気づいたのは、総括班が首相がいた居室に突入した頃合いで、ミカは無線で喚いたのは、首相がすでに事切れていた事と、自分たちは首謀者を追うと宣言した事だった。当然03小隊は納得しないので、扉と無線越しにミカと、追ってきた中村、木原が言い合っているといった状況だ。
「せやから、大丈夫やってぇ、うん。あとはよろしくなぁ。木原さん。そっちの隊員は怪我ない?そう。よかったわぁ、ほな、あとはよろしくなぁ。」
相変わらずの物言い、ただ変わったのは受けるようで受けない。通す我は通す。以前ならここで03小隊に譲っていただろう。言い合ってるのにちょっと楽しそうではある。
「さすがやね、早かったわぁ。ほな、行こうか。」
ミカが無線を切り、顔をあげて言う。なんとなく急がなくて良い気配を感じている。三人はとりあえず歩き出す。
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「ここを災害備蓄庫というってはのは無理があるんじゃないですか。」
少し歩いてから。伊織は改めて辺りを見回して言う。季節感とは関係ない湿気と、年季を感じるカビ臭さ。1世代前の薄暗い照明に照らされる通路。剥き出しのセメントと全体的な年季がそれが本来何であったかという点を隠そうともしない。
「無理があるっていうか、無理にそうして使ってるだけだからな、仮にコイツに意思があったら拒否するんじゃない?」
それか、ちゃんと改装しろって怒るかどっちかだな。と、感傷に浸る物言いをする茜。
「そういっても、茜ちゃんでも改装費用の予算、つけへんやろ?」
えぇ、そんな金あるなら他に回します。その物言いは以前の茜だった。
「意地悪さんやねー。」
ニコニコしながらミカがいじる。それはそれ、コレはコレですよ。と茜が返す。
「じゃあ、ここってメンテナンスや修繕ってしてないんですかね。」
金はつけないという話なら、これからどこかで起こる戦闘にここは耐えられるのかと、伊織は急に不安になった。
「うーん、どうだろうね、元が避難壕だから頑丈だとは思うけどね。」
茜は壁を撫でながら続ける。
「木原が言ったとおりもし誰かが勝手に掘った穴があってそれが悪さしたら?って言うくらいじゃない?」
なに?心配なの?と茜が続ける。伊織自身も珍しいなと思っているが、まだ違和感を言葉にできない。何故だろうと考える。考えたら直ぐに答えが出た。
それは簡単なことだった、退路がないのだ。いつもの旅団の立ち位置は対ヒトガタであり、後ろには必ず味方が、旅団がいた。今回は、物理的に扉を閉められたこともあり、その向こうには。正直なところ、敵か味方かわからない03小隊がいる。伊織的には成り行きで退路がないように感じている。仮に和泉を捕らえたとして、戻ったらどうなるんだろう。レイがこの先にいるとして、いまは一人で戦っているのだろうか。何も聞こえないからまだなのか。そして小さな不安、これは茜も感じているはずだ。
なぜかミカはレイと戦うつもりでいると言うことだ。
ミカと繋がった時に、そう感じた。感覚としてはずいぶん現実感がある予知夢のような感覚。なぜか我々は和泉を庇い、レイと戦う。そんな気がする。
ミカはまだ何故そうなるのか教えてはくれない、むしろ否定してほしい。
しかし、この足取りの重さが、彼女自身の迷いであるように感じて、もどかしい。
ええい。何が起こるかわからないなら聞けばいいや。
「先輩。」
ミカを呼んでみる。少し悲しい顔でなぁに。と答えるミカ。
あぁ、そうなんですね。
「レイさんと戦う、なんてことはあるんですか…?」
先輩は、悲しい顔でうなずく。
「もしかすると、、、かな。」
ミカの顔を見て思う。先輩に恨まれても、自分がやるしかない。そう決める伊織であった。
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「我々も行くぞ。」
朔望団筆頭の和泉は、首相の亡骸を一瞬だけ見つめてから、雑念を振り払うように団員に声を掛け、首相居室から災害備蓄庫の中に入っていく。
首相官邸から伸びる地下道は長く、どこに待ち伏せや罠があるかわからない状況だが、速度を緩めれば、その分だけ、士気が落ちる気がする。
目的のものは目の前にある筈だが、どこか皆不安げである、この長いトンネルの中で少しずつ現実に引き戻されていく。自分達は仮にも一国の首相を手にかけた、そしてその目的はこの先にあるはずだ、その先も決まっている、それを壊すか、運び出して衆人環視の元に晒すか。そう決まっているが、それを見てから決めるとしたことが逆に変な選択の余地を団員達に与えてしまったかもしれない。
壊す?見せる?どちらにせよ、どうやって?
…もし、無かったら? どうする?
不安が重なるたびに足取りは早くなる、答えを求めて、走る。
地下道の傾斜が緩くなる。
薄暗い。
しかしその先に大きな空間が見える。
あそこだろう。
走る、各々が取り憑かれたように。
ここで死ぬ、そう決めて、その死に様がなんなのか確かめるために。
走る距離は厳しい訓練の千分の一にも満たない、短い距離。
息が上がる、足取りは重い、装備が重い。
触れるもの全てが自分への強烈な違和感を発している。
辿り着く。
辺りを見回す、様々な資材が山と積まれている。
そして、その部屋の中央に兵士が一人。
赤茶色の髪、旅団の制服、部隊証は04小隊のそれ。
小隊長の彼女はただ一言、それを告げるだけだった。
「ここには何もない。」
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「もしかすると、、、かな。」
ミカはその一言だけ言って黙ってしまった。そこからしばらく三人は無言で歩く。
ある程度進んだときに、遠くで銃音がした。それは壕の壁にあたり反響して聞こえてくる。まだ距離はあるようだが、朔望団とレイの戦闘が始まった音だろうと確信する。
伊織はミカの顔をみる、さっきと変わらない少し悲しい顔。伊織は確信し、黙って走り出す。そんなに距離はないことが伊織には少し辛かった。このまま着かないでほしいとも思った。着いてしまったら。そこから先は考えたくない。おそらくそこにある、人の生命を貪る装置。ふざけている、いまだに自分は信じない。そんなふざけたものがあったとしたら。それを守るために戦うのだ。それはおかしい。だからそんなものはなくて、本当のところは、何故だか朔望団は災害備蓄庫の行く。そこにジョーカーと配置された一人の味方がいて、我々はそこに救援に行く。それだけの話であってほしい。
それなのに、やっぱり違うと、本能がそうじゃないと告げる。ここから先は良くない事が起こる。わかっているはずだと。出来るなら帰れと言う、まだ間に合うはず。先輩を引きずって帰って03小隊と代わった方が良い気がする。行きたくない。でも、先輩より後ろに置いて行かれたら。私はもう、その背中を追いかけることは出来ないかもしれない。だから自分が前にいる。押し留めたい気持ちを持ちながら。良いんですか?先輩。絶対先輩にとって悲しい結末ですよ。振り返って顔も見る。それでも、それでも。先輩は行くらしい。先頭を走る自分に対して、進めという圧力を感じる。
そんなに悲しい顔してるに、なんでそんなにも足取りは力強いんですか、先輩。
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「何もないとはどう言う了見だ。ここにあるはずだろう。」
最後の言葉として聞いてやる。という圧力と、団員たちに伝染した何も無いという動揺を抑えるため。和泉はレイに言う。団員たちにはいつでも撃てるように手で合図をする。団員たちも動揺を振り払うように銃を構える。
「そうだ、ご覧のとおり、ここはただの災害備蓄庫。それ用の荷物があるだけだ。」
構えてはいないが、凛とした佇まいで話すレイ。そんなわけねぇだろ!と団員の誰かが叫ぶ。和泉が手で制す。
「こちらも、はい。そうですか。とは言えない状況なのでね。質問を変えようか。ここに無いならば、それはどこにある?」
「答える義理はない。」
言い終わるや否や、一発銃声が響く。レイの頬を銃弾が掠め、血が流れる。レイは微動だにしない。和泉が銃を抜き構えていた。目には怒りが満ちている。
「これじゃあ。私が悪人じゃないか。教えてくれないか。」
言葉の字面は懇願しているようだが、声のトーンは脅迫だ。団員も改めて銃を構えてる音がする。ただ、和泉自身が、迷っている。団員たちはそう感じている。
反乱の最中。冷静に、内通した者の手の甲を撃ち抜いた。無感情に、首相の心臓を黙って撃ち抜いた。そういうことをした和泉が、いまは怒りを見せて、頬を掠めるだけの甘さ。
そうなのだ。甘いのだ。そんな脅しが効く相手ではない。ただ、和泉も含め団員もその場にいる全員がレイに対して、どこまで踏み込んで良いのか。どこまで何をして良いのかが、わからないと感じている。
ただ感じ取っているのは全員が全員、自分の引き金が、相手の死ではなく、自分たちの死へと、直結している確信である。だから、自身の判断だけでは引き金を引けない。引いたら最後、全員が死ぬ。本能的に朔望団員全員がそう感じてしまった。
カビ臭い空気の中、静寂が続き、少しずつ変な、重たい空気をが場を覆う。和泉を含め、朔望団員にとって目の前にいるこの生き物はなんなのか。これをどうするべきなのか。そういった疑問が出てくる。確かに人の形はしている。しかし、目の前のソレはそうじゃない空気を纏っている。人なのか、何かが人の形をしてるだけなのか。考える。瞬きをする。改めて目を開いた時。和泉から見たレイの姿が蜃気楼のように歪んで見えた。
熱にうなされるとはこう言うことか。と和泉が小さく呟く。それが聞こえたのはおそらく誰もいない。その可能性に気付き、小さく手が震え出す。銃がカチャカチャと音を立てる。団員の意識が和泉に向かう。レイを含め全員の視線が和泉に刺さる。和泉の手の震えは収まらないが、大きくもならない。同じ幅で震えている。和泉自身が己が精神力だけで押さえ込んでいるのだろう。それでも震えは収まらない。そうか、これが恐怖か。これが死か。和泉はそう感じた。しかし、いまこれに流されてはいけない。改めて反乱を決意した時の覚悟を思い出したが、今度は歯が震えてきた、歯がカチカチ当たる。それでも、自分の中の意地で、震える声で、目の前の“それ”への問いかけを搾り出す。
「もしかして、お前なのか。お前が“それ”なのか。」
我ながら変な聞き方だったなと和泉は思った。ただ恐怖に駆られ理解を拒み、引き金を引いて何も知らずに死ぬくらいなら、言葉で真実を聞いてからでもいいだろう。それでも、最後、何かに飲まれて中途半端になる。良くも悪くも自分らしい結末だ。
レイの顔が緩む。優しさを感じるその顔に、和泉はあえて勘違いを乗せる。やっぱりそんなことはないんだろう。普通はそんなわけないんだから。良かった。これでコイツを殺せる。それから次を考えよう。ここから脱出しなければならんな。首相官邸の部隊はまだ場所を確保できているだろうか、それから、それから。
目の前の現実に目を背ける。希望的観測に基づいた今後の行動に思いを馳せつつ、団員たちに射撃の合図を送ろうと両手で握った銃から片手を離す。
「だとしたら、どうする。」
自分の手が止まる。やっぱりか、予想はしていたが、聞きたくはなかった言葉が聞こえた。
自身に残った精一杯の意識を絞り出し、恐怖に震える本能を叩きのめし、構うものか、と叫ぼうとした。
その時だった。
何かが爆ぜた。それは聞いたことのない音だった。
ただ、でも、それが何を意味するのか、何が起こったかということはわかってしまった。叩きのめしたはずの本能が告げる。逃げ出したい。しかし、身体は一切、言う事を聞かない。
何が爆ぜたのか。それだけは見なくてもわかる。それは自分の隣に居る団員だった。それは自分を慕ってくれた下士官の男だった。
人が爆ぜる。一端の軍人であるから景色としての認知もある。ただ、それは兵器だったり、ヒトガタだったり、何かの爆発に合わせて共に弾けるものだった。だから音はそれに寄っていく。
しかし、今回は聞いたことがない音がした。ただ、自分の中で繰り返し思い出すたびに何がどうなったか少しずつわかる気配がした。しかし、そこに意識を寄せる必要はない。戦わないと。
そう思ったが、未だに体は言う事を聞く気配がない。ただ動けずに、視線も動かせずに、ただただ固まっているだけだった。
そこからは一瞬だった。下士官の彼、その同期の彼女、一兵卒の彼、叩き上げ軍曹の彼、朔望団として、それ以前に軍人共に苦楽共にした仲間が、順番に、まるで拍手の手拍子のタイミングで爆ぜていく。誰も最期の言葉を残す余地はなかった。
拍手と言うにはとてもおぞましい何かが終わってから一拍の間。その場と静寂と和泉に、文字通り血の雨が降り注ぐ。しかもそれは今日の外の天気と同じ霧雨だった。液体が降る、そういう意味では、霧雨も血の雨も一緒だった。違うのは、それはとても生暖かく、気持ち悪いものだった。
血の雨が血溜まりになりあたりを埋める。どさどさと、爆ぜなかった部分だけが倒れていく。あんなに色々弾けたのに、一切汚れていないレイが立っている。とても晴れやかな顔して立っている。彼女が黙って右手をあげる。そこに血溜まりからいくつもの筋が通る。地面から登るそれはどす黒い血から、とてもケバケバしい極彩色の光を纏って、レイの右手から彼女の中に入っていく。極彩色の強烈な光に和泉は見惚れてしまう。マナの動きに音はない、それか今まで全く聞いた聞いたことがない何か、それを音と認識することができない、しかし、強いて言うなれば、それは音なのだろう。その音が、光が、レイを後光のように照らしていく。レイはとても美しい顔で言う。
「マナって美しいものよね」
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三人が歩く地下道の傾斜が緩くなる。薄暗い部屋に何人かの人影が見える。加えて、その人影に相対する人影が一つ。
間に合った。三人はそう思った。加速する。近づく。人影から、人になっていく。こちら側を向いている一つの人影がレイになる。背を向けた集団が朔望団だ。扇型にレイを囲むその中心に居る男性が和泉だ。
ミカがレイの名を呼ぼうとする。その時、目があった気がした。レイの顔が緩む。言葉は聞こえないが、口元が動く。その瞬間だった。
団員の一人が文字通り爆ぜた。何かしらの兵器を伴う爆発ではなく、なんの予兆もなく、人が爆ぜた。三人は息をのむ、しかし止まらない。止めれない。
拍手と同じテンポで、テンポだけで言えば、トントントントンと人が爆ぜていく。その音は聞いたことがないし、それに見合う言葉を持ち合わせてはいなかった。
幸いなのか、なんなのか、よくわからないが和泉だけは爆ぜなかった。仲間が爆ぜる姿を見せつけられているのだろうか。彼は微動だにしない。むしろ出来ないかもしれない。
爆ぜた血が雨になって、文字通りの血の雨が降る、その雨は大粒でなく、霧のようだった。
爆ぜなかった下半身だけが倒れていく。血の雨が血溜まりになり、レイが右手をあげる。血がその色をどす黒い赤から、ケバケバしい極彩色の光を纏って、レイの右手から彼女の中に入っていく。
「気持ちが悪い」
伊織が吐き捨てる。それがマナだとは思いたくない。ミカの綺麗な金色とは異なる、ケバケバしい極彩色。死んだ者のマナじゃない、あれはもうレイのマナだ、だからとても気持ち悪い。
「あんな顔するんだな」
茜がぼやく。取り繕っていた自分が言えた義理じゃ無いかもしれないが、レイは見たことがないくらい恍惚な表情をしている。
「レイちゃん…」
ミカはただ呟く。しかし踏み締める足にはさらに力を込める。走れ。早く。
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「レイちゃん!!」
ミカは改めて叫ぶ。その声を聞き、和泉は振り返る、旅団総括班がここに居る。なぜかとても安心した。そしてすぐ首相官邸に残した他の団員の安否を心配する。おそらく彼らは無事ではないだろう。しからば自分はここで死ぬか、一矢報いるか、それとも、それともあえて捕まる事で、この反乱の目的を裁判で訴えるチャンスを掴むべきなのか。それも選択肢にあるのだろうか。
現状をさておき、希望的観測で考えてしまっていることに和泉自身もまだ気付けてはいない。そして何よりも、まだ身体は一切動かない。
総括三人は止まらずに駆け寄ってくる。和泉がレイに向けて銃を構えているが、その引き金が引かれることはないと確信している。茜が和泉を後ろから拘束し、ミカと伊織が前へ出る。
「レイちゃん、これは、何?」
レイは手を下ろして直立、表情はいつもの澄ました顔になっている。じっとミカを見つめるが何も言わない。
「レイちゃん、なんで殺さなくても良い人を殺したの?」
レイは少し砕けた姿勢になる。いつも感じであるが、この状況では酷く不釣り合いだ。耳にかかった髪をかけ直しながら言う。
「反乱に加担した場合は、原則敵兵と同じ、軍規に基づく判断よ。」
だから何?とでも言うような言い方、ただ言い方には力と高揚感があり、マナを吸収した余韻とでもいうのだろうか。
「そんなわけないでしょ!敵兵だって無抵抗なら、捕虜にするでしょ!」
伊織が割って入って怒鳴る。
「数人に囲まれて、その全員は銃を向けている状況が、無抵抗?そんなことないんじゃない?」
やっぱり、いつもより雄弁だ。寡黙なレイはいつもならここまで話さない。
「本当にレイちゃん?」
つい聞いてしまった。レイの目つきが少し緩む。
「そうよ、私は私、試してみる?」
腰に下げたブレードの柄を握る。
「先輩、下がって。レイさんの様子がおかしいです。」
そう言って伊織が前に出る。ミカが静止しようとするが、伊織はその手を押しどめる。
「先輩は仮にも上官だぞ、その上官に向かってそれを抜いたらどうなるのか、わかってんのかっ!」
レイは戯けたように、パッと柄から手を離して言う。
「あぁ、そうだな。今は訓練じゃないからな。」
噛み合うようで噛み合わない、なんだこのズレた会話は。和泉の後ろにいる茜はそう感じる。この反乱の首謀者に手錠をかけてさっさと帰れば終わる話だ。
ただ、それで終わる話ではない状況になっている、ここに来た目的、ここで行われた行為。それを見なかったことにして、はい、終わりとは言えない。それだけのものを見てしまった。
何も知らずにここに来て、和泉を捕まえて終わりにできればよかったが、我々自身、ここに何があるかを確かめに来ている。
マナなしの生命を搾り取り、今この世界の基盤となるエネルギーを搾取する装置、それがここにある。出来れば、そんなものが、そんな不条理があって欲しくはなかった。
あのケバケバしい極彩色のマナ、あれだけで、この世界のどれだけのエネルギーが賄えるか。我々がマナと生命の切り離しにおいて供出しているマナの、数千倍のマナだ。
茜はさらに気づく、それは悪い方の予想であって欲しかった。
まさか、我々のマナは、実は…。考えたくない予想が頭を駆け巡る。我々のマナの供出はただのパフォーマンスにすぎない。むしろ供出すらされていないのでは?
そしてそれは何故か、どうしてそれが出来るのか。言葉にしたくないが、その言葉が、身体を貫いて今にも飛び出そうとしている。冷や汗が止まらない、この世の真実に気づいた自分たちがこれからどうなるのか、わからなくなってしまった。和泉を抑える手に力がはいる。和泉が少しうめく、意識が戻ってくる。それに気づいた和泉が小声で話しかけてくる。頭の熱が少し冷めて和泉の話を聞くことにする。
「おい、これから何が起こるかわからんから、手錠は勘弁してくれないか。多分考えてることは同じだろうから。」
さすがは朔望団筆頭、そう思い頷く茜。すまないな。そしてあとは任せろと言うように、目だけで応える和泉。そして彼は意を決して、呟く、叫ぶでもなく、ポロリと言う体裁を装って、でも、全員にはっきりと聞こえる声で。
「やっぱり、世界は俺たちの生命を、搾り取っているんだな。」
和泉が言ったその言葉に改めてレイ以外の全員の血の気が引く。
レイは無表情。ただ和泉に対して虫でも見るような目つき。
伊織はレイに向けて嫌悪感に満ちた顔。
茜は和泉の言葉を自身でも反芻するような、虚空を見つめるが真剣な眼差し。
ミカは、無表情から悲しみを帯びた顔。
和泉はさらに力を込めてレイを見据えて続ける。
「お前がその“装置”であると…。」
誰も返事をしない。
「マナと生命の切り離しなんてものは無いんだと…。」
その言葉は、災害備蓄庫に空虚に響く。
「そうか、そう言うことか。」
和泉は決意を固めて言う。その言い方は少し拍子抜けするような、トーンだった。
「なら、尚更、ここでは死ねんな。おい、俺をさっさと連れ出してくれ。反乱の首謀者だぞ、なんでこの騒動を起こしたか。世界に説明する必要があるからな。」
ハッとして伊織が応える、少しだけ声が震えている。
「あんた、この状況で本気で言ってんの?」
和泉は応える。
「あぁそうだ、ここで起こったことを外で話す。俺自身は今ご覧の有り様だ、無抵抗なら捕虜と一緒。反乱の罪で軍法会議か、はたまた別の刑事裁判にでもかかるだろう。」
生命の危機にのまれた本能を完全に制して、和泉は続ける。
伊織が返す。彼女の視線はレイに向いている。
「そんな希望的観測でモノを言わない方が良いんじゃないの?」
レイの表情は変わらない、相変わらず虫を見るような目つき。それでもただ一言。
「構わない。」
意外な答えだった。
「ただ、彼らとその後ろが、これを許すかどうかは知らないがな。」
レイが茜のさらに後ろに目線を送る。そこには中村と木原がこちらに向かって走って来ている。上っ面の状況を把握した木原が、おー、ともあーともつかない声をかけてから話をする。
「班長殿、やりましたなぁ!お見事ですなぁ!」
誰も何も返さない代わりに和泉が言う。
「おい、俺をさっさと連れ出してくれ。外で洗いざらい、全て話す。」
さながら夢破れた敗残の将と言った感じですなぁ!と大声で応じる木原。ただ何故か彼は懐から銃を取り出して言う。
「残念ながらそうはいきませんわねぇ。」
言い終わる直前に茜が咄嗟に木原に銃を突きつける。その茜に対して中村が銃を向ける。三者がそれぞれ銃を向け合う。しかしそれを気にせずに茜が言う。
「ここでの処断は違うと思うんだが。」
そうでしょうか?と答えたのは中村だ。そして彼は周りを見回して、一言。
「ところで、この者たちはどうしたのでしょうか。」
彼が見たものは、自分たちの近くに倒れている、元朔望団員だったモノだった。基本的に上半身爆ぜていて、下半身だけが倒れている。ただ、それらからの出血もなく、だからといって干からびているわけでもない。そして何よりも。
「どうして彼らの血がここにはないのでしょうか。」
彼の中の好奇心が止まらない。何故ならここは我らの終焉の地。そうそう来ることがない。彼の中でムクムクと知りたい欲求が走り出す。
「せっかくですから、ここで何があったのか教えていただいても良いですか?」
木原がハッとする。いかん。こいつはまた、マナに意識を持って行かれている。怒鳴る。
「やめろ中村!今はそれどこじゃないだろ!」
ただ怒鳴る。単純で悪くない手だが、もうすでに一度使った手だ、だから中村にはもう効果がない。
「良いじゃないですか、せっかくですから。」
中村は銃を握り直し、今度は和泉に突きつける。引き金を引けば当然茜にも貫通して当たる位置。
さぁ。と中村が言った時だった。
「そうか、見たいのか。」
ひどく冷徹な声がした。その声の主はレイ。相変わらず虫でもみるような目つきだった。
「そうですね。」
中村は、お前には聞いていないとでも言うように目も向けずに投げやりに言う。
「そうか、ではお前のお友達をよく見てみろ。」
レイが右手を木原の方へ突き出す。それを見て、レイが言い終わる前にミカと伊織がレイに飛び掛かろうとしたが遅かった。
木原が絶叫する。ただでさえ大きい木原の声の断末魔。高音ではないが、そのボリュームは耳がちぎれるのではないかと感じた。流石に飛び掛かろうとした二人も振り返る。そして疑問に思った。
爆ぜない…。
木原は叫びつづけるが、彼の目、鼻、口からあのケバケバしい極彩色が飛び出して、レイの右手に吸い込まれている。
意を決して、伊織がレイの右手に飛びつくが、その腕はびくともしない。
木原の叫び声の音量と、彼から飛び出てくるケバケバしい極彩色が小さくなり、やがて空っぽになる。そして残ったものを見て全員が我が目を疑った。
「ひ、ヒトガタ…」
誰が呟いたか、もう認知ができないが、木原だったモノは、旅団本来の戦うべき相手、植物系ミュータント、いわゆるヒトガタであった。
木原だった彼はゆっくりと周りをみて、そして何事も無かったかのように、ヒタ、ヒタと、自分たちが来た方とは逆の方向に歩いて行ってしまった。薄暗い照明が彼を捉えることができなくなるまで、レイ以外は全員、固唾を飲んでその景色を眺めていた。
「ふぅん、彼は“素質”があったみたいだな。どうだ、こんな感じだ。だから君もここに来たんだろう。そう、ここが君の終焉の血。」
レイの目が中村に向き、右手も向けられる。伊織が懸命に引っ張るが、全く歯が立たない。
「あかん!!」
ミカが中村とレイの前に立つ。身代わりになるつもりもないが、何か時間を稼がないと、自分に何が起こるのかと言う心配よりも先に身体が動いた。
ただ、それは意味をなさなかった。
直後、中村が爆ぜた。
「あら。こっちはそうでも無かったのね。」
手についた小バエでも払うかのように、伊織ごと中村から出たケバケバしい極彩色を払いのける。
「もう今日はいっぱいだから。で?ミカ。これからどうする?私は構わないけど。」
先ほどのやりとりなど無かったかのようにレイは話す。
相変わらず、虫をみるような目つきではあるが、その顔は少し優しくなっていた。




