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朔望団事件 if ミカ:アナスタシス  作者: 一ノ瀬 悟
2/2

○ 動け。動け。動け。動け。自分の身体。

 崩れる壁、散乱する書類や機材、その中で爆風に飛ばされ、床に付すミカ。崩落した側と逆側の扉から、この爆発の原因となった砲撃を加えた細身の03小隊長が悪びれもせず入ってきた。

 彼を横目に見ながら、茜を探す、報告通り怪我はなさそうだ。ミカ自身も先に受けたショックとマナを使った疲労感で動けない。

 ただ、自分の中の本能が告げる、ここで止まってはいけない。

 きっかけは些細なことで構わない、動け。動け。動け。動け。自分の身体。

 甘えるな。ここで倒れたら次はない。

 自分の中の声が、はっきり聞こえた、もう無視はできない。

 震える身体に鞭打って、うつ伏せでへたり込んだ体を両手で押し上げる、震える両腕、ちっとも動かない両脚。とりあえず肘を入れて上体を起こす、なんとか膝を曲げる。起き上がれないミカを見て茜が駆け寄り抱き起こす。

 「班長、大丈夫ですか!」

 ちょっと頑張り過ぎたかな。と返して、茜に耳打ちする。

 「彼より早く、実験ログを見つけてや」

 マナを使い、伊織に呼びかける。

 伊織ちゃん、もうちょっと頑張れる?

 はいっ!!とここ一番で元気な声で応える。ミカと茜に笑みが溢れる。

 言うが最後、伊織が文字通り駆けてきて部屋の扉を蹴破る。

 蝶番ごと弾け飛ぶ扉、入ってくるなり、獲物を探すライオンの如き目つきで部屋を見まわし、ミカ、茜を見た後、副隊長を睨み吠える。留めてあった髪は解け、黒髪が靡いている。

 「おまえ!!!!どう言うつもりだあっ!!」

 「救援です、狙いがずれてしまったのは申し訳ありません。」

 副隊長は怯まない、あくまでも声はあげない。ただその目つきはゴネるガキを見るような目だ。お互いが目線で鍔迫り合いをする。

 「どこ狙ってんだ!!ずいぶんな練度だな!あぁ!?」

 伊織が激情に任せて、両刀のうち片方に手をかける。

 冷静になってください、と副隊長は変わらない物言い。

 「冷静になれる訳ないでしょ!こんなのおかしいでしょ!中村さん!」

 中村と呼ばれた副隊長は一瞬震える。掛かった。茜は少し動く。ミカはなんとか立てそうだ。伊織も気配で察するが、掛かった中村の注意を逸らすわけには行かない。

 「仮にも同じ軍の仲間ですよ!それをなんですか!まるで家畜を処理するみたいに!」

 刀の柄が震える、かちゃかちゃと音が鳴る。

 「冷静に、なってください。」

 言葉の合間で息を吐く中村。喧騒を感じて、歩哨達や03小隊員がやってくる音がする。

 一拍の間、茜が瓦礫を踏んで崩す音がした。

 「探しものは我々がしますよ」

 中村は茜に目を向けずに言う。

  ずいぶんと、、、手強いなぁ、、、

 ミカはマナ経由で、呟く。

 伊織が応じる。

  流石ですね、ちょっと揺すっただけじゃびくともしないですね、いっその事、切りましょうか!

 確かに、中村の気配は、ただ救援にきたそれではない、明らかにこの場を抑えにきている、その態度は実験ログはここにあると言う証左にでしかない。

 その気配を真正面に受ける伊織が、自己防衛のために「切る」と言う気持ちもわかる。

 茜が制しながら訊ねる。

  やめなさい、班長、ログはどこですか?

 伊織は注意を引くためさらに罵声を浴びせる。しかし、中村は冷静に対応する。

  堪忍や、、、もう少し、、、

 ミカが息も絶え絶えで伝える、班長の疲労が限界に近いことを再認識した二人が動く。

 茜が瓦礫を蹴飛ばし、中村の注意を引く。中村の目線が一瞬だけ茜に向く。

 その隙に伊織が距離を詰め、気がついた中村に大袈裟に掴み掛かる。胸ぐらを掴み、叫ぶ。

 「同じ軍の仲間が!!本気で何かを訴えた!!なんで!!何も感じれずそこに突っ立てるんだ!!アンタは!!」

 少しだけ、ほんの少しだけ中村の目の瞳孔が開く。そして少しだけ今までのトーンより、少しだけ感情が乗った声で言った。

 「我々は、別の派閥で、別の生き方ですから、信じるモノが違いますから」

その顔と気配で伊織も少し力を緩める。


  あった、、、茜ちゃん、、、真下や、、、ツイてるやん茜ちゃん。


 ミカが実験ログを見つけたが、茜も伊織も簡単に動けない。ここで伊織が次の手を繰り出す。

 「そうですね、でも、結局私達も同じような人種じゃないですか。」

 伊織、和泉、中村、いわゆる和名の持ち、かつての言い方だと東洋系の人種はマナ無しになる傾向が高いと言われている。

 伊織は伊織で和名持ちのくせにマナが多く、それはそれで苦労している。逆にマナ無しからすれば彼女からの憐れみや同情は最高の煽り文句だった。

 「おんなじ仲間じゃないんですか!?わたし達はッ!!」


  和名持ちまで出すなんて、ずいぶんだな。

 茜の咀嚼して言い換える前の本心が漏れる。もう咀嚼する気はないようだ。彼女自身は赤髪、容姿が東洋系とは言い難い部分があり露骨な“区別”対象になって来なかったが、ステレオタイプの伊織はそうでなかったと思う。だからこそ、その煽りは効くはずだ。

 でも、中村はブレない。ただ伊織を駄々をこねる年相応の娘としてしか見ていない。

 「旅団所属の身としてあなたと私は上官下官、志も近しいですが、仲間というのは主義主張だとは思います。つまり自分の中の正義に依るものではないですか?」

  慣れてやがる、虐げられる事も、憐れみを向けられる事も。

 茜が驚く。ただ希望はある。中村の目線や意識は完全に伊織に向いている。効いてはいないわけではない。駆けつけた03小隊員は伊織の言葉を完全に意識している。我々の歩哨達はやっと、ただならぬ雰囲気に気づき始めたくらいだ。少しずつ、この救援隊に対し違和感を持ち始めている。

 伊織のおかげで少し瓦礫がどけられた、音も出ていたがそのタイミングで伊織が中村を揺すったり怒鳴りつけている。さすがだわ。自分には出来ないなと感心しつつ、最後の工程に入るために思案をする。

 そう、それにはまだ足りない。実験ログの片鱗は見える、データの保存端末だ。考えられる大きさの半分は瓦礫からのこちらを覗いている。班長のマナで全容がわかる、無事だ。ただ、無造作にこれを取り出したら、我々が無事ではすまない気がする。しかし、自分だけでは何も出来ない。

  伊織!なんかないの!

 もどかしさと焦りで伊織を急かす。

 「そんなの!!あるわけ無いじゃない!!」

 いっぱいいっぱいの伊織が、中村、茜、双方に使える言葉で返す。茜も伊織も次の手が出せない。


------


 ミカにはマナを通して茜、伊織からの焦りとこの状況を打開したい想いが伝わってくる。今は、“二人で”この状況を打開したいと思っている。自分を頼るわけには行かないと言う、気遣いと矜持と、純情がそこにはあった。


 想いと焦りを受け、ミカは思う


 だらしないなぁ、自分。せっかく二人が頑張ってるのに、立ってるだけしか出来ない。

 逆に倒れてしまう?いや次、起き上がれるのがいつになるか分かれへんし、二人の方がびっくりしてまうな。

 じゃあどうする?この中村さんはどうしたら崩れる?


 どうしたら私は戦える?


 茜を見る、実験ログは茜の足元にあり、実質的にほぼ手中にある。しかし、手にしたら最後かもしれない。この不思議な救援隊が何をしでかすかわからない。

 

 伊織を見る、ギリギリの状況だ。中村の胸ぐらを掴み、罵倒している、しかし、中村は崩れない。


 あ、せや。


 簡単に気づいてしまった。簡単な話や。やってみるか。

 

 むしろなんでここまで気づかなかったのかと自分を罵倒したくなるくらいに、簡単な話だった。マナで自分を動かす。人でやるのは簡単なのにいざ自分の事となるとよくわからない。出来たところで何が起こるかわからない。けれど、自分が動けるようになるだけで幾分かマシだろう。


 薄く広い使ってばかりだからすっかり忘れてたわ、堪忍や、いーや、二人共、ちょっと待っててや。


 身体操作は正直得意じゃない、ただ士官学校時代に、近接戦闘が得意な同期のレイに言われたことを思い出す。

 とにかく身体全てに神経を通せ、どこに何があるか感じろ。足裏はどこまで地面を噛んでいるか?膝はどこまで曲がっているか?その角度の意味はわかるか。腰から上体の向き、背中の丸め具合、支える腹筋背筋はどうか、肩は腰と膝と連動してるか、チグハグじゃないか。その構えから出る腕は、敵に届くか。自分の身を守れるか?手首の角度、指の先まで理屈はあるか。それ全てはなぜそこにある?説明できるか?首、頭、その角度の意味は?相手は見えてるか。

 全ては理屈だが、言語化するな、言語化する分、速度は遅くなる。だから全て反射の域まで高めろ“理解しろ”。そこまでいって初めて戦える。


 言葉少ない彼女が珍しく饒舌に話したことが印象的だった。でも自分にはさっぱりだった。


 でも、今わかった、私なら、感覚じゃなくてマナで、それをやるわ。


 二人とも待っててや。

 

----- 


 身体の中からマナを改めて絞り出す。心臓の鼓動に乗せ、マナを送り出す。胸の辺りから広がっていくのを感じる。

 じわじわと、肩から先、肘、手首、指をマナが通っていく。指先まで届いたら、一つ気づいた。力を込めるという意味が。力を抜くという意味が。

 マナを腰、膝、足裏とマナを通す、ここも足先まで通ったら先ほどの気付きは確信に変わる。戦うための、力の使い方。


 これを知らんかったのは、今までだいぶ損してなぁ。とぼんやり思う。

 いままでは相手のマナから全部読み取って、後出しジャンケンしてただけやもんなぁ。

 伊織ちゃんにやったやつもほんとは伊織ちゃんのマナと世界を繋いだだけ、繋がれた人が何が見えるかまでは知らんねんな。


 でもここからは自分で、戦うのだ、これから。自分で叶える。予想すらしない未来へ。だから、少しでも夢を見たって良いじゃないか。叶わなかったその夢の先を。

 構える。相手はいない。これから駆けていく未来への、そしてこれまでの自分に対しての、戦う事から逃げないというファイティングポーズ。


  お待たせや、ちょっと元気になったわ

 少し張りのあるミカの声が届く。二人は思わず警戒すべき中村から目線を外し、ミカがいる方を向く。ミカが何かに支えられているようでもあり、自分の力でも立っているような、とてもアンバランスな雰囲気だが、それでいて力強く、ミカはそこに立っていた。

 ミカの身体からは金色の光が溢れている。ミカのマナだ。そして二人は目を見張る、ミカが構えている。いつもとは違うその雰囲気に気づく。

  さっき伊織ちゃんにやったやつよ、それを自分にやっただけ。

 少し疲労感があるが、ニカっと笑うミカ。いつもより神々しく見えている。


 伊織は確信している、いや、違う。と。先輩が自分に使ったマナとは比べものにならない。アレは言わば接続しただけ、その接続口の大小なだけ。マナを通して“視れる”世界の解像度が上がるだけ。人が立てる代物じゃない。

 そもそも先輩は、マナを自分の為には使わない。いつもなら、その閃きとその判断力で、私か茜さんを使っていたか、中村に仕掛けているはずだ。

 いつもどこか努めて冷静に。それでいても優しい先輩が、いま、極めて利己的にそのマナを自分の為に使っている。ただ、自分が立つ為だけに。


  だっていま先輩が一人立ったところで...

 伊織が正直にマナ経由で伝えるが、反応したのは茜だった。

  そうでもないみたいだぞ。見て見なよ。

 三人は中村に意識を戻す。


-----


 中村はどこか様子がおかしかった。


 あぁ、ダメですよ。それは、教えに反します。

 「あ、あ、ダメですよ、、、無理をしたら、、、」

 そろりと一歩、とミカの方へ歩く。


 我らは、マナを持たざる者とされているから。社会の役に立たないから。

 一歩

 だから、生きてるうちから、社会に対して恭順するから、我ら生かされている。

 一歩

 そして最期、生きてるうちには提供出来ない、自身のマナ全てを死ぬ時に捧げる。

 一歩

 捧げられたマナは、皆のために使われる。我らの生命、マナは、皆のために使われる。


 だから、そのためには我ら生の中での自身が受ける、誹り、謀り、憐れみも意味を無さない。全てを賭けてこの世に貢献し、そして死してなお、その生命を捧げるのだ。

 我らの死を想うこと、そのために利己的な者は必要ない。それが我らの生き様。つまり自分の中の正義だ。それがあるなら揺るがない。

 だから、だからこそ、いまこの目の前で起こっていることは、マナを自分のためだけに使っているとても理不尽な光景。我らの命が無駄にされている景色。

 利己的で、自己満足で、許されるものではない。自分の中の正義が揺らぐ。


 中村がミカとの間合いに入る。彼女の目には力が宿っている。

 「あぁ、ダメですよぉ、マナを、、、無駄遣いしちゃあ」

 さっきまでのギリギリの冷静さはすっかり影を潜め、狼狽する。


 やめさせないと、我らの命が無駄にされているこの行為を、

 しかし、しかし、神々しいとはこういう事か。どうやって?

 手も足も震える、力ずくなどもってのほか、冷静になるんだ、ここで班長に手を出したら全て無駄になる、教えに反する。声が震える。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 「班長、、、やめてください、、、マナが、、、無駄になってしまいます。」

 

 明らかな異常に03小隊員も動揺する。その隙をついて茜は実験ログを瓦礫から引き抜き伊織は茜に駆け寄り、そのデータ保存端末を腕の中に抱き込んで構える。

 中村の戦意のなさにミカは構えを解くが、自分が立つためのマナの消費はやめない。


 中村は茜と伊織にお構い無しに、ミカに懇願し続けている。


----

 

 扉の向こう、様子を見守っていた、歩哨たちや03小隊員をどけどけと怒鳴りつけ、人を掻き分けて来る者がいる。そいつは人を掻き分け、伊織に吹っ飛ばされた扉を一瞥し、部屋の中に入ってくるなり、大声で叫ぶ。

 「中村!何をしてる!」

 中村が、ビクッと大きく震える。イタズラが見つかった子どものように、恐る恐る振り返る。そいつは中村と目が合うや否や、もう一段上の音量で怒鳴る。

 「戦いはまだ終わってないぞ!残った部隊の応援に行くぞ!!」

 現れたのは03小隊のもう一人の副隊長の木原だった。細身の中村とは全く逆のがっしりした体格の持ち主だった。

 茜、伊織を流し見しつつ、中村の真後ろまで歩き、ミカに、すいませんと一声かけてから、中村の方をガッと掴み激しく揺さぶる。

 「こっちの救援は終わったんだろう。早く首相官邸へ行かんと!」

 揺らされる中村の虚だった顔に色が戻ってくる。木原が諭すように言う。

 「お前は信じられんかもしれんが、このマナは班長ご自身のものだ、班長はご自身のマナで立っておられるのだ。お前が取り乱すな、しっかりしろ。」

 中村は信じられない、と言う顔をするが、木原の目を見て少し正気を取り戻す。

 「班長、申し訳ないです、コイツ、マナ関連になるとポンコツになりまして、お怪我などございませんか。」

 大柄な木原がヘコヘコする様を見て、古臭い男の庇い方だな、と茜は思った。

 中村はやっと意識が戻ってきたのか、木原に向き合う。

 「あ、あぁ!そうだな!」

 そして、背筋を伸ばし、ミカに向き合う。

 「大変失礼しました、班長のマナが美しく、綺麗でありましたので見惚れておりました!」

 茜も伊織もいや、それはないだろう。と言う顔をする。

 「せやろか、ありがとうやわ。」

 ミカは穏やかな笑顔で応えてから続ける。

 「副隊長さんが二人ともこっちに来て大丈夫なん?」

 木原が応える。

 「ちょうど首相官邸には応援が来ましたので、先に中村を送り出した後、さらに増援が来ましたので、我らはとにかくこちらにと。」

 ただ、と間を置き、木原が重たい調子でいう。

 「首相の安否が不明です。拘束されておるようで、中の状況がわからず、今は膠着状態です。」

 抵抗も激しく、と木原が続けるが、話し半分にミカは先日あった和泉の顔を思い出す。優しそうな彼の中の激情を読み切ることは出来んかったなぁ。まぁわかったとて何ができるかという話しだが。

 「そこで我らに再合流の後、首相官邸に突入せよと、戒厳司令部から先ほど指令がありました。」

 木原の発言に、ミカは意識を戻す。思考を巡らす。

 あ、班長の顔してる。と伊織が気付く。

 「そないなってんのやね、そうなら我々総括も行った方がええやろか。」

 木原が先ほどのヘコヘコした感じで言う。

 「いや、それが総括班は損耗も考慮して旅団本部待機と聞いております。総括班まで出ると、旅団本部は文字通り空になりますし。」

 ミカは顎に手を当てて応える。

 「戒厳令中やからなぁ、連絡用端末もさっきの砲撃で壊れてもうたしなぁ」

 中村になんとも言えない目線を向ける。受ける中村は目を合わせない。察した木原が中村を小突きながら言う。

 「端末はこちらのをお渡しします。お使いください。」

 ミカは笑顔で返す。

 「わかりました、それを使うて、戒厳司令部と連絡をとってから行動します。それではお二人は先に行ってください。」


 わかりました。と木原中村両名は声を揃え部屋を出ようとする。入口に差し掛かった時、中村が茜に声をかける。

 「茜副班長、それを大事そうに抱えていらっしゃいますが、それは多分もう使い物になりませんよ」


 茜は目を見開き端末を確認する、先ほど拾い上げた端末には大きな穴が空いていた。

その穴を見た伊織もショックを隠せない。


 気付いた木原が、こちらで捨てておきますよ、と和かにいう。茜は空いた穴をまじまじと見つめてから手渡す。伊織は何か言いたそうにするが声は出さない。


 それでは改めて、と中村はそう言い残し、03小隊は全員首相官邸へ向かって行った。


---

総括班居室に残された三人と、歩哨たちは03小隊の気配が無くなるまで動けなかった。


彼らが乗ってきた車が門を出て見えなくなると、それぞれが大きなため息をついた。


特に大きなため息を吐いたのが伊織だった。まず先輩を確認する、大丈夫そうだ。でも、本当に珍しいというか初めてだ、私たちではなく、自分にマナを使うなんて。先輩も焦っていたのかな。それだけの状況だった気がした。ただそこの感想戦をしてる場合じゃない。先に確認しないといけないことがある。

そう考える伊織が声を出す前に、先にミカが言葉を発する。伊織達だけでなく、歩哨達に向けてだ。声のトーンも少し明るめだ。


「はーい、お疲れ様。ちょっと大変やったなぁ、でもおかげさまで、なんとかなったわ。せやから、避難したみんなも呼んで片付けしよか。」


はぁーい、と歩哨達は少し気の抜けた返事をして、ゾロゾロと歩いていく。結果的に人払いに成功する。自然に出来るところが上手だなと感心する。


そして改めて茜に尋ねる。


「茜さん、良いんですか?渡しちゃって、あれって実験ログですよね?しかも、先輩のマナ経由だったらキレイだったのに、なんであんな大穴が…」


茜はふっと笑い目を細める。実験ログを拾い上げたところまで歩く。


「そうよ、壊れてないわ。だって本物はここにあるもの。


瓦礫の中からもう一つの端末を引き上げる。

それこそ自分たちがマナ経由で見た端末そのものだった。


「偉いなぁ、茜ちゃん。咄嗟にすり替えて、そのあとも迫真の演技やったやん。」


べた褒めでハグするミカに、まぁ、その、と頬をかく茜。はっと我に帰りミカをぐいっと押しのけて確認する。


「でも、あいつら、あんまり細かく調べもせずに出て行ったわけですから。よっぽど砲撃に自信があったのか、そんなに貴重なデータないかもという可能性もあるわ。」


ぶっきらぼうな、マナ経由で話す時の少し素が出ているような話し方をする茜。本人は気付いていないのか、もう取り繕うことをやめたのか、どっちなのだろうと伊織は思った。


「せやねん、やから早よ分析せなあかんけど、あっちもこっちも気になるから、どないしよかなぁ。」


とりあえず茜に端末の分析をしてもらい、ミカは木原から渡された通信端末のタブレットで旅団各部隊の状況を確認する。


 01小隊。教育省で朔望団の川崎隊と交戦中。現場の教育省からの朔望団幹部川崎による動画配信は、とてつもない視聴者数を叩き出している。世の中の真実としてマナ無しの現状を訴えている。コメント欄は騒然となっているが、いわゆるアンチや荒らしに近く、彼女の主張が世に響いているとは思わない。いま世界の認識は錯乱した軍人のクーデターもどきである。


 02小隊。中道左派本部で朔望団の安藤隊と交戦中。隊長の安藤はすでに戦死、中道左派関係者もほぼ避難完了しており、中道左派本部奪還は時間の問題となっている。

 旅団本部に戻すならこの小隊だろう。ただ命の危機を感じた政治家が簡単に返してくれるだろうか?理屈だけでは進まない情理の部分でどうなるかわからない。


 03小隊。半分は首相官邸で、朔望団の筆頭和泉隊と交戦中。残り半分は、先ほどまでここ旅団本部で朔望団の五十嵐隊と交戦、それはもう終わり現在は改めて首相官邸へ移動中。

 教育大臣も囚われの身であるが、一国の首相が囚われる。その事件のインパクトは大きいはずだが、イマイチ世間が揺らいでいるという感じはしない。

 明確な犯行声明は教育省から発信されている。世間の目は今そこに向いており、首相官邸は何故占拠されたかをまだ理解していない。そこに戒厳司令部の名に従っているとはいえ、旅団とは独自理論で行動する03小隊。

 この盤面で、01.02.03と並べたときにやはり大きな違和感を放つのはこの03小隊だ。


 04小隊。三人だけの超精鋭。彼女らの所在は掴めない。仕方ないので伊織に独自回線でオペレーターの千里に連絡を取ってもらっている。どうやら小隊長のレイは一人別任務で所在不明、残り2人のヴィルと千里は朔望団のアジトを捜索の上、強襲という任務を課されたそうだ。

 レイがどこにいるか、それが一つ鍵になる。しかし全くヒントはない。戒厳司令部への問合せも無反応である。

 そもそも04小隊自体は一番使い勝手のいい部隊、それをどこに置くか、それは指揮官の力量による。一番大事なところに置く。一番負けられないところに置く。一番困難なところに置く。配置の読みを外せば一番大事なカードは無駄になる。戒厳司令部はあえてその三人すら割った、これはつまり、レイ。彼女の場所が全てだ。


 大義名分、今なすべき事、そして自分がやりたい事。ミカは考えを巡らす。


 そこに、終わりました、と茜が声を掛ける。そう、おおきにと応じ、続ける。

「どうやった?」と茜の目を見据える。

茜は、この情報が持つ、結論、過程、情緒、何から説明すべきが迷う。重大な局面でまだ尻込みしてしまう。

 「ええんよ、大丈夫」

ミカは諭すように言う。茜の能力、特性と言ってもいいが、マナを使い電子情報にアクセスできる。つまり電子的に通り道があれば、情報に直接アクセスできるのだ。しかし、”自分”の中に情報を取り込んでから出力される情報にはどうしても茜自身のバイアスが入り、整合性という部分では低いと、”されて”いる。膨大な情報を取り込み人として出力する。中での改変プロセスが見えないという点で信用度は低い。人によっては劣化コピー。という人もいる。

 意地悪な言い方をすれば、情報の出どころが、”茜そのもの”になってしまっている点が、信用度の低下を招いていると解釈できる、もっと砕けた言い方をすれば、誰からの情報なら信用するかという話に近い。

 普通の人には茜を使えない、マナを使っているかもわからない、出てくる情報の根拠は見えない、全て茜経由で出力される。それを信じるか否か。

 その問いにおいてミカは答えを持っている。当然信じると。

 「それではまた繋げていただけますか。」珍しく、茜から言い出した。目をぱちくりさせるミカ。ええの?と聞く。茜は笑って答える。

 「もちろんです。これは直接触れてください。」

 おおきにな、そう言って目を瞑り、茜にマナを向けて繋げる。我々の争点、実験ログの正体がわかる。


---

 実験ログというからにはただの数字の羅列かと思っていたのだが、ただの数字や日付だけではなく、その数字一つ一つに、想いが乗っている。想いが流れ込んでくる。


自分の部下であるが年長者、マナがない人達のカリスマ、ナガイという人の実験ログだ。


溢れてくるナガイというひとの人物像、押し寄せる津波のようだ。


ナガイさんは良い人です。

ナガイさんは一生懸命な人です。

ナガイはよくやっているが、自分でなんでもやりすぎる。

ナガイ先生は優しい人です、教え方も上手です。

ナガイは見込みが甘く、そう言ったところで苦労する。

どうして軍にいるのか、その才能を活かすところは他にあったんじゃないか?

ナガイは話を盛る癖がある。


でも絶対悪い奴じゃない。


ナガイは大体上記のように評されていた。


ナガイと呼ぶのは上官か?ナガイさんと呼ぶのは下の人か?下からは慕われる人なのだろうなと、思う。


ナガイユウスケ、男性。

マナは極小で所謂叩き上げ。感情で信頼を作っていくタイプ。


いわゆる教え魔のようなところがあり、面倒見は良いとされている。

マナがモノ言う価値観の中で、それがなくとも戦える術を惜しみなく振り撒いている。

組織内でダメと烙印を押された者も拾い上げ、気がついたら小隊長の任に就いていた。

ナガイ本人も別に特別な使命感に駆られている自覚はなく、目にあるやるべきことに対して対応していただけだった。だから同期よりも昇進は遅かった。


確かに軍を選んだのは使命感によるものだったが、それは多くの者が抱く、特別ではない普遍的な使命感だっただろう。


自分にはマナがないから、いわゆる本流でない認識、それでも出来ることをやる。知恵を巡らし、筋を通し、せっかくだからと、つまらない顔をしてる後輩たちに声をかけ、小さな達成感を共に得る。


そんなつもりはなかったが、そう言う者たちの集まりとして、マナなし組とラベルを貼られるようになってしまった。自分が管轄する03小隊のメンバーも基本的にマナなし組で構成されていった。


少し前、別の旅団に属する者が共に活動しないかと声をかけてきた、少し方向性は違うが、まぁ良しとした。思い返したらここが始まりかもしれない。


「マナなし」と称されることに対する抵抗や屈辱感というのは、ナガイが思っているより重たい物だった。マナはあらゆる努力、才能を凌駕する新しい普遍的価値観であった。

自分を蔑む人たちのために命懸けで戦うことについて、やるせなさと理不尽を感じる者も多くいた。

他人の評価や蔑みに対して鈍感なナガイはそういったことを気にすることをせず、ただ職務に邁進していた。だからこそ彼を慕う者がいたのだ。ただそれ以上でもなかったので、大きな組織にはなっていなかった。


ただ、その者の合流により、マナなし組は集団から組織へと変貌した。序列が決まり、ナガイがトップ、その者はNo.2に収まった。そして、ナガイの意思とは関係なく組織は動き出して行く。


---


「戦死者の再利用だぁ?」さすがのナガイも声を上げた。言葉を選べ、とその者から紹介された中将が言う。


ことば遊びはそっちだろう。死体の流用なんか外道の外道だわ。しかも植物ミュータントの遺伝子を掛け合わせるだと。センスがないわ。


そう思っていたはずなのに。


歪な人形と戦う使命から解放される、マナなしと蔑まれることが無くなる、マナを持てるなら、その可能性掛けたいと。いつのまにか生身の子たちが志願するようになった。いくらなんでも数が多い、ナガイはその選別せざるを得なかった、さながら自殺の許可を出しているようだった。気が滅入る。


俺が選ばなくても戦死すれば実験に回せる。

ダメだ、ちゃんと背中を押してあげなきゃ、死んじゃダメだ。


---


ナガイさんは良い人です。


ナガイさんは一生懸命な人です。


ナガイ先生は優しい人です、教え方も上手です。


実験の成果は芳しくなかった、ナガイに懐くヒトガタが大半だった。ただいずれも実験前の記憶を大なり小なり持っているようだった。


ある日、実験機器が爆発した。


決壊する施設の壁、外に出るヒトガタ、虐げられ、ひどく鬱屈とした感情が爆発した。

犠牲者は出たが、意外にも人と我々に境界線が引かれただけで終わった。世間一般でよくある事故の一つでしかなかったと言うことか。


鬱屈のさらに向こう、漆黒の感情にのまれつつ、ナガイはヒトリ、実験を続けるのだった。

先の爆発でその者は姿を消し、中将からの連絡は途絶えた。


旅団での03小隊長の仮面を強く被り、子飼いを増やすことをやめ、昇進はやめた、最低限の仕事と現状維持、その裏で真に必要な「人材」集めに奔走する。


何人目かの旅団総括班班長は昔の自分と同じ目をしていた気がする。


もう歳かな、身体が持たない。

しかも今回の「人材」は酷かった。最悪の人選だ。

マナなしにめげない強い意志を持った子だ、そしてその子を支える健気な子だった。

マナによって価値観のトップから転げ落ちてもなお足掻く。溺れる者は藁をも掴む、藁さえ掴めればそこから爆発する、そう言う子は手にかけてはいけない。そういう誓いだったはずだ。


魔が刺した。


ヒトガタとしての上位種が出来てしまった。

とてつもなく強く、賢い二人だった。

よくも悪くもこの2人のおかげで盤面が狂った。

狂ったというのは失礼だったか、随分保守的になったものだ。


二人は実験前での記憶がなく、ヒトガタも彼女らを知る者がいなかったので、初対面からヒトガタとも上手くやれていた。


二人はおでかけと称し、03小隊や02小隊との小競り合いも発生した。


ヒトガタも乗せられるように、街への圧迫を繰り返すようになった。


私も、人材集めに奔走した。最悪の人材を求めていた。


しかし、ついに2回目の爆発が起こった、機械的な爆発ではなく、偶発的な事故で犠牲が出たヒトガタたちが、自暴自棄になったのだ。ひどく鬱屈とした感情の爆発だった。

01から04小隊に出動の命が降る。03小隊の担当場所は実験施設の近くだ。


教え子同士が戦うのは惜しい、しかし今の03小隊はもう、愛着のないただの仮面だ。

ヒトガタで充分だ。蹂躙できる。


「久しぶりだな」

出撃前に、予備役になった元中将に呼ばれた。

良いものをやろう。と小型の電波遮断機をもらった。


対人戦闘がめっきり減り、こう言った妨害機器に対しての装備はだいぶ軽減化されていた。小型でも威力は充分だ。これを使ってマナなしたちの最期を眺めよう。


そのあとは………


03小隊分隊員は小隊長の教えをよく覚えている。


「人みたいな見た目をしてるから、人の間合いで戦ってしまう、でもこれらは人じゃない、そこが一番大事、そこを間違うと大変なことになる。」


03小隊の基本戦術はアウトレンジだ、ただでさえマナがないのだから、ブレードなんか使えない、接近戦なんてするもんじゃない。


03小隊分隊員は別の教えを覚えている。


「状況によっては人型であるっていう点は大事、要は関節や、重心という理屈、これは通じる、だからこうやって倒す」


アウトレンジ至上主義だが、万が一は常にありうる。危機から逃れる術を学ばない手はない。


03小隊分隊員は全員ナガイの教えを覚えている。


「常識ってのは簡単に変わる、思考を止めた時、それは我々の死を意味する、理解するまで考えなくてもいい、考えれなくて固まる瞬間を作ってはいけない。いるべき全員で帰ること。その方法は諦めてはいけない。」


 暗転する、どこからか声がする、ナガイの声だが酷く鬱屈している。


「我々の最後は決まっているのだから。」


 続けて聞こえるのは熱にうなされたような、虚ろな声、誰の声ともわからないぼんやりした大勢の人の声。


だから、できるだけ、自分のやりたいことをやり切ってから死にましよう。

我々がやりたい事をやって社会に貢献して、そのあとマナを提供してマナがある人の2倍はこの世に貢献しよう。

内に秘めるエネルギーを出すことが出来ないなら、どれだけ泣いても足掻いても変わるチャンスは無いのだから、自暴自棄になって迷惑をかけるくらいなら、社会に役に立ってから死にましょう。


そしてまた、鬱屈した声。でも、音という響きではなく、直接頭の中に響くような、重苦しい声。


生の意義を死ぬことから逆算して、そのために生きる、いわばメメント・モリと言うものです。

人類としての最適解として死を想う。

我々が全ていなくなれば、差別なんてものは無くなり、ストックされたエネルギーで人は争いなく暮らせますから。


最後は諦めた様な、呟きだった。


我々で終わりにしよう。


---

 ミカは目を開き、茜と目を合わせる。

茜もじっとミカを見る。ミカが口を開く。

「これは、あれやね。混じりっけなしの、ナガイさんの”教え”やね。」

 一拍置いたあと、はっとして伊織をさがす。彼女ももちろん繋がっていた。和名持ちの彼女は、この祈りにも近い”教え”の解像度が高いはずだ。

 信じているから大丈夫だとは思う、でも、少し揺らぐかもしれない。

 そう思い伊織を見つける。彼女は泣いていた。宗教家が神を見た様な感激の涙ではなかった、ただ悔しくて、悔しくて、我慢が出来ない。そういう泣き方だった。

 良かった、と正直に思った。

 伊織のところに行き、優しく抱き寄せる。

 伊織は、先輩と、一言だけ言って再び泣く。優しく伊織の頭を撫でる。

 「班長、伊織に見せるつもりはなかったのですが。」

 と申し訳なさそうな顔をして茜が言う。

「別にかまへんよ。大丈夫。」 

 と返すミカ。顔を上げて伊織も言う。

 「私だけ知らないって言うわけにはいかないでしょ、ありがとうございます。」

 ミカから離れて、向きを直し、続ける。その顔には相変わらず涙がついたままだ。声も震えている、努めて自分で立つんだという思いを感じる。

 「ええやんで、もっと、」

甘えても、と言う前に伊織が遮る様に言う。

 「自分が立ち止まっている場合じゃ無いです、ここで待っていたら状況は悪くなります。そんな気がします。自分が五十嵐さんを討った意味もなくなります。」

 グシャグシャの顔を袖で拭い、ほどけていた髪をまとめ直す。相変わらず目は真っ赤だ。

 「冷静に考えると、この”教え”だけなら、なんでここを砲撃したんでしょうか?別にその…あ、だからですか?」

 一人で質問して一人で納得している伊織、言い方が悪いが、中村も木原も本気で探しているようではなかった。漏れても良いと、内心思っていたのかもしれない。

 それはこの”教え”だったから。最悪漏れても構わないが、だからこそなんでここを撃った?相手にとってどこまでが狙いでどこまでが誤算なのか。わからない。

 ただ、今わかっているのは、ここに実験ログがある。しかしそれは言わば教典だった。嫌なことに気づく。

 「茜さん。もしかして、さっき木原に渡したやつがデータだった?」

 「そんなわけない、あれはこっちの人事記録よ、そんなヘマするわけないじゃない。」

 そうですよね、とまた考え込む。いまここにある実験ログは端末の向こうで朔望団の川崎が声を上げて伝えようとしている事実とは完全に結びつかない。

 マナ無しがどこで死ぬのか、どこでどうマナを捧げるのか、革新的な情報はない。

 

 はずだった。

 

 あー!、と大きな声を上げてから、ミカが言う。

 「伊織ちゃんて、茜ちゃんの本気って初めてやった?」

 「え?なんのことですか?」

 確かに初めてですが、と答える伊織の手を取るミカ。

 「そっかー、それはびっくりしたやろ。ただのデータからあんだけの感情を引っ張り出すんからね。」

 理解が追いつかない、あれ自体が記録じゃなかったのか?何を見せられたの?

 「茜ちゃんの能力はデータ入れた人の感情まで出力できるんよね、だから、その表現された感情の向こう側にもまだあるんよ、なんならそっちが本命。」

 理解が追いつかない、じゃあ結局これは何?混乱する伊織に茜が呆れ気味に言う。多分これは照れ隠しだ。

 「こっち来て、画面見て。」

 茜が端末を繋いだモニターを見せる。そこには、一見するとただの精緻な人事記録、先日ミカが面談に使用した時のドッジファイルの言わば電子版。不思議な数値があるがおそらくそれが抽出されたマナの量、そう言い切れるのは背景を知っているものだけ。今の事件の争点は巧妙に隠されている。これは正確には犠牲者のリストだった。誰がいつ、その生命を捧げたのか、その誰はどんな人か、メモ魔のナガイらしく詳細に書いてある。

 つまり、人事記録だから、朔望団に奪われるのは都合が悪い、しかし、総括が持つ分には問題ない。それくらいの認識だろう、だって殉職者はザラにいる。総括なら人事記録を外に出さない。数字についても出鱈目になんでも言い訳が立つ。だから、彼らはここを去った。こちらにとって都合は良かったのは、茜の能力は彼らに知られてなかったこと。


 じゃあ、結局、これからどうする?


 三人の中で同じ疑問が生まれる。どこに行けば今回の核心にたどり着く?


 ミカは改めて状況を整理する、この事態を起こした人、和泉は、どこに何を目指している?教育省で騒ぐ川崎は、あくまで目眩しのはず。しかし、彼女が嘘を、出鱈目を言っているわけではない、ここには実験ログという証拠もある。彼女が指摘するその“マナを捧げさせられてしまう場所”はどこか?ナガイの教えを受けた彼らのその執着点はどこか?

 勘違いするな、03小隊も“教え”もすでに、この世界に擬態していた、彼らもこの事件については“対応を求められる者”だ。彼らも、もしかしたらその後ろの何かも今回は後手を取っているはず。

 つまりこの事件の首謀者が、どこに居て、何を目指しているか、それが鍵だ。思い出す、ナガイの葬儀で顔を合わせたその顔を、姿を、纏った空気を、彼は何者だろう。

 それはそんなに難しくない。彼は普通の人だ。気まぐれで世界をぶち壊して、新しい秩序を作り上げる英雄じゃない。絶望して自暴自棄になり皆を巻き込む集団自殺をしている訳でもない。考えうる範囲で、全力で、出来ることをしているだけだ。今回の事件は池に投げた石粒だ。それが大きくなるかそうでないかはわからない。だから全力で石を投げるだけ、それだけは決めているはずだ。

 だから、彼の行動には全て理由があるはずだ。そうなると行く先は、自ずと決まってくる。


 首相官邸


 いま和泉がいるところはそこだ。しかし、そこで何をする?何がある?。まだ、パズルのピースは埋まっていない。答えは出てる気はするが、納得感が無い。

 そうだ、一人だけ行方がわからない人間がいる、その彼女は自分が最も信頼してる人。彼女の場所がわかれば、そこが答え。

 04小隊長で自分の同期で、自分が絶対勝てない相手。


 いま。


 なぜ?


 戦うことを想定した?


 なぜ?


 けれど、もう迷っていられない、しゃーないなぁ。もう一回やるか。体に通したマナは馴染んでる。神に感謝する、自分にここまでの力を、マナを与えてくれた事を。

 

 「先輩?何しようとしてるんです?」

 伊織が少しだけ戸惑った顔をして言う。彼女からすれば自分のマナはそこをついてるように見えるのだろう。でも、ミカは微笑んで返す。

 「んー?それはぁ良いことやにぃ」

 いつもの調子の甘ったるい言い方。でも、やっぱり嫌味はないんだよね。伊織は思う。

 「調子が戻ってきましたね」

 あ!茜さん、先に言ったな!と悔しがる伊織もしっかり眺めつつ、部屋の中央に行く。

 

 部屋の真ん中に立つ。自分を池の真ん中に置く。そんなイメージ。

 真ん中から池の端まで、一回だけ、波を届ける。そんなイメージ。

 その波が何かに当たって返ってくる。形が届く。そんなイメージ。

 

 それを捉える。いた。レイだ。一人、地下にいる。


 場所は、災害備蓄庫。


 たった一人で、何も無いところで。じっと誰かを待っている。

 

 「やっぱりジョーカーは大事なところに起きたいよね。」

 すっかり取り繕うことをやめた茜が言う、いつの間にか二人をマナで繋いでいたようだ。

 「大事ですか?何にも無かったですよ?」

 全く逆のリアクションをする伊織。二人の掛け合いを見て面白くなるミカ。

 「まぁでも次行くとこは決まったやんね、行こか」


 外は相変わらずの霧雨だ、先の見通しが悪いが気にしない。進むしか無い、駆けるしかない。止まることはいつでも出来る。

 三人は顔を上げ、歩き出した。

連日投稿はここまでです、また書けたら投稿したいと思います。

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