◯出鱈目同士ではない二人
目の前の伊織に呼びかけ続けた。意味はないのかもしれない。意味はないけどもほかの手段も思いつかない。当然迷いは当然剣捌きや体術に隙を生む。伊織がそこを逃すわけがない。真正面から後ろ回し蹴りを受ける。効かせるというより飛ばすような、押し込むような蹴り。かろうじてガードに入れた腕がミシミシと音を鳴らす。吹き飛ばされる。
ボロボロにされて、ショート丈のジャケットも内側に着ているコンバットスーツも破れ、一部は肌を露出させている。
「なんでこんな事なってんやろ…」
伊織に聞かれる事もないだろうから、特に気を使うまでもなく独り言を漏らす。
ずいぶんと飛ばされたので、起き上がって周りを見る。
すぐ近くで、茜と千里がそれぞれレイをヴィルを介抱して、マリーが生体培養槽に寄り添っている、視線はこちらに向けているが、向こうから何かをしてくる様子は無いようだ。その中身はユリのようだ。
「わけがわからへん。」
これは、茜と千里に聞かれてはいけない思考。そういう立場だから。遠くから唸る伊織が、襲いかかってくる。
伊織の本気はこちらの手加減込みでなんとかなるものでもない。唸る伊織の二刀、マナで強化した身体で下手くそに躱し、ブレードで受け止める。体術は甘んじて受ける。こんな小さな身体にどこにそんな力があるのか。
「強いな、伊織ちゃんは。」
諦めに近い感情が出てくる。この状況から起死回生なんて浮かばない。ちょっと前に、彼女の純情の不意打ちを受けたから、とにかく、私に気付けばなんとかなるかという甘ったるい算段で呼びかけをしているが、やっぱりそんな簡単には何も起こらない。なんなら声は届かない。あの目隠しは耳も塞いでいるのだろうか?いつもの結んだ髪は解け、肩までかかるストレートの髪でよくわかんない。残念なことにそも目隠しだけを綺麗に切れるほど、自分の実力もあるわけではない。
そもそも今までの訓練や模擬戦で伊織に勝てたのは、マナで先読みするというズルをしてきただけであって、この怪人が用意したフィールドでは常にジャミングが発生して思うようにマナを使えない。
そうなると純粋な実力では伊織に対して、半端な覚悟で立ち向かえるわけがない。それでも、レイやヴィルに伊織を任せるわけにはいかなかった、任せてたら…その先は考えたくない。
「班長!」
茜が叫ぶ声がする。逃げろって行ったのに戻って来ちゃって。もう。この人もこの人で世話の焼ける。
「“敵”は沈黙した!やるなら今だ!」
沈黙って言ったってそこに、マリーがおるやん。あぁ、なんかむっちゃめんどいなって顔してる、あれか、もうこっちには興味ないんか。それはそれで腹立つが仕方ないか。
「ありがとう、茜ちゃん」
邪悪にも伊織ちゃんにも出来るってことは私にも出来はずよね。そう。
でもな。
「やるって言ったって何やんの!?」
我ながら間抜けなことを言ったと思う。わからない。
「そりゃ、伊織を取り押さえれば良いんだよ!」
はぁ?何言って…
あ、閃いてしまった。だからもっと早く気づけば良いのに、自分の脳みその遅さに辟易する。
マナでふんじばってしまえばいい。
「ナガイさんのパチモンと伊織ちゃんにも出来て、私が出来ないわけないよね!」
ジャミングはまだあるが、敵さんが沈黙してるなら遠慮はいらない。探知のマナの遠慮しない。
ただ、捕まえたあとどうする?そもそも捕まえられるか?
とにかく急いでマナを展開する、普段の倍くらいの厚さで、伊織と自分のいる空間を包む。まずはこれで先読みだ、それからなんとかすれば良い。と思った瞬間だった。
「あ!、がっあ!」
伊織が先ほどの唸りとは異なる様子でうめく。少しおかしい。
「あがああああああ!!」
喉を抑えて叫ぶ、そして吐く。黄色の液体を。これは、この色は奴等のマナ。
さらに伊織は身体にまとわりつく何かを振り払うかのように暴れる。おそらくミカのマナを嫌がっている。出鱈目に振り回した二刀が自身を傷つける。傷口から流れる血は。
「黄色」
また閃く。閃くというよりは爆発に近いものだった。もうこれ以上遅れてはいけない。
本当に、自分の頭の悪さに辟易する。むしろ嫌いになる。
手は使いたいから、背中からマナを出す。蜘蛛の足のように背中から8本のマナの糸を生やす。人の腕よりは少し細いくらいのそれは伊織の手足にそれぞれ2本づつ、足首、太もも、二の腕、手首。それぞれにまとわりつき拘束する。きつく縛りつけたので、伊織は二刀を地面に落とす。
「あー!あー!ああああ!!」
捕まってなるものか、と暴れる伊織をさらに無理やり押さえ込む。トドメと言わんばかりに1本を背中から前上に伸ばして額のあたりを巻き、抑える。伊織はさらに叫ぶ。
「伊織ちゃん。」
伊織の咆哮とは真逆で消え入りそうな声で呟き、ミカは伊織の目隠しを剥ぎ取る。
「ううううっ!うううっ!」
伊織の目は焦点が合ってない、どこを見ているのかわからない。そして、彼女の瞳も黒ではなく黄色になっていた。
閃きを通り越した。意識の爆発で気づいた点が確信に変わる。伊織は怪人たちのマナに囚われている。取り込んだ理由は先の邪悪との敗戦。彼女はまだ強くなりたいと思って受け入れてしまったのだろう。そこまでしなくても強いのに、こんなのにならなくても可愛いのに。彼女の好意に甘えてしまっていた自分がまた嫌いになる。
暴れる伊織はまるで自分を拒否するようだ。今更だろう。ただ、ただごめんなさいとしか言いようがない。思いついた策はこれしかない。両手で彼女の頭を固定する。
「堪忍な。」
ミカは自身の唇で伊織の口を塞ぐ。恐る恐るだったが、暴れる伊織と歯同士がぶつかる。気にしてられない。キスなんて人工呼吸の訓練で人形にしただけやわ。などという恥ずかしい過去を振り返る。マナで伊織の頭を抑えつける。頭は動かないが、それでも抵抗を試みる伊織はは暴れる舌でミカを追い出そうとする。舌が歯の間から入ってくる。
吐息が漏れる。しかし負けてはいられない。入って来た舌を噛み、傷つける。
傷ついた位置を舌で確認して、舌の切れ目からマナを直接注ぎ込む。溢れる血を押し返す。
伊織が二刀で傷をつけた傷口からはどくどくと黄色の血なのか、それ以上にドロドロしたものが流れ出る。その量はミカが流し込んだマナに比例する。
息継ぎで一瞬だけ口を離すが、両手で改めて伊織の顔を抑えつけて再度口付けをする。中から全部追い出してやる。伊織ちゃん、堪忍な。改めて謝罪しマナを注ぐ。
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レイの見た目をしたよくわかんないやつに勝つ、これで先輩からの注目度も爆上がりよ。とか舐めていた自分を後悔する。幾度と無く死は覚悟したことはあったが、ここまで自身が無力とは思わなかった。そして本当の本当に死ぬかと思った。レイぽいっていうだけで先輩はガタガタになるし、勝てると思ったらその20倍くらいは強かった。拘束して矢を撃った時は我ながらよくやったと思ったんだけどなぁ。もっと強くなりたいなぁ。先輩を支えきれるくらいにね。
だから、毒をくらわば皿までという言葉を聞いたことがある。なんだかわからないこの力を手に入れてみよう。何かできるかもしれない。
なんだかわからないけど、変な液体に包まれたところから出てみたら、和服を来た民間人とその使用人が、金髪の怪人に襲われているじゃないか。これはなんとかしなければ、自分がいまどうなっているがわからないが、そんなことより、この民間人を助けるんだ。まずは力試しといこうじゃないか。
気がつけば民間人は逃げたようだ、よしあとはこの金髪を、先輩を倒すだけだ!あれ?動けない!しまった、蔦だ、なんでこんなことに!動けない!強くなったはずなのに!なんで!怪人の顔が迫り来る、ダメ!ダメダメダメ!それは先輩にとってあるの!お願いやめて!!
あれ?先輩?あれ?あれ?あれあれあれあれあれあれ?なんで?なんでなんでなんでなんでなんで?なんで先輩と?なんで?嬉しいって、そうじゃない早く、離れて!いや!離れないで!いや!でも!いまじゃない!そう!!いまじゃないから!先輩!離れて!!今度は私からするから!!!!!お願いします!!
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「むぐぅ!むぅ!うう!んっ!!」
先ほどの凶暴な暴れる方とは程遠い暴れ方になった。とミカは実感する。恐る恐る目を開ける。目の前には見慣れた黒い瞳が驚愕と戸惑いと恥ずかしさとそしてちょっとした嬉しさをごちゃごちゃに混ぜた動きをしていた。それを見ただけで成功したと確信する。ちょっと嬉しくなって舌で、伊織の中を少し舐める。全部はまた今度にしよう。
「良かったわぁ、伊織ちゃん。調子はどう?」
ミカは精一杯の去勢を張っていう。
「あ、あの、その、あの、えっと、あ、ありがと、う、ございます。」
と顔を真っ赤にした伊織が答える。
嬉しさと安堵が押し寄せ、ミカはその場にへたり込んだ。




