◯出鱈目同士 その1
戒厳司令部。今回の反乱で急遽設置された反乱鎮圧のための司令部、今回は憲兵隊本部に設置された。その中に会議室に旅団01小隊長のアレックが呼ばれ、お供と共に立たされている。
憲兵隊隊長を始め、各師団長、軍全体を統括する参謀本部から参謀も派遣されている。反乱自体は、昨晩の日付が変わる前には終息宣言が出されている。ことここにおいては残務処理であり、その話題の一つが、旅団の取り扱いであった。総括班全員行方不明、04小隊長も、03小隊については、副隊長が二名とも消息不明であった。
規則に基けば、旅団の指揮運用はいまここにいる01小隊長が代行することになっているが。それ以外の旅団の指導体制が崩壊しているので再編の要に迫られている。
「身も蓋もないことを言うが、行方不明者の捜索をしないと言うのは軍の体裁上よろしくないので、最低限でやってくれたまえ。崩壊した災害備蓄庫を全部掘り返す余力もないのでね。」
参謀の一人がそう言う。
「すでに04小隊の二名が出動しています。」
アレックが答える。戒厳司令部は待機命令を出していたが平然とそれを無視したことを告白する。それは誰も咎めない。それが当たり前という態度だ。
「あてはあるのかな。」
「わかりません。災害備蓄庫ではなく、郊外へ出ました。それ以上増援等を出す予定もありません。」
じゃああれだな、もう戦死だろうな。と誰かが呟く。皆が頷く。
「単体同士ではまぁ怪人も勝ち目はないだろうが、手負いと人質がいれば彼女らもやりようがあるだろう。まぁそれよりもだ。ずいぶんとマナが減ってしまったな。災害備蓄庫でずいぶんと無駄に使ったそうだな。」
参謀の一人が目を小隊長の後ろに立つ女性に声をかける。
赤茶色のミドルヘア、纏う服装は04小隊のそれ。知っている人が言うならばそれはレイの姿だった。
「そうだな、ずいぶんと手こずってしまったよ。それでも10人分だろうかね。」
ただその女性の姿から発せられる声は壮年の男性の声。聞く人は聞けばそれはナガイの声。違和感しかない現実だか誰も動じることなく、さも当然と言う理解のもと話は進む。
「03小隊から何人出せる?」
アレックがナガイに聞く。
「どうだろうな、誰でもいいよ。その分補充してくれれば。」
「木原、中村の後任は?」
「要らないな。」
一拍おく。
「私は副隊長なんか置かないからな。」
その声は女性の声になっていた。
「では正式に下令する。」
参謀が言う。
「本日を持って総括班及び04小隊は一時任務停止。旅団の指揮権は規則通り01小隊長が引き継ぎ、04小隊長は03小隊長へ転属。04小隊隊員達は01小隊に編入し引き続き総括班の捜索を行うこと。」
以上、と言い終えた参謀に対しアレックが確認する。
「朔望団の筆頭はどうしますか?」
命を出した参謀が取るに足らない話とでも言うように、目も合わせずに言う。
「朔望団の筆頭、和泉は死んでいると言う認識だ。顔の判別が不可能だが死体もあることになっている。」
改めて言う必要もないだろうとでも言うように、以上。と言って話を終える。
会議が終わり一礼をして部屋を出る。二人は周りには誰もいない廊下を歩く。
「どうだ、マナを使える感覚というのは。」
靴の音が響く廊下を歩く、アレックとナガイ。
悪くないだろう。とアレックはニヤついている。
「そうだな。」
目も合わせずに、返すナガイ。
「死んだおじさんがマナ使いの最強戦士に転生する。良いストーリーだな。これでお前もこちら側だ。」
元のナガイとはかなり年齢が離れているアレック。その彼の方が当然だが年次も年齢も低いい、ただそれでも不遜な態度で、そう言ったことをお構いなしにマナ有りと無しの間にある完全な分断の意識を丸出しで、とても不躾に手を差し出すアレック。
その手を一瞥してナガイは差し出された手を握る。
「引き続きよろしく頼む。」
アレックはずいぶんと笑顔だった。
「その笑顔のところ悪いんだが。」
ナガイがその笑顔に水を刺すような言葉を挟む。
「たぶん総括とレイは、戻って来るぞ。」
アレックが真顔になる。冷たい視線をナガイに送る。
「彼女達の正義感にはみんな迷惑しているんだ。」
アレックは手を離し歩き出す。
「その時は僕が始末する。マナなしなんて全員いなくなれば良いんですよ。その方がスッキリするし、それに肩入れなんかするからおかしくなる。」
だから、と前置きしてもう一度言う。
「僕が始末する。」
---
ユリの獲物を狩るような目つきをみて、茜は少し訝しんだ。何故そのような目つきをしたのだろうかと、だがその答えは、聞き間違いかと思った小さな銃声と、それを受けて弾け飛んだマリーの姿を見た理解した。
やはり彼女たちは敵だったのかもしれないと。
「レイ!あなたの隊員でしょう!いきなり前回もそうだけどいきなり撃つなんて失礼じゃない!?」
レイは目も合わせずにいう。
「だからだよ、だから私は隊員を信じるんだ。」
ブレードを引き抜きユリに襲いかかる。その一刀は片手で受け止められる。ミカも一歩遅れて切り掛かる。
「茜ちゃん!逃げぇ!はよ!」
言われなくてもわかっている。ここで一番足手纏いなのは自分であると。脇目も降らず外に飛び出す。庭を駆け抜け、奥の茂みに飛びこんだ。その際に茜はハッとして振り返る、伊織の安否を確認する。
「マジか。なんだアレは。」
伊織がいたところには蔦で作ったベットとか言う生やさしいものではなく。植物でできた生体培養層がそこに鎮座していた。
---
ヴィルと千里を載せた車がそれなりに走った後、そいつはすぐに使えなくなった、いくつかのメーターの表示がおかしくなったのと、車が走れるような平坦な道はなくなったからだ。二人は早々に車で進むことを諦めて、ヒトガタの勢力圏の特徴でもある神社の裏手にある林のような、それでも溢れる生命力は熱帯雨林のジャングルのような、違和感を強く感じるあたり一面緑色の空間を進む。
湿った大地を踏み締めてしばらく経った後、苔の量が多くなってきた。ヴィルだけがわかる。レイの気配が少し濃くなった。それに加えて、全身を違和感が包む。明らかに何か特殊なガスのような、ただ気体というより目に見えない粒子のようなものだった。肌で感じる強烈な違和感。自分が身につけている各種の装備を確認する、無線、通信機、タブレット、全て不通。こういう時はクラシカルな腕時計だ。確認する。おかしい。あり得ない時間を指している。
「千里いま何時かわかる?」
ぼやっと聞いてみる。
「え?何聞いてんの?朝9時じゃない?」
なに?腕時計忘れたのぉ。これだから、オペレーターに任せなさいよ!などと言っているが、その時間はまだ首都にいただろうに、やはりこの辺りで出てている何かが機械も人の感覚も狂わせている。レイやミカもこんな単純なものにかかるとは思えないが、昨晩の戦闘で疲弊していたらそういう可能性もあるのかもしれない。
「そう。じゃあここから首都ってどれくらい?」
自分だけが狂っている可能性も考慮して、自分の中で絶対の自信のある距離について聞く。
「オペレーターに任せなさいよ、ざっと60キロってところね。」
本気かと思い、ヴィルは千里を見つめる。千里は何?私の顔に何かついてる?と少しだけ、ほんの少しだけ焦点が合わない目をして答える。
実際はその半分も行っていない。確かにヒトガタの生活圏はその距離以上のところまでいかないと発生し得ないが、今は違う。この首都近郊は明らかに敵の勢力圏だ。
そう。とだけ千里に言う。顔を前に向けて歩く。いま自分の顔を見られるわけにはいかない。何故なら絶対にニヤついているからだ。愉悦しい。
千里は意気揚々と出て来たのに、こんなにさっぱりと敵の手に引っかかる。それは彼女の無鉄砲さの現れでしかないが、これで自分のスイッチが入った。狩りを、これから始めよう。やっぱりついてくると楽しいことがある。いいことだと思う。この狩りは何を狩れば良いのかな。まぁ、全部か。
「ほら、ここに足跡と何かを引きずっている跡がある。千里はこれを追って。迷ったり見失ったりしたら、顔上げてよく見て、折れた枝や、不自然に開いた茂みがあるだろうから。罠じゃない、大丈夫。それはレイがつけた気配の証だから、よく探して。万が一銃声が聞こえたら銃声が聞こえた方に百歩進んでそれから考えて、それよりも近寄ると私に近づきすぎるから敵に見つかる。良いね。」
そう言って送り出す。納得がいかない顔をしているが仕方ない。怪人二人に対して、私と千里では圧倒的に私がハンデを背負う。かと言って先に送り出して囮に使うわけにもいかない。
レイやミカを連れてくるために怪人たちが偽装して遠回りしたルートを歩くだけだから。そう、要は私に残された制限時間はそれまでだ。
時刻的にはもう、昼に差し掛かろうかという感覚。しかし時計は遅めの朝食を取るような時間を示している。
日の光の入り方も、それに近い、自分が狂っているように思えるが、森自体がそのように擬態している。出鱈目が過ぎる。
一心にレイの気配だけを吟味して追いかける。ただいろんな気配が混じっている、ミカ、茜、知らない匂いが一人と一つ、男性と植物。伊織の気配はずいぶんと意識しないとわからない。彼女の気配がどんどん植物のそれに置き換わっている気がする。きっとさっき見た何かを引きずった後がそれなのだろう。事態はそんなに芳しくはなさそうだ。
意識のレベルを一段上げる。自分はこの森に住む動物の一種。そう思い込み擬態していく。先を急ぐ。足音と立てず、落ちてる枯れ枝一つ踏まず。
ただ本音を言うと、皆を心配して急ぐわけじゃない。大きく息を吸う、空気だけでなく、気配を取り込んでいく。息を吐く、戻る空気を、気配を反芻する。だからこそわかる。
これだよ。この気配。先の戦いで倒したはずの怪人二人。良い香りだ。置き換わったわけじゃなく、私たちがつけた傷の匂いまでする。この気配、香り、匂い。これが私をニヤつかせる。少し嬉しかった。
ニヤついた自分に意識を戻すと、また別の匂いがした。この森の中でとても無相応な市販品の食事の匂い。近いが、そうは言っても千里が辿り着くには相当の時間がある。あり得るストーリーを全て構築し、愛銃に込める弾を歩きながら吟味する。この茂みを抜けると目的地だろう。茂みのなから慎重に目を向ける。遠くに小さな平家の一軒家が見える。しかし全て緑色。違和感しかないから分かりやすい。
ふーん。ここまで凝るのか。伊達も酔狂もここまで来れば出鱈目だな。
周囲の状況を確認してから。愛銃のスコープを覗く。
家の中には怪人二人。それにに向かい合うレイとミカ、そして茜と見知らぬ男性。そして、怪人の後ろに横たわる何か、目は隠されて、仰々しい揺籠のような、生体培養槽に横たわる総括班を象徴する白ジャケット。
伊織か。
しかし彼女の気配はほぼ怪人のそれに近い、増大したのは彼女の悲壮感だ。そして気配は動物としての何かはあまり感じられない。これは厄介だ。いまここで撃ってしまった方が良いのではないかと言う邪な思いが浮かぶ。
それは所謂介錯だが、そんな無粋なことはしたくない。万が一、億が一、彼女があっち側に行ったならば、それは私が狩れば良い。それが良い。ゾクゾクする。
銃の準備が整った。次は自分の身体の番だ。射撃前のルーティンに入る。
肺の中の息を全て吐き、一度空気を入れ替える。整える。息を軽く吸い、止める。
狙撃の瞬間は良い。ゾクゾクする。狙撃対象の意識を、日常を、破壊する背徳感と、それを自分のこの指が作り出す、後には戻れない緊張感。そしてその初撃は必ず当てなければならない。でないと最高の効用を得られない。一発の銃弾で最大限の効用を得る。それら全ての責任はいまこの指先に乗る。たまらない。
ミカが激昂して立ち上がる。レイが制す。多分、気のせいだと思うけど、ご主人様であるレイがこちらを見た気がする。猟犬としては応えないといけない。良いね。最高だ。このプレッシャーだ。外すことは許されない。
怪人の一人、ユリをみる。その怪人の目がこちらを見た。目が合った。向こうも捕食者の目をする。ただ違うのは、彼女はほんとにお上品ということだ。
バレた。
引き金を引いた。
残念。慌ててはない。狙いは別の彼女。彼女はいま自分のご主人の挙動に意識が行ってる。最高のタイミングだ。でも信じてる。あなたはこれでも死なないよね。
これで皆の目が覚める。
それは置いておいて。
さぁ。私の。狩りの時間だ。
---
「レイ!あなたの隊員でしょう!いきなり前回もそうだけどいきなり撃つなんて失礼じゃない!?」
レイは目も合わせずにいう。
「だからだよ、だから私は隊員を信じるんだ。」
ブレードを引き抜きユリに襲いかかる。その一刀は片手で受け止められる。ミカも一歩遅れて切り掛かる。
「茜ちゃん!逃げぇ!はよ!」
レイもミカもブレードを抜き切りかかる。レイはユリに、ミカは伊織に。
「起きなさい!マリー!流石に多勢に無勢よ!」
「もううるさいわ!返せ!伊織ちゃんを!」
吹き飛ばされたマリーへユリが叫び、ミカは溜まったフラストレーションをユリにぶつける。ユリはマリーと伊織の前には蔦の防壁を作る。壁をぶち破らんとヴィルの銃弾が何発か入る。ヴィルの狙いは伊織の拘束を解くことのようだ。強力な弾が貫通はしないが、壁が抉れ、弾け飛ぶ。弾け飛んだ破片から目を守るためにミカが顔を庇う。ちょっとした隙になった。
ユリは顔の前でレイのブレードを左手で受け止めて彼女を静止させる。レイの立っている床の右足側だけ、5センチ下げる。レイはバランスを崩しブレードがユリの手から離れる。ユリは視界の端にいたミカに向けて右手から太い蔦を出す。蔦はミカを捉え、改めて植物の防壁を切りかかろうとするミカを右側面から吹き飛ばす。それとほぼ同時進行で左足を右足の前に持っていき、右足をその後ろに滑らせる。
蔦の射出と反動でユリの回転は速度を上げ、レイに対し背中を向ける格好になる。足の位置が揃った瞬間から右足を後ろに蹴り上げる。下から蹴り上げるバックスピンキック。着物が翻る。その大ぶりな蹴りが風を切りレイの顔面に迫る。それに対しレイはその軌道上に右腕を置く。いじらしいことにインパクトの位置をずらそうとする。レイの前腕とユリの足がぶつかる。インパクトがずれたことにより威力は半減した。しかし、ユリは構わず足を押し込こんでレイの動きを止める。そこから足をずらして回転する。
これが本命の一撃。それは一拍遅れての追撃。蔦になったユリの右手が身体の大外側を回り、レイの上段を捉える。レイはかろうじて左手に持ったブレードを持ち上げ交差する形でガードする。顔の前で受けるが受けきれない。レイも吹き飛ばされる。一回目の攻防が終わる。
「ざまぁないわね。」
そう吐き捨てて、倒れているマリーに歩みよる。縁側と部屋の間に防壁を作り直す。これであの小賢しい狙撃は防げるし、我々が作ったの棲家でのニ対ニだ。
ここでようやく、マリーは目を開ける。顔に銃弾が当たったはずなのだが、彼女の顔に傷はない。よく見ると、彼女の右手は砕けている。彼女も咄嗟に射撃に気付き自分の顔を守ったようだ。
ただ、衝撃は逃しきれなかったので、気絶している。抱き上げようとしたら目が合った。
「すいません、お嬢様。」
半分ユリを押し退けるように、立ち上がる。砕けた手は蔦で仮の手を作る、その手を握ったり開いたりして動きを確認する。
向かう合う二人、一拍の間、抱き合うようにお互いの後頭部に手を回す。そこにはレイとミカのブレードが迫っていた。違いの後頭部でそれぞれ片手でブレードを白羽どりする。
「出鱈目だな。」
レイがぼやく。蔦が爆ぜる気配を感じ、ミカとレイが後ろに飛ぶ。予想通り蔦が弾け何本もの蔦がレイとミカがいた空間を串刺しにする。
「私たちから見たら、あなたたちもずいぶんと出鱈目よ。」
ユリが、ため息混じりに言う。
「マナ持ちなんて大体出鱈目ばかりなのよ。持たざるものの気も知らないで!」
ユリが叫び、自身の刀で、生体培養槽を切る。
「少し早いけど、出鱈目と出鱈目の掛け合わせよ!せっかくだもの!見せてあげるわ!」
生体培養槽から、黄色い液体が流れ出る。伊織が受け身も取らずに川に流された人形にように流れ出る。ポニーテールは解け、髪が無造作に顔に張り付いている。衣服も同様に濡れている。
ミカが駆け寄ろうとするが、レイが叫ぶ。
「やめろ!」
その声にミカがビクッと止まる。ミカの直前を伊織のブレードが通過する。レイの大声と伊織に斬られそうなったというショックでミカが固まる。嘘やろ、と小さく呟く。
型など関係なく振り抜いたままの体勢で止まっている伊織だったが、ガクガク震え出し、胸を押さえて膝をつく。先ほど自分が流れ出た液体と同じ色の水を吐き出す、彼女の嘔吐する音だけはが響く。
「伊織ちゃん!」
ミカが再度駆け寄ろうとするが、伊織がまたブレードを振り回す。そしてまた吐く。まるで拒絶するように。ミカは引き攣った顔でユリとマリーに叫ぶ。
「お前ら!何をした!」
ユリは勝ち誇ったような顔でいう。
「絆創膏を貼っただけよ、彼女自身の強くなりたいって言う意思がちょっと強かっただけじゃない?」
ユリの言葉を聞くように、ふらふらと伊織が立ち上がり、彼女たちを庇うように、ミカと正体する。
「私たちを助けてくれるみたいよ。」
その続きは聞き取れなかった。伊織が咆哮をあげ、ミカに切り掛かる。
彼女の二刀がうなりをあげる。右へ振りかぶって、ミカから見れば左から右へ、振り下ろす。受け止めて動きを止めようかと思ったが、質量が明らかにおかしいことを察知して後ろに飛ぶ。遠くへ跳ねたので間合いが開く、それを見た伊織は踵を返して、今度はレイを見据える。彼女は目隠しをしているが、確実に見えている。
「あらぁ、一人で二人を相手してくれる見たいよ。」
よいしょっとわざとらしく言い、その場に座る。
「せっかくだから見せてもらいましょうかね。」
言い終わると同時に伊織が切り掛かる。レイとの間合いは遠いが弓を引いて穿つ。当たるわけもないが躱わすことでレイの動きを止める。そして近づいてから斬撃を見舞う。先ほどと同じ、右に大きく振りかぶって、同じ方向からの横薙ぎ。レイはブレードで受け止めるが、尋常ならざる質量に押し負ける。吹き飛ばされて、防壁に背中から当たる。そこに伊織自身が飛び蹴りを見舞う。ブレードの側面で受けるが、ブレードなのか骨なのかが軋む音がする。そしてそのまま防壁をぶち破り、レイは外に投げ出される。空いた隙間から狙撃が入るが、伊織の顔の前で銃弾が弾け飛んだ。伊織自身は何もしていない。床から生えた蔦が伊織を守っている。続け様に銃弾が迫るが、悉く蔦が砕く。
「反則だもの、これくらいは。ねぇ。」
ユリは片手を床につけて蔦を操っているようだ。レイが入ってくる前に空いた穴を閉める。
「伊織ちゃん!」
ミカは叫ぶ、しかし伊織は答えない。佇んだままだ、構わず狙撃がくる。一定のリズムで、蔦が銃弾を砕くという景色。
「伊織ちゃん!」
改めて叫ぶ、彼女は敵だ。解けて濡れた髪、考えが読めない目隠し、言葉にならない唸り声。
ミカが握るブレードが震えている。迷っていること自覚する。私が伊織と戦う。でも私しか伊織ちゃんを助けられる気がしない。私がやらなきゃ、レイとヴィルが代わりに戦って最悪の結末になる。迷っている暇はない、迷わないと決めたはずだがやっぱり自分は弱い。しかしそう言ってはいられない。やり方もわからない、でもとにかくやるしかない。
震えを抑え、ブレードの柄を握り直す。
「私が相手や!」
目ではないが何かが合った気がした。伊織の顔がこちらを向け彼女は決意を固めたように咆哮をあげ突っ込んでくる。
「純情っていいものよねぇ。」
ねぇ、マリー。と隣に控えるマリーに投げかける。BGMは伊織の咆哮と必死に呼びかけるミカの叫び声、そしてブレード同士の当たる音。砕ける植物の家具や床。植物が弾ける湿っぽい破裂音。匂いは植物の青臭い匂い。
「私は、ああなっても、お嬢様に刃を向けることはしません。」
一緒にするな、とでもいうような言い方。
「そうね、私もよ。」
ねぇ、マリーと呼ぶ。どうしましたかお嬢様、と答えるマリー。
「あなたの愛は届いているわ。」
恥ずかしくなって目も合わせずに言う。そして誤魔化すように言う。
「あのヴィルってやつも来てるみたいじゃない。いちいちうざったいのよね、せっかくだからやり返してきたらどう?」
こっちは大丈夫だからと、目も合わせずに言うユリの顔を覗きこむマリー。
「ありがとうございます。せっかくですので、終わりましたら、改めて愛を語りましょう。」
一礼して、駆け出す。防壁を内側からぶち破り、レイの斬撃を躱し、駆けていく。
遅れてレイに切り掛かるユリ。
「家の中でズルしようと思ったんだけど!」
ブレードと刀の鍔迫り合い、熱源刀であるブレードとユリから生まれる植物が再生しながら沸騰する断末魔と溶けた液体の粒が顔を焦がす。お互いに気にしない。
「性に合わないわ!純粋に殺し合いましょう!」
ねぇ!と言って、肩でレイを押し退ける。空いた空間で交差する刀とブレード。
「やっぱり楽しいわ!貴方は上手だもの!」
ユリは恍惚の表情だ。純粋に楽しいのだろう。攻撃の手を緩めない。レイの顔に焦りが見える。
「やっと歪んだわね!いっつも澄ましてばかりで!一回ぐらい人間らしい顔して見なさいよ!」
人智の理解を超えた出鱈目な戦法、振りかぶってからの斬撃は重い、勢いや体勢を度外視して、空振れば、そのまま逆再生のような追撃、受ければ逆手で殴りかかる。手を振りかぶったはずなのに、足払い。こちらの攻撃をそり返って躱わすが、蔦が支え、復帰を早める。
「ズルしないんじゃないのか。」
レイは精一杯の皮肉を返す。
「マナを使ってる時点でそっちがズルよ!」
意にも介さない物言いで殴りかかる。拳を躱すがユリの着物の袖が硬化しており、想定より倍の距離を避けないといけない。
目線を切ろうものなら、翻った着物で目隠しされ、それを切り裂くように斬撃が来る。メンタルが攻撃しかないから余計息つく暇がない。前回ほど型に拘ってすらない。これが本気か。
「出鱈目だな。」
口から小さく漏れるが、あざとく聞かれていたようだ。ユリが激昂する。
「出鱈目なのはマナ持ちそっちだって言ってんでしょうが!」
しまった。そう思っても遅かった。ここに来て正拳。しかも型通りの、本当に一直線の、基本的な正拳突き。レイの持ちうる全ての防御と回避の隙間を縫って、うなりをあげて迫り来るユリの拳。
しまった。そう思っても遅かった、ユリの右手はレイの左顎を捉え、撃ち抜く。吹き飛ばされるわけでもなく、首から下の感覚が遮断され、体温が5度下がった感覚になる。景色はまだ認識しているが身体が言うことを聞かない。崩れる身体、その身体がどう崩れているかはわからない。ただ猛スピードで迫り来る地面、耳から聞こえる風切り音。そしてこの速度だとこれくらいで地面に当たるかなという予想。そしてその通り、地面と頭が衝突する。
いわゆるノックダウン、または一本。崩れ落ちるレイを見ながら彼女が地面に倒れるのとほぼ同時に。
「よしっ。」
ユリは小さくガッツポーズをする。
勝った。初めてマナ持ちに勝った、小さな高揚感に支配される。見てた!?マリー!っと呼ぼうにも彼女はいない、送り出したことを少しだけ後悔する。さっきちょっと可愛いこと言った手前余計である。そして足元にいる崩れ落ちたレイを見やる。
優越感。
それが今、ユリを支配していた。そしてレイを殺すのは惜しい。1勝1敗と言うことにしてあげようかな。ギャラリーもいない中で殺すのは惜しい気がする。
「でもまぁ。勝ったから。嬉しい」
わ。とまでは言えなかった、背中を軽くトンと叩かれた気分。そして気がついたら、自分の胸から生える刃。ブレードではなかった。そして感じる汚い獣の香り。
「がっ、は、」
血と共に息がでる。言葉は出ない。ヴィル。と呼びかけたかったが。無常にも突き出した刃はその場で一回転する、肺、肋骨、そして心臓を抉る。密着されすぎて身動きが取れない。刃が自分の中に入っていき、そして抜ける。
力が入らず崩れ落ちる、完全に気配にも気づかなかった。
悔しい。悔しい。悔しい。また。後ろからだった、油断した。誰も何も見えないけど手を伸ばす。
「真理、助けて。」
そう言ったはずだが、血と共に出るだけだった。意識が少し遠くなっていった。
---
きっかけは祖父母の代だった、マナが発見され、世界がじわじわと変容して言った。
いわゆる高家という地位にいた我々は、ジリ貧であった。
変化には気づいていたが、先人たち(と言っても顔も名前も知っているが)は有効な手立てを打てたわけでもなかった。自分たちが成人する頃には取り返しのつかないところに堕ちていた。
人としての品位を忘れてはいけない。時代が変わったとしても、人としての普遍的価値は変わらない。
祖父母、両親からの教えだった。私はそれに従った。
古から良いとされるものを取り入れて、自分の糧とした。真里も一緒に付き従ってくれた。彼女は、人類の中でも最早絶滅危惧種。さらにその最後と言っても過言ではない、いわゆる使用人として最後の一人であった。
彼女には選択肢がなかったわけではない、むしろ、その別の選択肢を選んで欲しかった部分もあったが
「伊達と酔狂です。お嬢様にお支えするのが、私にとっての伊達と酔狂です。」
自分達もジリ貧で有効打を打てず、ただ過去の積み上げに頼り足掻くだけ。突如発生したマナに対応できず、持たざる者として伊達と酔狂で高家の誇りを保っているだけ。一緒のようなものか。
嬉しかった。
結局、革新的なことが出来るわけもなく、高家の人間として受け継ぐべき素養、教養を高めることに邁進した。時代が変わったとしても、人としての普遍的価値は変わらない。そのはずはずだった、世の変化は、その価値基準すら変容させてしまった。なんだかよくわからないが、マナというのが全てであるらしい。
高家のお嬢様が軍に入る、ここまで堕ちたものだ。と聞こえない陰口を叩かれるなか、訓練学校を卒業し、配属されたのは、同じマナを持たない者たちの集積場、03小隊だった。
小隊長はずいぶんと覇気のない人間だった。ただ、燻んだ瞳の奥にはなにか大きなモノが蠢いている。そんな気配を感じた気がしたが、くたびれた小隊長は私たちを一瞥してから話し始めた。
「転属の希望はあるか?」
小隊長室に新兵が順に呼ばれて軽く挨拶をする。意外にもちゃんとしてるじゃないか、というちょっとした期待は、そのマネジメントとは程遠い台詞吹き飛ばされた。初対面で聞く話でないが、とナガイは投げやりに、こちらも見ずに続ける。
「家の事情など色々聞いているが、損耗率の高い我が小隊では目指すところに辿り着く前に死んでしまうぞ。」
やっぱりちゃんとしている?面倒を避けるため?小隊長から発せられる言葉に思考が追いつかない。任期を全うしその後考えます、とありきたりの返事をして小隊長室を後にした。
03小隊は、マナがない人のための部隊であった、正確にはマナがなくても戦える手段を構築するための部隊だった。そのため小隊と名を冠しているが、なんだかんだ中隊クラスの陣容になっていた。皆漏れなくマナを持っていない。
マナは、人間だけでなく植物や動物にも作用し、様々な変異が各地で発生し、人間を襲う事態になっていた。積極的に襲うわけではないが、何かしらのバランスが崩れた時、まるで洪水のように人間に対しての脅威となる。
人の形をした歪なモノに対して、マナを利用した武装が有用ではあった。だが、持たざるものとして同じ戦場にいない理由にはならない、ただでさえマナがもの言う価値観の中、自分達も何かしらに貢献し、存在を証明せねばならなかった。要は戦わない選択肢はなかった。
「人の形をしているから、つい人の間合いで戦ってしまうがそうではない。」
「逆に人の形をているから、使える手もある。重心などがいい例だ。」
「考えろ、考えるのをやめたら、死が待っている。」
「常識はいつでもひっくり返る、その時に立ち止まってしまったら、意味がない。」
03小隊の上官に教わった心構えだ、その上官は昔、ナガイ隊長に教わったらしい。
入隊して何回目かの桜の季節、親戚からの知らせで、老齢の両親が施設で亡くなったこと知った。屋敷等も全て処分されたとの事だ、いわゆるお家断絶だった。中世ならここからお家復興だとかに邁進する物語が始まるのだろうが、ある程度覚悟していた事なので、心が大きく動くことはなかった。任務の合間に墓参りを済ませ、屋敷の跡地へ向かった。屋敷はもう植物に侵されていた。まるで神社の森のようだった。なぜかとても落ち着いた気持ちになった。真里は相変わらずついて来てくれている。前回と同じだった。
「伊達と酔狂です。お嬢様にお支えするのが、私にとっての伊達と酔狂です。」
本心ではどうなのかを疑って何回か口論になったが、これが真里の生き方なのだろう。新しい発見はついぞなかった。その後も任務の際にはお互いを庇い合い、生きて行くだけだった。
しかし、何かきっかけがあれば変われるだろうと、根拠のない楽観だけはずっと持ち続けていた。
「君らのような強い人間はうちの小隊でなくとも、生きているからな」
数日の暇の後、隊に復帰し、小隊長室に挨拶へ行った。
「きっかけ一つで立ち直れる、そういう強さは、後から身につけられないしな」
そうか、そろそろ任期が終わるのか、ふと思い出した。これからどうしよう、真里も何かしたいことあるんだろうか。
「でも、すまないが、どうも私は魔が刺してしまったようだ。」
油断した。
後頭部を殴られる、転倒する。
視界の端に真理と上官を捉える。真理が同じ目に遭っている。真理がこちらに手を伸ばす。
届かない。
ごめんなさい。口には出せず、目があった上官に銃座で殴られ、意識を失った。




