◯一晩明けて
寝起きというのはどうしても無防備だ、あれ?なんでここにいるだっけ?ここどこだっけ?という自問自答してから昨日の出来事を噛み締める。人というのは都合の良い生き物で、昨日の出来事のうち印象的な部分しか残っていない。細部のディテールは朧げになる。特に寝る前のことについては。
全く見慣れない囲炉裏のようなもの、新緑の緑で彩られた和風の家。そして自分の頭を支える、柔らかさのある、暖かい何か。これはたぶん誰かに膝枕をされている。とても恥ずかしい。
「きゃっ。」
なんという悲鳴だろうか、ほんとの今際の際に不意打ちで死ぬなら、たぶんこんな声を出してしまうんじゃないかと自分に対して情けなくなる。恥ずかしさで死ぬ前に、恐る恐る顔を上向ける。
何がとは言えないが怖くて目が開けれない。できればその人は起きていてほしくはない、そんな自身を膝枕してくれている人に対して失礼な感情を向ける。レイか茜か。出来ればレイじゃない方が良い。たぶん、なんとなく気が楽な気はする。意を決して目を開く。
「きゃっ。」
二回目だ。もう死にたい、レイだった。しっかりと目が合った。レイだった。最初の悲鳴の時点でわかっていたのだが、一縷の望みを託した自分が馬鹿だった。
「お、おはよーさん。ありがとうなぁ。」
精一杯の強がりで挨拶をする。レイはずいぶん優しい顔で頭を撫でてくる。
「おはよう、ミカ。」
目が合う、顔の温度が上がる。こんな簡単な挨拶自体いつぶりだろうか、確か訓練学校以来じゃないか。と思い出す。少し見つめ合うレイとミカ。
「あらーーー!!ずるいわぁぁ!」
あ、そうか、と二人は意識を戻す。ユリが起きて騒いでいる。こちらに寄ってこようとするユリをマリーが抑えている。
「お嬢様、ダメです。」
羽交締めに近い状況でマリーがユリを引きずっていく、どうやら朝食の準備をするようだ。
「なんでぇよぉ。レイぃ。私にも言ってよぉ。」
と、ユリの残滓だけ残る部屋で皆が起きて座り直す。伊織はまだ意識がない。ただずいぶん血色は良さそうだ。
「えっと、まぁあれだな、昨日寝る直前のことは覚えているか?」
顔を真っ赤にしたミカに対して和泉が投げかける。ミカは大きく何回か頷く。
「なんか、レイちゃんとユリの馴れ初めとかいう話やったね。」
自分で言って思い出してムスッとする、ずいぶんと顔が忙しいやつだなと、側から見ていた和泉は思う。でもまぁ年相応かと思い直し納得する。そして横から説明する。
「それはなんというか、結論から言うと、ナガイが死んだあの騒動以外なんでもなかったから。君は特段知らなくても良い話だったな、と言うか知っている話だと思う。」
それを聞いて、ミカはレイをじっと見る。
「和泉さんも馴れ初めやないって言うの?まぁ、せやったらほんまかもしれんね。」
茜ちゃん、と呼びかける。呼ばれた茜は少し複雑な顔をしている。
「茜ちゃんもそうなん?」
はい。とだけ答える茜。実は茜の関心は別のところに向いている。
「ふーん、せやったらええよ別に。ユリの勘違いってことでええんやね。」
ミカが頑なにちゃんづけしないというのは、ずいぶんな敵意の現れだろうと意識の片隅で再認識する茜であった。
「補足ですが、レイさんのブレードとユリの蔦をから私のマナを使って皆に見てもらいました。後ほど繋いで貰えればわかります。」
そう。とだけ言って、ミカは他に確認すべきことを列挙する。伊織の容体、茜のマナの投影方法。そして、昨日のレイの形をしたナガイの残留思念の話。
「それについては、私がちゃんと報告する。」
昨日の宣言通りレイが話す。ミカと繋がる前でよかったと、少し安堵する茜。ブレードから取った情報と真偽の確認も出来るから、自分にとってはとても好都合だ。助かった。レイと目が合う。バレてるか。それはそうか。うん。
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憲兵本部から直接連絡があって、K市にあるナガイのアジト、ユリ達が棲家と称していたあそこについて、単独で再調査せよという命令があった。
ミカを通さず憲兵隊から直接という命令、正確には捜査依頼と言うが、それについては拒否権もないし、使い勝手の良い04小隊には、よくある事なので特に報告せず赴く事にした。時間は、一昨日の午後になる。
「…」
バイクを走らせ現地に着いたレイは特に言葉を発せず、中に入っていく。ナガイの戦死以降何人もここの調査を行っているので何を今さらと、千里が聞いたらブツクサ文句を言うだろうが、拒否権があるものではないので黙って進んでいく。
「その指令を出した憲兵ってわかるのか?」
話の途中だが、和泉が聞く、彼の意図はおそらく、憲兵隊にいる内通者の機転だったのではないかという事だ。反乱を起こすにあたって戦力が分散されていた事になるからだ。しかしレイが答えた人物は和泉とは関係ない者だった。
「ってことは、本当にたまたま調査行かせたか、03小隊側でレイちゃんを狙っていたか。でもなんでやろ?レイちゃんは命令には忠実やから変なことせんでもええのにな。」
ミカも感想を述べる、ただ一つズレている部分があるとすれば、たぶん。
「おそらくレイは、命名より班長を取る場合が多いですから、厄介払いといえばそうじゃないですかね。」
そういう時は見境ないですよ。と念押しする。またミカの顔が赤くなる。少し手がもじもじしている気がするが、レイは気にせず話を進める。
何人もの人間が出入りした結果、棲家の中の植物もずいぶんと踏み荒らさせれて、いくつかの獣道ができている。
建前上の指令は、生体培養槽の確認だ。すでに別の調査隊によって発見されているが、どうも数が合わないらしい。確かに先にここに来たことのある千里曰く、古ぼけた施設でとてもとても何かが稼働していたようには思えないとのことだ。それならもっと大掛かりに人数をかけてやれば良いものを、と千里でなくとも思うレイであった。
なんの気配のしない建物をしらみつぶしに探す。自分単独で任につけた理由で真っ先に浮かぶのはヒトガタとの戦闘になる可能性だが、それもない。街自体は先の騒動で植物に覆われているが、ヒトガタはいない、帰ってくる人間もいるのか一時避難という名目で避難させたが、その一時がいつまでなのかは、分からない。
いつも通り、一人、そんな気がした。
獣道はあえて外す、ただ面倒なのでブレードを振り回し蔦や草木を切り払う。ひとフロア終わった後に感じる無駄。絶望的な量。これでは埒があかない。
少し考えてみる事にする。が、それより手を体を動かした方が良いかもしれない、悩む。もうひとフロアやるか、これが挑発になって結果的にヒトガタの一人や二人現れるかもしれない。
そういう打算的な淡い希望はそうそうに叶わない、もうひとフロアを片付けてしまった。
これは覚悟を決めてやるしかない、残念だが。ただせっかくなので、鍛錬も兼ねるか、一人で意識を集中する、自身の体つきを確認する、無意識に構えてみる。鏡がないので正確な格好はわからないが、右足が少し開いている気がする。対局の位置にある左肩が少し出ているか?理想の構えとは少し窮屈なものだ。自然なほうへ流されていくと崩れていく。その塩梅を辿っていく。研ぎ澄ます。
「あ。」
気づいてしまった。ちょっとした空気のながれ。自分の中での意識の変化。なぜ気づかなかったと自分を卑下する。
別にここがこうなる前に全てができたわけじゃない。つまりここに生えている草木も言わば施設なのだ。太い幹、大きな葉、複雑に絡み合った蔦。物を隠すにはうってつけだ。細い草木を刈って道を作るならそれはただの草刈りだ。だから狙いを変える。古ぼけた生体培養槽のある部屋に行く。
あった。よく見ると膨らみが、形が、それに近い大きな木の幹。木を隠すなら森の中。言葉では知っているが実際に鉢合わせるとは思わなかった。
とりあえず切ってみる。手ごたえはない、ハズレだったか。絵に描いたような木だ。中に空洞があったり何かしらの液体が詰まっているわけでもない普通の木。なかなか骨が折れる未来を予想する。やっぱり前に何人もここを調査してるんだ、そうそう簡単には見つからないだろう。ただ、草刈りよりはマシだろう。
結果論いえば、それほど骨は折れなかった。何本目かの木の幹を壊した時に明らかに手ごたえが違ったからだ。空間にブレードが抜ける感じそれから漏れる極彩色のケバケバしい何か。急いで離れるが少しかかってしまった。サラサラとしたそれは部屋に広がっていく。その流れていく音に混じり、ドサッという人が倒れたような音がした。
このタイミングでこの中に人がいるということは、おそらくヒトガタがユリかマリーのような変異種の怪人か。暴れるようなら討ち取るしかない。逃げて報告と言う選択肢はありえない。確認する。サラサラとしたケバケバしい極彩色を踏み締めて近づく。水のような感じだが少し粘度がある感じのそれをブーツで踏み締めながら近づき、ブレードを振る。それが何か確認する必要があるから中にいるであろうそれを傷つけはしないように。
バキバキと生木を切り払っていく。ある程度の穴になった時、異変が起こった。地面に広がったケバケバしい極彩色が、それに向かって戻っていくのだった。また距離を取る。その際に痛みが走る。かかってしまった部分の皮膚が少し抉れている、皮膚ごと持って行かれた。ただそれ以降は意外にもその傷は、ただのちょっとした傷、それ以上それ以下でもなかった。
それはケバケバしいマナを吸い取った後、ビクンビクンと痙攣する。穴が完全ではないのでその全貌がわからない。
自分の理解が遅れたのか、それが話した気配がしたが、その声は少し遅れてきた。
「最初に会うかのが君か。悪くない。」
壮年の男性の声、聞き覚えのある声だった。でもその彼は先日葬儀を執り行われたはずだ。ナガイの声だった。なぜ?と思いつつ冷静になるが、レイが瞬きをした瞬間にそれは自分と同じ服を纏っていた。軍支給だが各人の体にフィットするコンバットスーツ。体つきが声の主とは違う見覚えのある肉付きになる。それは鏡で見たことがあるものだった。
しまったと思ったがもう遅かった。それはおそらく自分だ。
「君が何者かはよく知っている、君の戦いのロジックは我らに親和性があるからな。」
自分に身体なのにナガイの声でそれは語りかける。
「ずいぶん悪趣味だな。」
レイはもう容赦しない、死角である木の皮からそれを串刺しにする。
手ごたえは。なかった。
「私が何者かを知るために待つ。君なら絶対そうする。ただそれが君の命取りだ。」
ブレードを引き抜き距離を取る。木を素手でバキバキとめくりそれが姿を現す。自分はこんなにも醜いのか、そう感じる。背格好、容姿、全て同じはずなのに、なぜか溢れる気配はとても醜悪だった。
レイは構え直す。これはここで処分する。
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「まぁこんな感じでパチモンに不覚を取ったわけだ、最後のピースを彼に取られ、肉体として完成させてしまった。」
すまない。とミカに対して頭を下げる。
「ずいぶんと面倒な事になったな。」
話が途切れたので、和泉が言う。木原のようにマナを吸われてヒトガタになる。もしくは中村のように爆ぜるという二択、かつ、そのヒトガタになる時に突然変異でユリやマリーのようになるのかと勝手に考えていたが、どうやら違う可能性が出てきたようだ。彼女らもこの木の幹から出たのか、ただマナを吸われたのか、これは大きな違いだ。
「内心、ワンチャンスあるなら、マナを吸われて怪人化して違う人類になるという博打を世に提案すれば良いと思っていたが、それも一筋縄ではいかないな。」
ナガイの野郎。と吐き捨てる。
「仮に怪人化、残留思念の実体化にマナが必要なら、そのために死ぬやつがいるわけだろ。簡単にはいかないな。」
和泉の飛躍した理論に茜が釘を刺すように言う。
「それは飛躍しすぎじゃない?だってあの二人の出自っていうの?それはわからないじゃない?」
和泉は視線を落とす。そして吐き出すように言う。
「君は昨日の影絵を覚えてないのか、彼女たちは何かから出てきたぞ。場面転換かもしれないが、そうじゃないかもしれないぞ。」
茜も思い出す、卵のように包んでそれが割れるようにユリを映した。思い出してしまった。
「あぁ、そうか。」
それ以上の言葉は出なかった。落胆する。これではマナなしの行く末は、爆ぜる。ヒトガタになる。何かの状況に選ばれて変異種になるの3つになった。
「一筋縄ではいかないな。」
「あらーーー!どうしたの!しんみりしてるわよぉ!」
全員の静寂をユリの声が消し飛ばした。手にはお膳を持っている。
「ご飯にしましょう!」
彼女の煩さにも利点はあるんだな、と茜は感じた。




