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◯2回目の戦闘 レイとユリ


 ヴィルからの狙撃で構えを解いたユリは怒りというよりは不機嫌が勝る声で怒鳴る。

 「行きなさい!マリー!」


 マリーが爆ぜるように駆け出す。一拍、今度は銃弾がユリの黒髪を掠める。ユリは微動だにしない。

 「はぁ、まったくもう、これだから人って言うのは、可愛くないわネェ」

 怒りに打ち震えた声で言う、レイが淡々と答える。

 「あなたの方が随分と人間らしいけどね」

 そう、ありがと。そう言ってユリは構えを直す、先程の上段とは違う構え。刀の柄を右手で軽く握り直し、身体の側面に、切先はそよぐ草木を撫でるように。それと同じ側の足、今回は右足を低く。中腰、左手は前に下げる。変則的な右利きの下段構え。

 レイも改めて構える、両の手でブレードの柄を握り、腰溜めに引く、ブレードの傾きと体幹を揃える。下げる足は左。中段の左構え。

 双方の構えが相対する。この状況は喧嘩四つ。互いの得意が真正面でぶつかる形。

 加えて一拍、今度の開始の音は、爆発音だった。爆弾の爆発音、続けてビルの崩落音。方角はマリーが駆けて行った方向、ヴィルが撃って来た方向だ。双方動かない、音に遅れ、ビル崩落による空気の波が二人を撫でる。

 この風が本当の開始の音だった。先に仕掛けるのはユリ、下げた右足を少し寄せて、左足を大きく飛ばし、踏み込む。喧嘩四つに対してあまりにも正直な攻撃、斬撃と言うよりは打撃に近い出鱈目な振り。逆手を引き、体を捻り、刀身を振り込んで横に薙ぐ。切先は草木を撫で、そこからすこし角度あげ、レイの胴を横に薙ぐ。

 レイは腰溜めから、前足を内に返し、体をひねり、受ける。鍔迫り合い、随分久しぶりだ。ブレードの熱源に当てられ蒸発する刀身、それを補う植物、前回と同じく沸騰する怪人の刀。ブレードの良いところは、刀では必要な繊細な動きが不要なところである。刃先にマナが乗っているので、それが放つ熱源で焼き切るものから、押し当てれば切れる。対ヒトガタにおいては言い方は悪いが、よっぽどの事がないと雑に使っても形勢が不利になることはまずない。


 ただ今回は、そのよっぽどの事に該当する。見た目の数十倍の質量が襲いかかる。

押し返すことはできない、相手の重心はズレない。手首の角度を変え、力を逃がす。刀がすべる、自分の左足に重心を乗せて右足を引く。半回転する。怪人の刀が流れる、しかし体は流れない。引いた右足は相手のほぼ正面、振り上げてから真っ直ぐ蹴る。流れた刀と腕、狙いはその下を滑るように脇腹に蹴りが刺さる。ブーツの先に仕込んだ金属音が響く。曲がって膝を伸ばし、下がる。追撃の左手が伸びる。体をほんの少し仰け反り躱す、軸足を擦らせ、低く早く下がる。

 怪人の左手が爆ぜる。見える、自分に当たるであろう蔦だけが見える。その根本、相手の指第一関節を切る。蔦の追撃は止まる、外れるものは構わない。

 

 一度目の攻防が終わり、一拍の間が開く。怪人の左手は何事もないように元通りだ。


___


楽しいわぁ、本当に。


なんだかわかんないけど、意識が高揚するって言うのはこう言うのなのかしらね!


さて、あんなに簡単に見切られちゃたまんないわ。


そうね、次は、、、、


こうだ!


そうよね、そりゃ!


え!?ほんと!?


それなら、どうだ!


おっと!?そう来る!?


いやぁ、危ない危ない。あれも躱すかぁ、、、


たまんないわネェ、ほんと。


____



 二度目の攻防が終わり、互いに若干の傷はあるが大勢に影響はない。互いの間合いの外、互いに見合う。

 やはり最初に動いたのはユリ、右手に持った刀を伸ばし、レイに切先を向ける。そこから無言で腕を引き、顔の前、人差し指と中指を頬にそえる構え。右足は軽く引き、重心は少し後ろ。変則的な上段だ。手を軽く振り、膝を落とし、軽く上下する。ステップを踏む。タイミングを測っている。刀が上下する度に気配が変わる。

 対するレイも、右足を引き、中腰より軽い構え、喧嘩四つをやめる。刀は両の手で握り右胸の前。ユリとは対照的に静止しているが、ジリジリと距離を詰める。


 ユリは自分の間合いの境界線上を出入りする、ステップの幅を変え、リズムを変え、レイ静止を崩そうとする。そのレイの静止も完璧ではない、度重なるフェイントに対し、万が一に備えて体が反射する、少しずつ構えがズレる。肩が少し前に出ている。元に戻らない。


 レイの構えのズレが限界を超えたように見えた。ユリが爆ぜる。圧倒的な爆発的踏み込み、右手を引き振り上げる、左手を突き出す、蔦は使わない。そこから左手を絞り込むように引き、肩を捻る、肘が回る、連動する力は手首に伝わる、スナップを効かせ振り上げた右手を振り下ろす、全力だ。


 自分の質量の8割を乗せた斬撃を超えた、ただの力任せの打撃。手首の返しが少し遅い気がするが、この重量と速度、受ければ最後、レイは真っ二つだ。当てるべきレイの左側頭部からは逸れている、いわゆる力みだ、でも関係ない。これで最後だ。力限り振り抜いた。


 ユリの意識はここで切れている。


_____


 人は認知、判断、実行というプロセスを経て初めて行動に移る。認知とは知覚であり、なんらかの刺激を受け入れる事である。レイの認知では、ユリは攻撃に移る気配はなかった、これはフェイントだと知覚する。ユリの刀はどこにあるか、手は、足は、見えない蔦は、全てわかる。わかるのだ。

 判断は思考であり、受け入れた刺激に対し判断を下す。レイの判断では、何をどうすべきか、相手は何を考えているか、自分の手足は今どこにいるか、何をすべきか。言語化することすら惜しい、全てわかる。

 実行は判断に対する反応であり、自分の意識と身体の連動である。レイの連動は齟齬なく確実に動く、それは今ただの確信。


 ユリの目つきが変わったように見えた、仕掛けてくる。爆発的だが少しだけ浮ついた踏み込み。己の攻撃のため、反動を利用するだけの左手、攻撃の意識を感じない。蔦が爆ぜることもない。振り上げた右手、刀が重そうだ、手首が、ほんの少しだけ傾く、力の伝達にラグが生まれる。


 勝機が、いまここに転がってきた。



 狙いは怪人の着物の左半衿、地肌との境。そこに体の全てを叩き込む。体の連動に齟齬はない、飛び込む、ブレードをただ押し込む、着物の繊維の先に刃先が触れる感覚がわかる。マナを込める、出力は最大だ。斬撃というには程遠い、接触。着物の繊維一本一本づつ切れていくのがわかる。


 勝った。感覚だけで勝利を確信する。


 ユリの打撃は空振り、レイの背中を通って行った。レイのブレードは、怪人の襟に食い込んでいる。激突、転がる二人。起き上がれたのはレイだけだった。ユリは大の字に倒れて動かない。

「あー、ほんっとうに、可愛くないわ………ネェ、人間って…………言うのは………」



それだけでユリは動かなくなった。


---


「お疲れさまぁ、ありがとぉなぁ」

 レイからの報告を聞き。ミカが答える。

組織の長の事務的な労いというより、同期に対する心配の度合いが強い物言いだった。

「怪人は倒しましたが、首謀者は死亡、ですか。班長、これからどうしますか?」

 苛立ちを隠しもしない伊織があくまで事務的に聞く。ミカ、伊織、千里の前には、03小隊長だったものの亡骸が無造作にあった。


---


 「あの人嫌い。」

 合流したヴィルが千里に言う、何が?と聞いてみる。

 「全部わかっているとこ、もっと素直になればいいのに。」

 怒っていると言うより拗ねている、そういう言い方。ただ一言、そうね、とだけ返す。

 

---


 「はい、おしまい。どう?なかなかの物語だったでしょう。」

 はぁとも、あぁともつかない声を吐き、ユリがレイを恍惚とした顔で見つめる。そして、ねぇ、と一言だけ言い、おもむろに着物の左襟をはだけさせ、傷跡を見せる。火傷の痕、というのが相応しいだろうか。鎖骨から、胸の間まで一筋の跡。太さは人の指くらい。ブレードの刃先の熱量が無慈悲に一直線に通ったあとだというのが、よくわかる。

 「なかなか治らないのよねぇ。しかも、時々疼くの。だからその時、その時にあなたを思い出すの。貴方の目が忘れられないの、でも、嫌じゃないの、恋焦がれる感じなのかしらねぇ。」

 どう?触ってみる?とズイズイとレイのところに寄るが、レイはただ真顔で傷跡を見る。そして一言だけ言う。

 「そうか。次は粉々にして燃やすくらいしないと死なないのか。」

 あら!怖い怖い。と着物を直して元の位置に戻る。

 「君らの因縁の話だけで、ずいぶんと時間を使ったな。」

 そう割って入る和泉。茜も彼に目線を向ける、彼は平静を装っているが少しどこか感情が漏れている。このままユリのペースで進むとここにしばらく留まることになるだろう。我々は伊織とミカの回復具合に寄るだろうし、レイはおそらくそういうの気にしない。和泉がいま一番、これから何をすべきか、何が出来るかという点で頭を巡らせているだろう。そしてそのためには情報が欲しいという焦りと、いまこの場において自分が一番取るに足らない人間であるという自覚が少し痛々しい、後者については茜もそう感じている、ユリとマリーに実力で対抗できるわけではないので、こうしてユリの要望に応えている状況なのだ。

 「まぁ仕方ないな、ここから首都まで歩いて半日かかるんだからな。」

 そう言って和泉はごろっと横になる。ないんだろ?乗り物。とユリに聞くが、ユリも無いわ。と答えるだけ。

 一瞬の静寂、その間に茜は周りを見る。ユリもマリーも動く気配がない、伊織はまだ起きる気配もない。

 伊織、そういえば伊織。彼女はどれくらいで回復するのか、ミカもマナが足りないというならば真水のマナを貰えばいいのか、それが良いのか、レイがそうさせないのは何か意図があるのか、わからない。あとそもそも、あの、ナガイの偽物はなぜレイの姿をしていたのか、その謎には辿りつけるのか。ただ、ここで沈黙も続けると、おそらく今日はこれで終わってしまう。まだレイのブレードはここにある。悪いがこれで探らせてもらおう。ただ少し時間を稼ぐ必要があるようだ。味方を出し抜くようで気が進まないが、この際は仕方ない。

 「ヴィルは、ずいぶんとミカのことがお嫌いみたいだけどなんか知ってる?」

 ここにはいないのにずいぶんと流れ込んできた思念について、レイに確認する。ただ聞いてからこういう感覚の機微についてあんまり頓着しないレイに聞いて意味はあるのか、と後悔した。だから少し追撃を送る。

 「ミカが起きてたら見せなかった?」

 これは、主導権の確認、ブレードに細工はないと感覚的にわかるが、万が一だ。

 そうだな。とレイが呟く。大丈夫そうだ、蔦から手を離してレイのブレードのみに意識を集中する。あった。取り込む。

 「優しさの方向性の違い。じゃないか?」

 へ?と声が出た。レイの口からそういう心の機微に関する言葉が素直に出るとは思っていなかった。

 「ミカは我慢しすぎるから。それを心配してるだけ。」

 えー。なんか自分が悪者みたいになってきた。

 返してもらおうか。とレイが手を伸ばす。茜は素直にブレードを返す。

 「それで良いのか?」

 意外にもレイから聞いてきた。せっかくなので乗ることにする。核心をつく質問を投げる。

 「ナガイの残留思念がなんで貴方の格好をしてたんだ?」

 レイの目に少し力が入るが、すこし緩む。

 「それはちゃんとミカに報告するよ。」

 えー。本当に私が悪者じゃん。

 「だから、それはまだ秘めといてくれ。」

 優しい顔をするんですね、と茜が返す。これでも小隊長だからな。とレイが返す。

 意外にもユリは黙って聞いていた。


 しばらくしてユリが声をかける。

 「私達もここにいるから、まぁゆっくり休んでちょうだいね。」

 そう言って正座したまま目を閉じる。あぁそうやって寝るんだ。むしろ寝るの?またわからないことが増えた。しかし茜自身も疲労が押し寄せる。横になった途端に瞼という帷が降りてきた。


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