◯ユリとマリーとナガイの話
「言葉として適切ではないかもしれないが聞き捨てならないことがいくつかあるが質問しても構わないか。」
和泉が口を開く。少し気が立っているようだ。ユリとマリーを見て話す。
「君たちが、そうなる前はなんだったか、それはこの続きでわかるのか?」
ユリの眼光が少し鋭くなった、ただ、それは怒りというより真剣味がましたと表現する方が良い目つき。しかし答えたのはマリーだった。
「おそらく。」
それを聞いて和泉は別の質問をする。
「君たちはマナを使えるのか?」
マリーは、伊織を寝かせているベットを触りながら答える。
「このベットや、お嬢様の蔦、そして私のこの爪は全て、植物自身が動いています。彼ら彼女らの意識と呼んでいます。それはレイ様のブレードの先に流れるような生命エネルギーとは別物です。」
マリーはユリを見る、ユリは優しい目で続きを促す。それを受けて、マリーは続ける。
「先ほど、お嬢様が申した、真水のマナは、要はこの植物たちの生命エネルギーです。矛盾するようですが、感覚的には違います。光合成で得るようなもので身体を動かすのにも使えなくはないですが、本質的はそうではありません。」
似て非なるもの。確かに、人間も体を動かすエネルギーとマナは別と言えば別になるのか、ここでそれを突き詰める意味を和泉は見出さない。質問の根源はそこじゃない。
「植物だから、光合成と呼吸、水と大地の栄養で生きる。」
茜も少し理解する。
「通常のヒトガタならさぞかしエネルギー効率いいんだろうな、あんまり動かないもんな。」
和泉自身が言いたくないのか、少しもったいぶった言い方になる。
「まぁ良い、あんまり言い過ぎると興醒めになるな。」
そう言って座り直す。それで、と言い出しで別の質問をする。
「いわゆるマナ無しの怪我でも、その真水のマナとやらで治せるのか?」
マリーは少し考えてから答える。
「やり方が違うと思う。マナが減っている訳じゃないからな。傷口に再生する樹皮を被せる、要は絆創膏だ。それしか浮かばない。やったことはないが。」
この質問の意図はなんだ、茜は訝しんだ。その気配を察して和泉が茜の方に向く。
「あぁ、すまない、余計なこと言ったな、君の思考に邪魔が入ると出力にノイズが走るんだろう。大丈夫。これは俺個人の興味だから。」
少し覚悟を決めた顔になった和泉を見て、そうかとだけ声をかける。そしてまた、蔦とブレードに意識をマナを送り込む。
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信号弾が上がり、相手と別れ、棲家へ帰る道中で、
「もー、ほんとにすごかったんだから!」
お嬢様の興奮が冷めやらない。気配では分かってはいたが、随分と楽しくやっていたらしい。
改めて、ボロボロになったサモちゃん二世を見上げて、ネガティブなため息ではなく、感嘆の嘆息を上げている。
溜息の次は余韻のフェーズになったようだ。サモちゃん二世を蔦で直してから鞘におさめる。ねぇ、とお嬢様が呼びかける。はいと軽く返事をする。
「レイ、だってね。また会えるかしらぁ」
ヴィルの意識が落ちた後、名前を聞いたらしい。弱っちい青い髪は千里というらしい。
はぁ、と嘆息。そのあと続ける。そして言葉と表情が爆ぜる。
「ねぇ!あんなに壊れない人間なんてはじめてだわ!しかも凄いのよ!蔦もぜーんぶ見切っちゃうの。私、全力って言うのかしらね、全部出したわ!それでも全っ然当たらないし!
挙句に果てに、攻め手も鋭いの!サモちゃん二世じゃなきゃ切られてたわ!」
一拍の間。
「きゃー、こんなの初めて!堪らないわ!」
余韻のフェーズはほんの少しのインターバルだったようだ。感想を壊さないように、不自然にならないように、盛り上げるでもなく自然に肩を押すように、言う。
「そうですね、近いうちに会えるかもしれませんね。」
パッと笑顔になるお嬢様。
「そうなの!?嬉しいわぁ!」
自分の全部が一切通じない時、人ならば、怖れという感情が生まれるとナガイは言った。
それは何か我々にはわからない。命のやり取りをしているからだよ、ナガイは言うが、私にはちっともわからない感情だ。お嬢様はなんとなく理解していようだ。死とは何か、生とは何か、殺めるとは、殺められるとは。種の中の1個体がどうなろうと、それは何か大事なことなのだろうか。花が一輪散ったところで、そこに何か意味はあるのか。
私自身としては、お嬢様が楽しそうしているなら、それで良いんだ。
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それからしばらくして、家と呼ばれる、自分たちの棲家で、ぼうっと立っているマリー。ユリお嬢様はお散歩に行ったそうだ。することがないので、物思いにふけることにする。
どうやらマナというのが認知され始めたのが100年ほど前らしい。
「人で言うと祖父母、君達で言うと…まぁそんなに遠くはない昔の話なんだろうね。」
我々の面倒を見る奇特な人間、ナガイが教えてくれた。
「残念ながら、君達が自我を持ったのが最近なので、当時の変化の肌感覚はわからないだろうけどね。」
うっすらある気がするが、まぁ、何か特別な感情、感情というのを持ったのは確かに最近だな。そういうことか。
ほぼのノーコストでエネルギーを生み出すということだから、それは世界をひっくり返す。と言いたかったがそうでもなかったようだ。各個体にある不可思議な力という程度だったのだ。
ほんとうに世界が変わるというのは隕石が落ちて来たとかそう言う類いだ。実際に変化というのはじわじわと進んで気がついたら取り返しのつかないところまで進んでいく。いわゆる結果論だ。
各個体が不思議な力を咀嚼し使い出す。当たり前の土台が完全に変わった時に、初めて世界は変わったと言える。
植物や動物も人にように進化するなんて100年前の人は誰も信じない、でも今は現実だ。
そして、いつの間にか、それは素晴らしいものという発想から、それは多い方がいい、多ければ優れていると言うふうにズレてくる。そうなってくると、あるものとないものがはっきりと分かれてくる。それは分断の合図でもある。
「ただ、人とは不思議なもので変化に対してある程度を許容していく。ただ、その臨界点は案外近いところにあるのかもしれない。」
そんな事を、ナガイが言っていたことを思い出す。
奇特な人間とはよく言ったものだ。
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奇特な人間がナガイだとしたら、お嬢様もそういう類なのだろう。
「なんだかわかんけど馴染むじゃない?なによりも可愛いじゃない?」
とかなんとか言って、大昔の人間は着ていた衣装を引っ張り出してあっという間に着付けていく。着付けた姿は確かに違和感はない、他個体がどのような花を咲かしても気にしない種族ではあるが、馴染む、というのはこういうことなんだろう。
「へー、かっこいいじゃない」
とかなんとか言って、大昔の人間が使っていた武器(刀というらしい)を引っ張り出して、あっという間に身につけてしまった。
「なんか書いてるわね。さ、も、ん、じ? へー、じゃあサモちゃんだわ。」
なお、サモちゃんは人間達が使う厄介な熱源を持った刃物ブレードというものに真っ二つにされたそうだ。
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もう歳かな、身体が持たない。
しかも今回の「人材」は酷かった。最悪の人選だ。マナなしにめげない強い意志を持った子だ、そしてその子を支える健気な子だった。マナによって価値観のトップから転げ落ちてもなお足掻く。溺れる者は藁をも掴む、藁さえ掴めればそこから爆発する、そう言う子は手にかけてはいけない。そういう誓いだったはずだ。
魔が刺した。
あらぁ、変わった人がいるわねぇ。
お嬢様、初対面の人に随分失礼ではないですか。
聞き覚えのない声のおかげで、仮眠と称する意識の断絶から復帰する。
君たちは?
なに?あなたも知らないの?困ったわねぇ。
そうだった、今回の「人材」は百合と真理だったな。
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「やっぱりか。」
和泉はただそう呟いただけだった。事実、マナを持たない者からすれば、自分たちは生存するためのコストを社会に依存している。マナがあればそう言ったエネルギーを維持する必要がないのだ。
改めて、少し過激な言い方をすれば、電力、石油、そう言ったエネルギーはもはや、我々お荷物を生かすためという概念。その概念はもう過激な少数派という立ち位置を脱しようとしているところだった。
「だから、」
その先を和泉は口にすることは出来なかった。だから代わりに茜は、その先の言葉と、和泉が思うことを類推する。
だから、あのレイの偽物にマナを搾り取られて、うまくいけばヒトガタになって、自分たちは生存するためのコストを社会に依存する必要がなくなる。しかも当たれば、ユリやマリーのようになれる可能性もある。
だから、我々はしがらみから解放される。
和泉が言ったのか、茜が心の中で思ったのか。茜自身はわからない。ブレードと蔦から催促されるように、影絵の続きを見せる。
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情報と証拠についてひと通り整理が出来た。これを憲兵隊本部へ提出すれば、ひと段落だ。
ただその前に、旅団としての最終決定は総括班班長に委ねられる。茜はミカに書類を提出する。班長に委ねると、頭の中で、大仰な言い方をしたが、これはただの内部統制、職位に基づく責任の所在確認だ。
「うーん、どないしよぉなぁ」
書類をめくり、班長のミカがが呻いている。
「何か、問題でも?」
こういう時、問題の大体は書類の外側にある。
「茜ちゃんの書類は問題ないんよぉ、そのあとなんよぉ」
伊織ちゃんも呼んで、とミカがいい席を立つ、茜が伊織を呼び、居室の打ち合わせテーブルに3人が腰掛ける。議論が始まる。互いに身振り手振りも交え議論する。
「憲兵さんでなんとかなると思う?」
「なるとかならないとかでなく、それが彼らの職責では?」
「せやけどなぁ、結構大変やで、前もうそうだったやん、怪我人ようけ出てしまうに。」
「そうならば憲兵隊から我々に打診するべきでしょう?」
「利害関係者に言うかなぁ、「うちの怪我人出そうやからよろしく〜」って、他の旅団が動員されへん?」
全く議論に参加していない伊織は、このやりとりに参加する意味があるんだろうかと視線をお落とし、机の上に置いてある資料を再度眺める。
本件の首謀者は03小隊長のナガイ、あの場所で非合法の人体実験を行っていた。実験の被験者は旅団だけでなく軍内部の若手、被害者の共通点はマナの所持量が低い者。
「伝統のマナがない組の良心がねぇ」
旅団、軍、組織の内部統制について議論する二人を尻目に伊織は1人嘆息する。
いい人だったんけどなぁ。
「せやから、旅団で対処すんねん。」
うん?嫌な予感がする、面倒が増える予感がする。
「だって、ナガイさんは行方不明なんやろ、そこに居るから救出するだけやろ」
まぁそうですね、先輩。よくわかんないけど。
「じゃあいつにしますか、誰を出しますか?」
さっきあんだけ言ったのに、茜さん切替早くない?
「うちらと04小隊だけにしよか、早いほうがええよねぇ」
えぇーーーーー。声に出さなかっただけマシだと思う伊織であった。
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