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9、朝日の中で

 夜が明けた。爽やかな朝の光が差し込んでくる。


 666大隊は進軍を止めている。


 陽の高いうちは動かない。全ては敵に発見されるのを防ぐため。カークにつくまでは朝寝て、夜動く昼夜逆転生活だ。王都陥落から、およそ一週間。彼女達は息を潜めるのにもう皆慣れていた。


 カーク市へ至る147号線から外れた小道を、数キロ進んだ場所──誰も使っていない林道の奥、木々に囲まれた一角に大隊は身を潜めていた。


 天幕も張らず、各自が木の根元や倒木を遮蔽にして、ただ静かに時間が過ぎるのを待っていた。


 ここは敵との競合地域。少女兵たちの間での会話も少ない。


 いつものように茶化し合う声も、歌もない。見張り担当のウッドペッカー第5小隊と、グース第4小隊も心なしかピリピリしていた。


 ナナ・デルタダートは、ただじっと、木の幹に背を預けて、膝を抱えていた。


 33式自動歩槍を横に置いたまま、無言で空を見つめていた。


 目は赤く腫れていたが、涙はもう出てこない。


 歩いている時はまだ耐えられたが、一度歩みを止めると涙があふれて、泣き疲れて、泣き尽くして、あとは何も残っていなかった。泣いている間、他の隊員達は空気を読んでそっとしてくれた。先ほどまではレベッカとルーナが黙って隣にいてくれたが、今、彼女達は朝食の準備にかかっている。


 彼女の視界に、ひとつの影が重なる。


 白い髪。細いシルエット。軍服の襟を開けた少年──スカイ・キャリアベース。


「……ナナ、隣、いいか?」


 彼女は少しだけ頷いた。スカイは彼女の隣に座る。


 しばらくは、ただ風と虫の声だけが鳴っていた。


「……まだ、頭がぼーっとしてて。……信じられないんです」


 ナナが呟く。


「親が……許婚が……あんな風になって吊るされてて、しかも、罠にされてて……」


「……」


「死んだことは……覚悟してた。もう帰れないってことも。でも、あんな風にされるなんて……あんな看板を首にかけられて、吊るされて、ブービートラップにされて……あんなのって、あんまりだと思いませんか……?」


 スカイは、小さく息をついて、言葉を選びながら返す。


「……ああ、あんまりだ。理不尽で、最低だ。……だけど、この国はもうそういう場所なんだ。何もかもが狂ってやがる」


 ナナは顔を伏せ、きゅっと膝を抱きしめた。


「…………ルーナだって、他の皆だって、親や許婚や身内を失った子達なんて沢山いる。でも皆悲しみなんて見せないのに、情けないですね、私」


「それは違う。むしろ、ナナの方が正常な反応だ。……むしろ、皆の方がとうに心折れて、諦めきってるのさ」


 だから、どいつもこいつも俺に縋りやがる……。そう小声でつぶやいた声は誰にも聞かれず、空に消えていった。


「……私、これからどうすれば良いんでしょうね」


「それは、お前が決めることだよ。……けどな」


 スカイはナナの頭に、そっと手を置いた。


「もし、生き残りたいなら。戦いたいなら。……俺のそばにいろ。俺が絶対に、生き延びさせてやる」


 その言葉に、ナナの肩が震える。それは、恐怖ではない。温かさに触れたときの反応だった。


「……隊長。……スカイ殿下」


 彼女は初めて、彼の名前を呼ぶ。そして、そっと、彼の肩に頭を預けるようにもたれた。


「……もう、私、誰も残ってないんです。お父さんも、許婚のアランも……。屋敷も焼かれて、帰る場所もない。……これから先、生きてても、私、どうすればいいか分からない」


 スカイは返事をしない。ただ、彼女の背に手を回して、そっと支える。


「……だから」


 ナナの声が震えた。


「だから、せめて……スカイ様の役に立ちたい。捨てないでください。……見捨てないでください。……私、これから、何にでもなりますから。求めるなら、身体だって捧げます。……経験はないけど。私、Hな事でも、戦闘でも、なんでも、なんでもしますから……」


 その言葉に、スカイは目を伏せる。


「俺を信じてくれるのは嬉しいが……同時にあんまり自分を安売りするもんじゃないぞ。それに、知っての通り俺は現時点で八股かけてるクズだ。……男としては、あまり過大評価するな」


「複数の女性と関係持ってる王族貴族なんてゴマンといますよ。それに、それだけ、女性を抱くのにも慣れてるでしょうし、ね」


「……流石にナナまで抱くのはレベッカに悪い。……ま、俺を信じてついてくるなら、守ってやるよ。その分、ナナも大隊を守ってくれ」


「了解です。隊長。……すべてはスカイ殿下と大隊の家族の為に」


 ……こうして、また一人。


 彼の元に、何かが壊れてしまった少女が依存の一歩を踏み出す。


 戦火の中で、恋とは少し違う、もっと歪んだ、それでいて切実な想いが、確かに芽生えたのだった。

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