7、夜間行軍
夜の幹線道路、147号線を静かに進むイーグル第三小隊。木々が生い茂る山道は風の音と、時折聞こえる鳥や虫の声だけが響く静寂の空間だった。数刻前にオウル第3小隊が通ったこの道を、ナナ・デルタダートを先頭に4人の少女兵たちが歩いていた。
「しかし隊長も、凄い方だよね」
ぽつりと呟いたのは、リューネ・スーパーセイバー。R77を構えつつも、その声はどこか楽しげで、仲間との気軽な会話の延長線だった。この辺りはオウル隊が偵察して、一応の安全が確認されている事もあり、警戒しつつも少し気は抜いている。
「どうしたの? 藪から棒に」
マーサ・スターファイターは眉をひそめたが、リューネは構わず続ける。彼女も男爵家の令嬢で、元はかなり丁重な言葉遣いをしていたが、戦場で下層階級の戦友達とつるんでいるうちに口調は随分とラフになっていた。
「あんたみたいな、何度も懲罰部隊送りにされた奴からも惚れられてるんだから、すごいなって」
「惚れてないし」
即答するマーサに、リューネはくすくすと笑った。
「嘘つけ。よく隊長のこと、ぼーっと見てるじゃん。それに、惚れてないなら、なんで残ったの? 王都が陥落したとき、逃げる選択だってあったはずでしょ」
「ん……ま、そうだけど。タイプなんだよなぁ。あの顔」
「なんだよ。面食いかよ」
少しの間、マーサは頬を染めつつ口を閉ざした。そして、地面に視線を落としたまま、ぽつりと答える。
「……それに皆を放っておけなかったし」
その言葉に、リューネは何も言い返さなかった。茶化すような声が少し柔らかくなる。
「ま、いいけどね。実際、隊長についてった方が生存率高そうだし。なんだかんだで、隊長も、もうマーサの事は許してるんじゃない? こんな所までついてきた以上は。ケジメはつけたって」
「6回も戦死確実の状況から帰ってきたから、殺すのを諦めただけかもだけど……けど、初対面で、もう少し大人しくしてたら、あそこまで目の敵にされることはなかったと思うんだ。まあ、半分自業自得だから仕方ない」
「何て言ったの?」
リューネが興味深そうに尋ねると、マーサは少し恥じる様に頬を掻いた。
「いやね。あまりにも好みの顔だったもんで、キョドった挙げ句、夜会のノリで高慢令嬢ムーブしながらね……『陛下が使い捨てた平民の女の息子に、男爵家とはいえ、トーネード家に連なるスターファイター家の私が下につくのです。せいぜいしっかりとした指揮をお願いします』って」
「……思いっきり地雷踏んでて草。なんでよりにもよって、隊長のお母様のことを触れたんだよ……それにお高くとまったお嬢様とか隊長が一番嫌いなタイプじゃん」
リューネは吹き出した。ブラックバニアの悪名高きバカ国王が弄んで捨てた平民の女──それが、スカイの母親であり、彼が安易に触れて欲しくない部分である事は、ここまで残った666大隊員にとっては常識だ。
「だから言ったでしょ。分をわきまえないクソガキだったって。それに見えないから『地雷』っていうんだ。まさか、その後も6回も懲罰部隊送りにされるとは思わなかったけど」
「懲罰部隊で成長して、今じゃすっかりベテラン兵ってわけだ」
「成長……成長なのか? 多少の事じゃ動揺出来ないくらいに心が壊れただけな気もする」
そんな無駄会話が続く中、少し離れた先頭で火炎放射器を構えながら進んでいたルーナ・デルタダガーの声が鋭く飛んだ。
「マーサ、リューネ。一応安全地帯とはいえ、偵察中だよ。私語は謹んで」
背筋を伸ばして二人が答える。
「「了解」」
その返事が返ってきたところで、ナナがふと立ち止まった。視線の先には、道路脇の森の中に吊るされた複数の人影があった。
「……あれか。噂の首吊り死体群は」
ナナは声を落として言った。吊るされた人影は数体。風に揺れるたびに軋む音が辺りに響く。だが彼女の表情には、単なる驚きや嫌悪ではない、別の感情が混じっていた。
「………何か、見覚えがあるような」
ナナの声がわずかに震えた。
「……え?」
「どうした? ナナ。敵か?」
すぐさま警戒モードに入って、R77を撃てる様に構えたリューネが聞く。
が、返ってきたのは予想外の返事だった。
「あれ……お父さん? それに、私の婚約者……?」




