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4、全てを焼き尽くす焔

 午後の陽が木立の隙間から差し込んで、乾いた葉の絨毯を照らしている。


 ささやかな陽だまりの中で、第666特別大隊は束の間の大休止を迎えている。辛うじて補給車が通れる獣道沿いの鬱蒼とした森の奥。動くものは大隊員以外はいない。


 銃声の代わりに、湯気を立てるスープの匂いと、ぼそぼそと交わされる会話の音、そして、夜間行軍に備えて、一眠りする者の寝息が支配する中、レベッカはひとりの少女の隣に腰を下ろした。


 ナナ・デルタダート。15歳。男爵家出身の少女兵にして、レベッカの同い年の後輩。仲間内では「レベッカの一番弟子」と呼ばれることもある。


 彼女は自身のR77アサルトライフル……厳密にはそれのコピー品である33式自動歩槍を眺めながら、ぼんやりと物思いに耽っていた。


「どうしたの? しんみりした顔して」


 レベッカの言葉に、ナナは少し驚いたように顔を上げた。


「ああ、師匠。いえ……さっき、ラジオのニュース、聞きました?」


「……列車で逃げた貴族たちが、まとめて捕まったってやつ?」


「ええ。それです。難民に紛れてカーク市に逃げようとしたけど、途中で捕まって……まとめて処刑されるそうです。今日中に」


 ナナの言葉は淡々としていたが、ほんのわずかに声が震えていた。


「リストの中に……うちの大隊にいる貴族組の子たちの親族とか、許婚が含まれてたって。直接の知り合いも多かったみたいで……話聞いてたら、なんか……こっちまでしんみりしちゃって」


 レベッカは小さく息を吐いた。


 視線の先では、焚き火の周囲で輪になった隊員たちが、スープを啜りながら静かに語り合っている。


「……そうか」


「でも、不思議ですよ。みんな意外と落ち着いてる。……泣き喚いてもおかしくないのに」


「……覚悟、決めてる子が多いからね。「ついに自分の番か……」って子が多いんじゃない」


「ええ。それに『家族』の知人の仇討ちだって、イザベルとかエマみたいな平民の子たちの方が逆にヒートアップしてる。むしろ貴族組の方が静かなんですよ。不思議なもんで」


「危ういな……。ただでさえ、うちの隊、スカイに依存してる子多いし」


「隊長にぞっこんなのは師匠もじゃないですか」


「……まぁ、人のこと言えんけどさ」


 二人の間に、気まずさを紛らわすような乾いた風が通り過ぎた。


 葉がざわめき、兵士たちの笑い声が一瞬、かき消される。


「……でもまあ、クヴァル公とダーター候も捕まったっていうのは、ちょっとスカッとしましたね」


 ナナの口元に皮肉げな笑みが浮かぶ。


「……あのイエスロリータ、GOタッチ貴族ですよ。領民の少女をさらっては手籠めにしてたっていう」


「あの噂の……。まじでそんな絵に描いた様な悪徳貴族いるんだ、って驚いた覚えがある」


「何度その手のスキャンダルが出ても罷免されないから、この国、ほんとに腐りきってると思ってたけど……ようやく、って感じです」


 レベッカの顔にも、薄く笑みが浮かぶ。


「革命の火は、善も悪も腐敗も一緒くたに焼き尽くす、か……」


「ええ。ただ、焼け跡しか残らなかった、って気もしますけど」


「反政府軍の連中、革命の名の下に、破壊と略奪の限りを尽くしてるからね。民衆から恨み買った状態で、この後、どうやって復興するつもりなんだろうね?」


 皮肉っぽくレベッカが言う。


 ナナは、握りしめたアサルトライフルのマガジンを指でなぞった。


「……うちの家族や許婚も、多分もう……生きてないんだろうなって。そんな気がしてて」


 レベッカは、その言葉にすぐには返さなかった。ただ、静かに彼女の横顔を見つめる。


「……」


「ま、生きてたら生きてたで、無理矢理連れ戻されて、貴族令嬢に戻すべく『再教育』させられそうですし。それなら……もう、ね?」


「……嘘つけ。強がってる」


 その一言に、ナナはわずかに唇を噛んだ。


「……やっぱり、師匠にはお見通しですね」


「バレバレだっての」


 レベッカは軽く頭を撫でてやった。苦笑しながら、空を見上げる。


 西の空は少しだけ赤みを帯びていた。


 もうじき、森を抜ける。カークまで行くには、敵軍との競合地域である第147号線を通らなければならない。


 夜まで休んだら、闇に紛れて進軍再開だ。猫のように素早く、ネズミの様に臆病に。

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