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3、戦場のお茶会

 林の中、枯葉を踏む音があちこちで絶え間なく響いていた。


 カーク進撃の途中、大隊は束の間の大休止を迎えていた。


 倒木の上で、元・貴族令嬢たち──グレース・トーネード、ルイーズ・フライングフォートレス、メリンダ・ヴァレンティア・リンクスの三人は、缶入りの紅茶を片手に、とりたてて中身の無い会話を楽しんでいる。


 昨日の襲撃でぶんどった品だ。高級将校向けだったのか、缶紅茶にしては、それなりの茶葉を使っている様だ。


「燃えたものは建て直せば良いとして……私達、貴族社会に戻れるかしら?」


 グレースがぼそりと呟くと、隣で缶を傾けていたルイーズがあっさりと言い放つ。


「いやー……無理でしょう……」


「あはは、だよな~」


 乾いた笑いが三人の間に走る。


「社交界のマナーとか、ほとんど忘れちゃったし。っていうか……」


 メリンダは指先についた火薬の黒ずみを見つめながら言う。


「この匂い、香水じゃもう誤魔化せないわ」


「人殺しって、陰で絶対言われるだろうしね……ま、事実だけど。もう、社交界に居場所はありません。残念でした」


 グレースの声には、どこか諦めに似たブラックなユーモアが混ざっていた。


「公爵家令嬢ともあろう方がそれ言うんじゃ、666の貴族組、もう全員ダメじゃないすか」


 ルイーズが肩をすくめる。


 だがその目には深い理解があった。彼女たちはもう、あのきらびやかな夜会には帰れるとは思っていない。


「……まぁ、戦前みたいにまた呑気に夜会なんて開催出来るかは微妙な所ですけど」


「反政府軍ぶっ飛ばしたところで、残るのは焦土と化した国土だけだしね」


 メリンダの声はあくまで明るいが、その響きは妙に現実的だった。


「Hooo~! 内戦はホント地獄だぜ! ってね」


 グレースが缶を掲げる。その裏に、かつての公爵令嬢の威厳など欠片もない。


「父からテレサが送り込まれると聞いて、あの子だけ死地に行かせて自分はリングの外から煽ってるのは流石に卑怯すぎると思ってね。周囲の反対押し切ってここまで来たけど……結果的に命拾いしたのは皮肉ね。顔見知りの令嬢も何人生きてる事やら……」


 缶の縁を指でなぞるグレース。その横顔を見て、ルイーズがぽつりと漏らす。


「当のテレサさん、グレース様に未だにコンプレックスこじらせてますけど……。AK47信者のグレース様への当てつけみたいに、『ライバル』であるM16を使うのにこだわってますし」


「……色々あったのよ、色々。高位貴族には高位貴族の大変さがあるのよ」


「お前らこの期に及んでまだ仲悪いのかよ……」


 メリンダが呆れたように笑うと、グレースも肩をすくめて笑った。


「フィオナとヴァレリー以外の私の取り巻きは王都陥落で全員逃げたし、人望無いのかしら、私。……でも私は嫌いじゃないのよ。あの子のこと」


「人望無いというより、あの状況で残ったハリケーン姉妹が覚悟決まりすぎというか……それに、めんどくささはテレサさんも大概だからなぁ……」


 ルイーズはそう言って、頭を掻いた。


「王都陥落か……あそこから逃げきってカークにも逃れた貴族連中はいるだろうけど、絶対話が合わないわ」


 メリンダはそっけなく言う。グレースは皮肉げに笑みを浮かべた。


「そりゃアサルトライフル片手に生き残ってきた私達と、ワイングラスより重いものを持ったこと無いような連中じゃあねぇ。…………今は良いけど、戦後どうしようかなぁ。私の許婚とか、生きてるか死んでるかすら分からないし……下手すると物理的に吊るし上げられてそう」


「……私の婚約者はもうダメだろうな。ラジオで捕まったって言っていた。形だけの裁判やって……午後には銃殺刑だろう。良い奴……では無かったが、冥福くらいは祈ってやろう」


 少し、しっとりとした雰囲気になる三人。それを破ったのはルイーズだった。


「やはり……全員でスカイ様の嫁ルート、ですかね」


 唐突にルイーズが言ったその一言に、二人の顔が引きつる。


「うわ、ルイーズがクリスティーナ派に感染したぞ~」


「衛生兵呼ぶか。エスペランサか? ジャクリーンか?」


「いや、でも実際アリじゃないですか? そりゃ高位貴族に比べれば、貧民街生まれの王子っての見劣りしますし、性癖はアレだし、女たらしだけど」


「「言い方!」」


「でも、イケメン、頭良い、ゲリラ戦の天才……愛は重いし、何より正室と第二婦人が割と話通じるのがデカい」


「……仮に生き延びて、戦後に結婚したとして、嫁いだ先の他の貴族男が、もっとやべぇ奴の可能性あるからなぁ……どうする? 例えば……グヴァル公とかダーター候のスキャンダルみたいに、領地から攫った幼女を慰み者として侍らせてる奴だったりしたら。スカイの下着フェチなんて可愛いもんだぜ?」


 メリンダの言葉に、三人がしみじみと頷く。


「ほんとそれ。戦場帰りってだけで気味悪がる男だって絶対いるし。特に王都でぬくぬくしてた系とか」


「はは……自分にとって都合のいい『お人形』じゃないからNGってやつ?」


 グレースは社交界の記憶を回想する。思えばあの場にいた連中はそんなのばっかりだった気がする。もちろん、全員が全員そうとは言わないが、それでも自身の隊長より上等な男が何人いたかと言われると、即座には答えられなかった。


「……でも。私達には銃がある。誇りもある。仲間もいる。そういう連中には分からないでしょうよ。分からなくていい。こっちも分かってほしいなんて思ってない」


 グレースはそっと抱えたAK47アサルトライフルを抱き直す。バナナマガジンが特徴の武骨な、撃つ為のデザインは、その辺の貴族のキザな男より遥かに美しく思えた。


「そして、ちょっと変態な王子様もいる」


「重い愛も、悪くないかもねぇ……」


 その笑いは、敗残兵ではなく、生き延びた者たちのそれだった。


 陽が傾き、風が木々を揺らす。


 焦土の中で、かつての貴族令嬢達はしぶとく、だが、確かに生きていた。


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