1、性癖語り
ここは、W世界線。地獄の内戦が「起こってしまった」世界線。
カークへの進軍中──大休止中
陽が高い。
乾いた風が林を撫でる中、第666特別大隊はしばしの休息をとっていた。
即席の遮蔽の陰では、少女たちがそれぞれ昼食をとりながら、銃を脇に置いて談笑している。
――その一角。地対空ミサイルランチャーのケースを背に座るオーガスタと、双眼鏡を首にかけたクラウディアが、支給された乾パンをかじりながら言葉を交わしていた。
「おう、偵察任務お疲れ。どうだった?」
オーガスタが乾パンを頬張りながら声をかける。
「今のところ、敵兵の影も形も無い……むしろ、これからが本番って感じかな」
クラウディアは乾いた笑みを浮かべ、双眼鏡を膝の上に置く。
彼女の瞳には、遠く霞むカークの山並みが映っていた。まだ、目的地までは遠い。
「従姉妹殿には、もう少し頑張ってもらおうじゃないの」
この二人は従姉妹同士である。オーガスタは妾腹ながら、クラウディアとは幼少時から仲は良かった。ほとんど幼馴染みたいなものだ。
オーガスタは口元を拭った後、唐突に声を潜める。
「……ところで、知ってた?」
「何を?」
「殿下って、下着フェチなんだよ」
クラウディアは一瞬、瞬きをして――すぐ、肩をすくめた。
「公然の秘密」
「なんだ、知ってたのか」
「よく干されてる大隊員の下着、眺めてるからね。本人は隠してるつもりだろうけど、視線でバレバレ」
クラウディアは乾パンをかじりながら、なんでもないように言う。
「でも可愛いじゃん。戦場で鬼神の如き戦いをする美少年が、女の子のパンティ大好きとか」
オーガスタはニヤリと笑い、声をさらに低くした。
「しかも極度の匂いフェチも兼ねてるらしい。……脱いだパンティ、貢げば好感度上がるんじゃない? 特に今はいてるの、王都陥落以来の逃避行で、村に着くまで何日か代えてないし、染みも匂いもたっぷり……」
「うわ、可愛い顔してえげつない事いうじゃん。それに、狙ってんの? ライバル多いよ~?」
クラウディアは呆れ顔で笑いながら肩を揺らす。
「レベッカに、アリスに、マルタに……はい、出た魔窟ハーレム。あの濃い連中の中に割って入るのは……まあ、オーガスタなら問題無さそうか」
オーガスタが身につけた、自身が撃墜した敵機の残骸を加工して作ったアクセサリーを見つつ、クラウディアは言う。
「まぁまぁ、私みたいな妾腹組にとっては希望の星みたいなもんじゃん? 殿下はさ。なんなら『クリスティーナ派』に入って、「戦後は皆で殿下に嫁入り思想」に傾倒するのもアリかなって思ってるくらい」
オーガスタの目がわずかに細まる。
「本来なら、私、政略結婚で汚いおっさん貴族の後妻にされてたのよ? 初顔合わせで、私の身体を舐め回す様に見てたきしょい視線は今でも覚えてる。愛があれば年の差なんて……って言葉があるけど、逆に愛が無い年の差婚ほどキツイもんは無いって。――あのカッコかわいい王子様の側室でも、十分『上がり』でしょ。」
「……違いない」
クラウディアは乾パンを噛み砕きながら、小さく笑う。従姉妹の複雑な家庭環境と立ち位置について、彼女はよく知っている。
「――しかし、オーガスタの『許婚のおじ様』含めて、王都でぬくぬくとしてた貴族連中かぁ。まだ生きてるのかねぇ」
その問いに、オーガスタは無情に肩をすくめた。
「そこは運次第だけど……。まあ、後方で「おーほっほっほ!」とか言ってお茶会やダンスしてた令嬢たちは特にきつそう。あの王都攻防戦時の混乱を生き残れる? 無理無理! あの冷静なニコレットですら、半ベソかきながら必死に逃げてたくらいだよ?」
笑いながらも、その声にはどこか冷めた響きが混じっていた。
「生きてたとしても……せいぜい娼婦に堕ちて、反政府軍の兵に二束三文で雑に抱かれてるのがオチよ」
「……だろうねぇ。変に生き残った方がきつそうだ」
クラウディアは吐き出すように笑った。
「ある意味、私らは運が良かったのかもしれない」
「そう。ここには有能な隊長もいる。友達もいる。煩わしい身分の違いも、そこまで気にしなくていい」
オーガスタの言葉は妙にしみた。
「ほら、グレース様なんて、本来なら――私らがお声をかける事すら許されない方よ? それが今、一緒に飯食って笑いあってる」
「……私も平和な時代なら、あの愉快なエレオノーラやレナに出会わなかった。地獄でも、住めば都か」
クラウディアの呟きに、オーガスタはにやりと笑って、ロケットケースをぽんと叩いた。
「なにより――ミサイル打ち放題ってね」
「ぷっ……あははは!」
クラウディアの笑い声が、乾いた空に響いた。




