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9、たまにはボケたい日だってある

 廊下の端を、三人分の靴音が軽く響く。


 エリザベスはスマホを見つつ、レベッカは腕を組み、アリスはなぜか工具の入ったショルダーを揺らしている。『工学女子』としてのアイデンティティらしい。


「しかし隊長も不思議なお方ですね」


 藪から棒に切り出したのはエリザベスだった。眼鏡の奥はいつも通りクールだったが、口元はちょっと楽しそうだ。


「何さ藪から棒に」


 レベッカは眉をひそめる。


「なんかナチュラルに邪神を取り込むわ、男のくせに女より可愛い顔してるわ」


「いやぁ、本当に面白い男だねぇ。ぞくぞくする」


 今度はアリスが肩をすくめ、悪友みたいな笑いをこぼす。


「ま、王子様って感じだよね」


 レベッカは一拍置いて、少しだけ視線を落とした。


「……ライバル多いのと性癖の闇深さが玉に傷だけど」


 スカイの闇深い性癖についても、このガチ恋勢筆頭は、『こちらの世界線』でもなんとなく察してはいた。


「案外、どこぞの王様の隠し子だったりして……」


 エリザベスが悪ノリで続ける。


「んなアホな……」


 レベッカは即ツッコミをいれたが、更にアリスが続く。


「分からないよ~? 世の中不思議な事はあるもんだ。隊長のお母さまが訳ありの王子を引き取った、みたいなカバーストーリーがあるかも」


「推測で物を言うのは良くないよ。……なんというか、二人とも変な陰謀論にハマらないでね?」


 レベッカはため息混じりに言うが、口角はさすがに少し苦笑を浮かべている。


 その時、エリザベスの端末が小さく震えた。


「そんな事を言っていたら隊長からメールが……何々。「例のものはグレイシーが持っている。探してほしい」……グレイシーが? 何で?」


 アリスの目がキラリと光る。


「こういう可能性は無いかな……実はグレイシーはスカイの本性を探っている反政府組織のスパイ」


「な、なんだってぇぇぇ?!」


 エリザベス、芝居がかった大声。廊下を歩いていたパメラとクラリスがビクッとしたので、レベッカが慌てて頭を下げた。


「いや、無いよ。何さ、反政府組織って」


 レベッカは即答。秒で斬り捨て御免。この世界線においては、泥沼の内戦が起こっているどこぞの世界線と違い、政治的には安定していて、そんな暴力的な反政府運動は起きていないのである。


 だが、アリスは両手をぱちんと鳴らした。


「そうと決まれば早くグレイシーを捕まえよう」


「おうよ!」


 エリザベスもノッてこぶしを握った。もはやレベッカのツッコミでは止まらない。


「……あ、今日は二人ともそういうノリでいくの……」


 レベッカは呆れ顔。エリザベスは真顔で宣言する。


「今日はボケ役の日という事で」


「陰謀論ってこうして誕生するんだなぁ……」


 三人は踵を返し、まずは購買部へ。夕方になり賑わいが引いた売店前には、まだパンの甘い匂いだけが残っていた。


「グレイシー見てません?」


 レベッカが店番をしていたバイトの高等部三年生……シャーロット・サイドワインダーに訊く。


「さっきフルーツサンドを二つ買って、美術室に行ってたよー」


「情報感謝。しかし、何故貴女がグレイシーの行方を?」


「ガチレズにはね、可愛い女の子を捕食する為のレーダー器官が心の中にあるのよ……」


「とりあえず穏健に生きてるレズビアンの人達に謝ってください。まあ、とりあえずありがとうございます」


 エリザベスが素早く礼を言い、地図アプリにピンを打つ。


「フルーツサンド二つ……片方は誰かの分? 共犯者の影……それに美術室。そこで落ち合うつもり?」


「いや、単にあの子、美術部員ってだけでしょ」


 アリスは横で無駄に不穏なナレーションを入れて、レベッカに肘で小突かれた。


 さて、美術室。エリザベスが室内に視線を走らせる。そこにいたのはグレイシー一人だけだった。彼女はキャンパスの前で何か考え事をしている様だった。


 腕には――茶色い大判本、背に「記録」の手書き文字。


「確保」


 エリザベスが低く言い、三人で自然に包囲する。グレイシーがぱちぱち瞬きした。

突然だけど、W世界線では通信機は出てきても、何故かスマホが出てこないよね? …………現代にナーロッパノリで生きてる独裁国家が「外の世界」を国民に知られると、色々都合悪いよね? ……まぁ、そういう事です。

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