8、何を見てヨシと言ったんですか……
マリーをじりじり包囲するマルタとエレナ。空気が一瞬、ぴんと張る。
「落ち着いて。落ち着こう」
マリーが両手を掲げる。ホールドアップ。額に冷や汗、けれど声は落ち着いている。
「とりあえずフローラのスクラップブックは返却棚にあるはず。今回は私が悪かった。……謝罪するから、パンツ取るのは勘弁して。私はトーネード姉妹みたいな露出性癖はないの」
「……って言ってるけど、どうする? フローラ? 隊長?」
マルタが肘で僕の脇をつつく。
「隊長がマリーのパンツを所望するなら、このまま剥ぎ取りを続けるが」
無表情のまま、エレナがえげつないことを言う。
「いや、そろそろ勘弁してあげて……」
スカイは慌てて手を振った。
フローラもカメラを抱きしめたまま、小さく首を振る。
「私としては、スクラップブックが戻ってくれば、マリーへの制裁は別に」
「こう言ってるし、ね? ね?」
マリーが食い気味に同意を取りにくる。必死だ。そりゃ、今はいてるパンツを剥ぎ取られたくないだろう。
「……ま、脅かすのはこのくらいにしておこうか」
エレナが肩をすくめ、悪戯っぽく笑った。どこまでが本気で、どこまでが悪ノリかはスカイには、判別出来なかったが。
「回収棚はどこにあるの?」
「……そちらに。……あれ?」
マリーが返却棚の列に歩み寄り、すぐ首をかしげる。
「ここに置いてあるはずが……?」
「ん? そこにあった茶色い大判本?」
困っているマリーを見て、図書委員腕章をつけたアレクサンドラ・サンダーボルトが顔を出す。
「グレイシーが借りていったわよ?」
「ファッ!?」
一同、完璧な合唱になった。図書室である事を考えると褒められた事ではないが、それだけの衝撃だった。
「禁貸本じゃなかったし」
「いや、あれ、私の本なんだけど」
フローラが手を挙げる。アレクサンドラが瞬きして、頬をかく。
「そういえば、貸出カードが無かった気が……ごめん。図書室に置いてある本だし、まぁうちのでしょ、ヨシ!って……」
「また現場猫案件かよぉぉぉ?!」
スカイが頭を抱えた瞬間、「シーッ!」と背後から別の図書委員であるクラウディアに怒られ、反射で全員背筋を伸ばす。条件反射って怖い。
「これはまた下着没収刑やろなぁ……」
マルタがぼそり。
「刑に処す? 処す?」
エレナがじり、と半歩前に出る。
「やめなさい君たち。生徒会長命令」
さすがにスカイは止める。これ以上図書室に喧騒をもたらす訳にはいかない。今日ほど生徒会長の肩書を有効活用した日はない。
「案外、校則違反した女子生徒への制裁には良いかもね。下着没収刑」
「マルタ先輩、なんて恐ろしい提案を……」
「押収品は隊長へ供物として捧げられる。……うん。抑止力としてはこれ以上ないくらい有用だ。この前核抑止っていう言葉を習ったが、まさに秩序の為には恐怖心も必要と……ついでに隊長も喜ぶ」
「やめろエレナ。全年齢版の小説でナチュラルに核抑止と同列にエロ校則を作ろうとするんじゃない……」
分かっちゃいたが、マルタもエレナも頭のネジがぶっ飛んでいた。……一瞬、本当に一瞬だけスカイ自身「最高じゃん、それ」と思ってしまったのは彼の業である。
「ええと、整理するね」
マリーが両手を上げて、短く区切る。
「返却棚に『記録』と書かれた茶色の大判アルバムを置いた。そこへグレイシーが来て、貸出処理……した『つもり』で持っていった。カードは無い。つまり――」
「私物の誤貸出」
スカイが続ける。
マリーがうなだれ、アレクサンドラは「ごめん……」とさらに小さくなる。しかし、フローラは唇を噛んだあと、ふっと息を吐き、にこりと笑った。
「大丈夫。見つければいいだけだし。ね、スカイ様」
「うん。グレイシーを探そう。……エリザベスにも連絡しておくか」
かくして、フローラのスクラップブック紛失事件は新たな局面に入ったのだった。




