4、フクロウの目
フローラ先輩の話を聞き終えて、スカイは一度深呼吸をした。
彼女のスクラップブック――中身は、主にスカイの写真――が行方不明だという。盗難か、落としたか。いずれにせよ、一刻も早く見つけるに越したことはない。
「とりあえず……」
彼はおもむろに携帯を取り出し、ある人に電話をかける。数コールの後に件の人物は電話に出た。落ち着いた声が耳に届く。
「……はい、どうかしましたか?」
「もしもし、マリー先輩。スカイです」
「ああ、隊長ですか。何か御用で?」
「フローラ先輩のスクラップブックが無くなったらしいんです。怪しい人物は見ませんでした?」
少しの沈黙。紙をめくる音が聞こえる。メモを見ているのだろう。
「……特に、それらしい目撃はありませんでした。……ですが、『パッセンジャー・ピジョン』の面々が今週また問題を起こしていたのは確かです。因果関係があるかは分かりませんが」
スカイは小さくため息をついた。
「リョコウバト案件ね……そうですか。なるほど。……また、動きがあったら教えてください」
「分かりました。隊長」
通話を切る。
「……」
何気なく振り向くと、レベッカとアリスがこちらを見ていた。レベッカが声をひそめる。
「今の電話……誰?」
「ああ、図書委員のマリー先輩だよ」
スカイは答えながら、スマホをポケットにしまった。
「学園の治安維持をお願いしてる。……フクロウの目を持つ女って言われてるくらい、観察力が鋭いんだ。彼女」
レベッカの目が、一瞬揺れた。彼女は小さく息をついて、視線を落とした。
(もしかして、察したかな……)
マリー・ホーネット。……他数名似たような協力者がいる。彼女らの役割は、スカイが放った密偵だ。教師や生徒会顧問に知られない範囲で問題を抑える、いわば裏方の治安維持部隊。その鋭さに、何度助けられたか分からない
「……パッセンジャー・ピジョンは、今回はおとなしくしているのか。あれの仕業じゃないかと思ったけど」
僕がぽつりと呟くと、レベッカが首を傾げる。
「……パッセンジャー・ピジョン?」
代わりに、アリスがひょいと顔を近づけてきた。
「スカイの中の『要注意生徒』の通称だよ。手癖が悪いのとか、無駄に教師に反抗的なのとか。いわゆる不良候補。リストあるから、後で見せてあげよっか? ね、レベッカ」
アリスの声はひそやかだけれど、どこか楽しげだった。
レベッカは僕を見て、アリスを見て――困ったように小さく笑った。
「……何? パッセンジャー・ピジョンって」
「リョコウバトの事。かつて何億羽もいたけど、人間の乱獲で絶滅した鳥だよ。不良共を絶滅させたいから命名したって」
アリスが当然のように言う。
「……」
レベッカがスカイを見つめる。その瞳には、少しの恐れが混ざっていた。
スカイは視線を逸らさずに、笑みを浮かべる。
「治安維持も、生徒会長の大事な仕事だからね〜」
冗談めかして言ったが、レベッカの顔は曇ったままだった。何かを察した様な顔をして。
「そういえば不良のカツアゲ現場に『タイミング良く』介入して現行犯として、物理的に『説得』して解決した事が何度かあったような……まさかあれも」
「……ああ、やっぱり怖がらせたかな。……だけど、こんなふうにしておかないと、きっと守れないものもあるから」
「……やっぱり怖いわ、この幼馴染」
レベッカが小さく呟いた。少しだけスカイの胸が痛む。大好きな幼馴染が悲しむ顔をするのは、彼も不本意だった。
「まあまあ、スカイはこの顔の癖に喧嘩クソ強いから。可愛い顔に油断して、イキってる不良ほど痛い目にあうのは最早風物詩。結果的に弱いものの守護神になってるんだよ」
レベッカとは真逆に、崇拝と畏怖の混じった表情でアリスが言った。
「しかもスイッチ入ると相手を過剰に痛めつける悪癖のせいで、ボコられた不良は確実に恐怖で彼に屈服するというPTSD製造機。ついたあだ名は「悪魔の小鳥」とかいう、怖いんだか可愛いんだか分からないやつ」
のんきにビスケットをかじりながら言うエリザベス。
「ま、良いんじゃない? トップに立つならこれくらい清濁併せ呑む器量が無いとダメですよ」
「そうそう」
一応、2人ともフォローしてるつもりらしい。レベッカも「そういうものなのかな……?」と少し表情が柔らかくなった。
「君達〜? お悩み相談の続きをしてあげた方が良いんじゃない?」
ネクロディアの声にスカイは我に返る。不安そうにしているフローラと目が合う。
そうだ、まだ彼女の話を全部聞いていない。まずは、状況確認から、だ。
「とりあえず、最後に持っていたのはいつだったか、覚えているかな?」




