10、進撃開始
太陽はすでに昇りきっていた。
朽ちた建物の隙間から差し込む日光が、出発を前にした大隊の輪郭を金色に縁取っている。
静かな空気の中、オウル隊の9人
――第1小隊のマリー・ホーネット、アレクサンドラ・サンダーボルト、グレイシー・フロッガー。
第2小隊のヴァイオレット・ヴァレンティア・リーパー、ブリジット・ホークアイ、ジャーネイル・フィッター。
そして第3小隊のクラウディア・ワイルドキャット、エレオノーラ・ドーントレス、レナ・デバステーターは、村外れの廃墟の外に集合していた。
「というわけで、カークに進撃します」
マリーが地図を片手に静かに口を開いた。
「オウル隊はいつも通り、先行偵察。一時間ごとに定時連絡。敵との遭遇時は報告しつつ後退。ルートは先ほど指示した通り」
指先が地図をなぞる。破線が深い森を越えて、147号線を伝ってカーク市へ続いていた。
「二日間の旅路ってわけね。到着はトラブルが無ければ明後日の朝」
アレクサンドラが地図を覗き込む。飄々とした口調の裏に、緊張がにじんでいた。
「敵との競合地域を抜けねばなりませんね」
グレイシーが呟く。表情は穏やかだったが、その声にはどこか覚悟のようなものが滲んでいた。
「何、いつもと変わりませんよ。私たちは大隊の目と耳になる」
マリーが、表情を崩さぬまま言った。いつものように、冷静で、鋭くて、優しい。第2小隊、第3小隊の面々も顔には緊張と希望が混じっている。
「……カーク」
グレイシーが、ふと顔を上げた。
「両親に連れられて、一度だけ行った事があります。三方を山に囲まれた、風光明媚な土地でした」
「風光明媚ね……」
アレクサンドラがかすかに笑う。
「さて、観光している余裕はあるかな?」
第3小隊のエレオノーラはグレイシーに視線を向けた。
「両親は? 疎開されてるの?」
その言葉に、グレイシーは一瞬黙り込み、少しだけ唇を震わせた。
「……死にました」
その声は、どこまでも静かだった。
「撃墜された政府軍の飛行機が、家に落ちてきて。私はたまたま外にいて、助かっただけで……。その後、町を占領した反政府軍に拾われて、スパイとしての教育を受けて……」
淡々と語るその口調に、アレクサンドラが眼をそらした。
「…………バレたけど、仲間達の情報を売ったから許されて、何の因果か、ここで、まだ偵察兵をしているんです。……まさか、自分がこんな風になるなんて思いもしなかった」
「……ごめん」
エレオノーラの言葉には、まっすぐな後悔がこもっていた。
グレイシーは、気にするなと言わんばかりに、ふっと微笑んだ。
「…………でも、良いんです。大隊の皆がいますから。ここにいるみんなが、家族みたいなものですから」
その笑顔は、いつも通りの、微笑むグレイシーだった。
――ただ、その裏にあるものを知っているマリーは、何も言えなかった。
「……それじゃ、行きましょう」
アレクサンドラが小さく頷いて言う。
「目と耳は、いつだって先に動く。フクロウの目を持つ女達。それがオウル隊の流儀でしょ」
「ええ」
マリーが頷いた。
「偵察部隊、出発」
グレイシーが最後に言って、席を立った。
彼女の背中は、薄い陽光に包まれて、やけに遠く感じられた。
「……グレイシー。もし、戦争が終わったらどうする?」
ふいに、マリーが静かに尋ねた。
それは、密偵仲間として、上官としてではなく、1人の少女としての問いだった。
「…………さあ。分かりません。ただ、そうですね……」
グレイシーは一度目を閉じ、そしてゆっくりと開けた。
「もし終わるなら、一度両親の墓参りに行きたいです。……一度も行けてないので」
「……じゃあ、その時はオウル隊の皆で一緒に行こう。偵察任務抜きで。ほら、隊長に言えば休暇くらいは取れるでしょ。たぶん」
アレクサンドラが、どこか照れ隠しのように笑った。
「大丈夫かな? 私達までついて行って。うるさくならない?」
「エレオノーラに、第2小隊の三人。姦しいのばっかだからね。うちの隊」
クラウディアの言葉に、エレオノーラは「違いない」と返した。偵察兵にあらざる賑やかさを持つのも、オウル隊の特徴だ。
「……それまで、生き延びなきゃですね」
グレイシーは、やはり笑っていた。
──けれどその笑顔の奥で、誰にも触れられたくない何かが、じくじくと疼いているようだった。
「……さ、行きましょうか。今日も忙しくなるわ」
マリーが地図を閉じると、9人はそれぞれ立ち上がった。




