9、複雑怪奇
時間は少し戻って作戦会議中、残された時間で装備の確認が進められていた。廃村の一角、かつて村人が集っていた集会所の中。かろうじて雨風をしのげるその場所で、レベッカは目の前に並べられた数丁の銃を見つめていた。
「見たまえ、これを」
元伯爵令嬢らしい柔らかな声と共に、マルタ・ロングボウが一丁のライフルを手に取った。手袋越しでもわかるほどに、彼女の指先はその銃に馴染んでいる。
「……昨日ぶんどった狙撃銃?」
「ああ。Type55。アールガム共和国製。ヴァルチャー隊で使っているのと同じ銃だ。私が狙撃兵時代に使っていたものと、刻印が一致する。……同じ工場製だよ」
マルタの翡翠色の瞳が静かに揺れていた。元エーススナイパーで、負傷によるPTSDで一線を退いた彼女にとって、これはただの銃ではない。スナイパーとしての栄光と挫折の象徴であった。
「……同じ工場製、か」
「これだけじゃないよ」
エレナ・ハインドが言った。整備兵らしく、既にすべての武器の刻印と部品構成を確認し終えていたようだ。
「昨日ぶんどった武器、全部、大隊で使ってるやつと同じ。mg778機関銃に、R77アサルトライフル。S100サブマシンガンまで。もちろん弾薬も流用可能だった」
「ま、助かるっちゃ助かるけど……」
フローラ・ウィスキーコブラが乾いた笑みを浮かべる。工具袋を腰に下げた彼女はため息をついた。
「前々から公然の秘密ではあったけど……改めて突き付けられるとキツイもんがあるね。政府軍と反政府軍、列強国が両方に同じ武器が流してるって」
「資源も地政学的重要性もない、せいぜい言葉が言語学的に珍しいくらいの田舎国家の内戦なんざ、政府軍が勝とうが、反政府軍が勝とうが、大国連中にとっては、どっちでも良いのさ」
マルタが言うその口調は、諦めと軽蔑が混ざったような声音だった。
「国際情勢ってやつは、複雑怪奇だねぇ……」
レベッカがぼそりと呟くと、エレナが肩をすくめて返す。
「私達の関係に比べたら、よっぽど分かりやすいよ。連中の目的は金儲けとデータ取り。こっちは、思想も出自も恋愛事情もぐちゃぐちゃで、よっぽど面倒くさい」
「……てか、なんで私達、スカイ様の愛人組が、こうやって正室様と普通に仲良ししてんだろ」
唐突にフローラが口にした疑問に、一瞬、空気が冷える。
だがマルタはあっさりと答えた。
「それが、レベッカが唯一アリスに勝ってる所だからね。このお化けコミュ力」
「唯一とか言うなよぉ……」
ツッコミ混じりに返すレベッカ。
「でもまあ、事実だよ」
エレナが素直に言う。
「アリスも陽気で頭の切れる奴だけど、あれはどこか『自分の領域』で完結してる。正室様は誰にでも自然に距離を詰めて、仲良くなれる。しかも、相手がどんな出自でも関係ない。貴族だろうが貧民だろうが、私みたいなガチガチの王党派だろうがね」
「残った大隊員全員と友達とか、そりゃ誰も文句言わないって……正室になるのに」
フローラの言葉に、レベッカは照れくさそうに笑った。
「……ひどい戦争だけど、生き残ろうね。……あんた達みたいなのでも、いなくなると寂しいからさ」
「安心しなよ。ヤンデレは滅多なことでは死なないんだ」
マルタはそう言って、持っていた狙撃銃をケースに入れた。
これから再び、命を懸けた行軍が始まる。それでもこのひととき、女たちの間には奇妙な連帯と、絆のようなものが確かに存在していた。
それは恋愛でも、上下関係でもない。
共に同じ地獄を歩いた『仲間』としての、奇妙だが、確かな繋がりだった。




