8、辺境の王
廃教会の中、かつて存在した村の人々が集まった礼拝所の跡地。会議が終わり、他の幹部達がそれぞれ出発準備に戻った後、そこにはスカイと、ただひとり残ったアリス・アリゲーターの姿だけがあった。
スカイは朽ちた祭壇に。アリスは朽ちかけた椅子に腰かけて、背もたれに深くもたれると、いたずらっぽく笑った。
「……このまま、666大隊を率いて、この辺りの地域を実効支配してさ。独立勢力化。割とアリだと思うんだよね、私。皆、スカイのためなら喜んで命を差し出すような子ばっかりだし、部隊はゲリラ戦特化型。いい線いけると思うよ」
「……だったらさっきの会議で言えよ。今さら裏会議か?」
スカイは半ば呆れたように返しつつ、祭壇の上で足をぶらつかせる。動きに連動して、彼の頭の2本のアホ毛も揺れる。
「ふふ。人前で言うの、ちょっと空気読めなすぎてさ」
アリスは茶目っ気たっぷりにウインクしながら続けた。
「辺境王スカイ・キャリアベース。……悪くない響きだと思うけど?」
「ガラじゃねぇっての。俺に統治者なんて向いてない」
スカイがため息混じりに言うと、彼女は少し寂しげに笑った。
「……分かる。でもさ。666大隊が崩壊せず、ちゃんと動いてるのって、スカイが白馬の王子様になってるからじゃん? 逆に言えば、それで十分なんだよ、今のこの情勢じゃ……。他の都市は今や敗戦のせいで無法地帯だろうし。王都陥落時に逃げた連中も、ろくな末路は辿ってないんじゃないかな? この大隊が一番安全まである。良いじゃん、ディストピアの宗教国家でも。相対的に一番まともならさ」
スカイは言葉を返せず、視線を落とす。大隊から逃げて行った連中の顔がチラつく。この状況では逃げたところで、幸せにはなっていないだろな、と思う。
アリスはゆっくりと立ち上がると、蝋の垂れた祭壇を指でなぞりながら、ぽつりと口を開いた。
「……私さ、一応男爵家の生まれなんだけど。まあ、今となっては没落してるけどね。でも、うちの血筋、実はちょっとレアなんだよ。系図を遡れば王家にも繋がってるの。知ってた?」
「……初耳だな。没落貴族出身とは聞いてたが……俺とは遠縁の親戚同士ってわけ」
「150年前の内乱でさ。私のご先祖、反乱軍の副大将やってて、王家に近かったくせに、正式な後継者と別の王子担ぎ上げて反旗を翻して、あっさり負けて死んだ。そっからずっと不遇の時代よ。……だからこそ、思うんだ。私の代で賭けてみたいって」
「何にだ?」
「スカイに、だよ。王の隣に立つ女として」
スカイは目を細めた。
「……随分と重い『推し活』だな」
「ふふ。私以外にも没落貴族ばっかりだよ、残った子達。ジュリアも、シャーロットも、サマンサも、ルーシーも……皆、内心で考えてることは一緒なんじゃない? 可愛い王子様についていけば、もしかしたら。ってね。そんな子たちが、今ここに残ってる」
「権威主義なんて、大嫌いなんだけどなぁ……」
スカイは額を押さえて、思わず苦い顔になる。……貧民街出身として、特権階級の連中に対する絶望と仄暗い憎しみは深い。血筋に胡座をかいた無能な王族貴族は大嫌いだ。
……貴族出身でも、現在まで残った666大隊の子達は別だ。彼女達こそ『本物』の貴族だ。とも思っているが。
「……ウソつけ。本当に権威主義嫌いなら反政府軍に寝返ってる。むしろスカイの思想はエレナに近いよ」
「……まさか。あの面倒くさい王党派に?」
エレナ・ハインド。アリスの部下の1人で自他ともに認める王党派。……そして俺の愛人の1人。たまに俺でもゾッとする事を口走るほど思想が強い子だが、まさか……。
「スカイは単に今の貴族や王族に失望してるだけ。面倒くさい反転アンチ。だって大好きでしょ? 『覚悟を決めたカッコいい王族や貴族』って。……うちの隊の最前線で命を張る王族や貴族。ああいう子たちを、放っておけないんでしょ? 本当に王族貴族なんてクソ食らえなんて思ってたら、腐っても貴族令嬢の私や、王党派のエレナを抱けないよ」
アリスはスカイの視線を真正面から受け止めて、笑う。挑発とも、誘惑ともとれる笑みだった。
「もうさ、いっそ全員に『お手つき』して娶っちゃえば? 大隊の皆。それこそ全員、忠実な殉教者に出来るよ? ……私もレベッカも文句言わないよ、多分。それにスカイのセックス依存も満たせる」
「……お前はまた、そうやってレベッカを泣かせようとする」
「だって、あんなからかい甲斐のある正室いないよ? 泣かせたくなるじゃん。本当に可愛いよ、あの子。スカイは良い幼馴染を持ったね」
アリスは楽しそうに笑った後、ふと真剣な目になって言った。
「……でも、どうする? もしも、スカイが本気でそういう道……中興の祖になる道を選ぶなら……私は最後まで付き合うよ。最期まで、ね」
その言葉に、一瞬だけ、胸の奥がざわついた。だが、スカイはすぐにそれを振り払い、答える。
「……決定は覆さない。姉上たちと合流する。それが今、一番多くを守れる道だ。……それに、100人の同年代の女の子達にチヤホヤされれば、もう十分だ。……俺は王様に万歳三唱してるモブのうちの1人で良い」
アリスは静かに頷いた。その表情に、文句も嘲りもなかった。
ただ、残念そうな、でも、どこか嬉しそうな笑みを浮かべて。
「…………野心が薄いところも好きだよ。私たちの、王子様」
廃教会の奥に差し込む朝の光が、静かに2人の影を伸ばしていた。
補足:EXシナリオで出てきた100股皇帝こと、Hスカイルートはここでクラリーチェがした演説を、彼女ではなく、王都で口だけ偉そうな事言って引きこもってた別の王族が実行+アリスの甘言に乗る事で解放される。この時点でヤッた人数は関係ない。
「――徹底抗戦だと……? まだ、地獄を続けたいのか、無能王族様がよ……。良いだろう、我がこの悲劇の連鎖、止めてやろう。第666大隊各員に告げる。我に続け……!」




