7、進路変更
さて、部隊の方針は、亡命に成功すれば、彼の地で再起を図る。失敗ならこの廃村に戻り……あまり長生きは出来なさそうだが、最期の時まで穏やかに暮らす。という方向に決まりそうだ。
そんな中である。
情報収集の為、常につけっぱなしになっているラジオ。そのアナウンサーが突然、慌てた声で話し始めた。
「臨時ニュースを申し上げます! 臨時ニュースを申し上げます! 本日未明、国王陛下崩御後、権限を引き継いだブラックバニア臨時政府は、反政府軍との間に降伏文書に調印を行ったとの事です! 繰り返します! ブラックバニア臨時政府は本日未明、反政府軍との間に降伏文書に調印を行ったとの事です!」
「何?!」
突然のニュースにスカイは驚愕の声を上げた。いや、彼だけではない。部隊の全員が、驚愕と敗北感と不安の入り混じった表情でニュースを聞いていた。
「……ブラックバニア臨時政府の発表によりますと、残存する政府軍部隊はただちに戦闘を中止し、武装解除に応じて、各自反政府軍に投降すべしとの事です!」
ラジオの声に、スカイは力なく呟く。
「……まったく。好き放題言ってくれる。こっちは投降なんて出来ないっつーの」
繰り返していうが、彼と部隊の貴族出身者にとっては投降は死と同意義である。残念ながらこの選択肢は取れない。
「臨時政府……! 王都陥落後は、私達にろくな指示も出さずに5日間も放置して、今更降伏しろ、なんてのんきなものね!」
優等生(密偵)で、元スパイで、現スカイの愛人枠の1人という、こちらもアリス同様、属性大渋滞のグレイシーが珍しく声を荒げた。
……裏切った元スパイという立場的に、投降したら死刑確定な彼女も彼女なりに、今までの話でストレスが溜まっていたのだろう。
「ま、そう言うな。臨時政府なんて降伏文書調印の為に生き残りの政治家や貴族達が集められただけの形だけの政権だ。…………元は、あの馬鹿親父……国王陛下が何の責任も取らずにスパッと自決したせいだ。彼らは尻ぬぐいをさせられているだけに過ぎんよ……」
スカイはそう言って、哀れなピエロ達のフォローをする。
なお、彼らがもっとしっかり国王や主戦派を諫めてれば、ここまでグダグダな内戦になってないから、同情はしない。
「……臨時政府の言う事には従えん。俺達はさっさとケツをまくろう。エリザベスと各中隊長はこの後、廃教会に来てくれ。亡命の細かい計画を立てよう」
スカイが力無くそう言って立ち上がった時、ラジオから妙なノイズが流れた。ノイズはしばらく続く。
「……故障か?」
しばらく続いたノイズは、やがてクリアになった。
クリアになったラジオから聞こえてきたのは、勇ましげな、女性の声だった。
「ーー聞こえるか? 全政府軍残存部隊。私は、第三王女、クラリーチェ・ヴァレンティアである」
「姉上!?」
突然、聞こえてきた腹違いの姉の声に、スカイは思わず驚愕の声を上げる。
「スカイ……これ、故障じゃないよ。電波ジャックだ」
アリスが冷静に言って、ラジオの音量を最大にする。
「同胞たちよ、聞け──」
第三王女ーークラリーチェ・ヴァレンティアは叫ぶ。
「臨時政府を名乗る者たちが、敵に膝を折り、誇りを投げ捨てた。
降伏だと?
武装解除だと?
投降だと?
この期に及んで、奴らは自らの保身のために、先祖の魂を踏みにじったのだ。
だが、我々は違う。
我々は、銃を取った。戦車を駆り、砲を撃ち、命を賭けて戦ってきた。王都でぬくぬくとしていた奴らに代わって!!
誰のために? 何のために?
それは、祖国の未来のためだ。
この地に正義があるとすれば、それは今なお戦場に立つ、お前たちの中にこそある!
私は宣言する!
臨時政府は、もはや祖国を語る資格がない。
彼らはただの売国奴、膝を折った犬どもだ。
彼らの命令に従う必要はない!
正統なる政府はここにある!
我ら第8強襲機甲師団──そして志あるもの達よ、目覚めよ!
今こそ再び集結の時だ!
祖国の名において、
真の王家の血を引く我が声に、応えよ!
すでに我が妹、ニーナ・ヴァレンティアと彼女を敬愛する鋼鉄の蜻蛉達、第2ヘリコプター旅団は我々とともに槍先を並べている。
銃を持て。魂を燃やせ。
奴らのいう『終戦』など、『降伏』など、我らには届かぬ!
希望は、まだ、ここにある!
全ては祖国のために! 我らが旗は、まだ燃え落ちてはいない──!
集え! 志あるもの達よ!
我らは、反政府軍の蛮行に憤慨する誇り高きカーク市の人々から支持を集め、そこを根城としている。
政府軍の生き残りたちよ!
我と我が軍団に続け!! カークに集え!!
ブラックバニア、万歳!!」
そこまで言って、演説は途切れた。ラジオでは大混乱するスタジオの様子が生々しく実況されている。
「…………ご運が開けましたね。殿下」
エリザベスが耳打ちしてくる。
「……くくく。ハハハ……!!」
スカイは思わず、笑みが溢れた。
ここまで都合の良い事が起こって良いのだろうか?
まだ、第666大隊の命運は尽きてはいない。
まだ、彼らと合流出来れば、希望はある。
「レベッカ……夢じゃないか確かめたい。俺の頬を思いっきりぶん殴ってくれ!」
「え、えぇ……? 良いの? 今スカイの女癖の悪さに結構怒ってるから、全力でいくよ?」
流石に困惑しているが、スカイがうなずくと、彼女は宣言通り、結構な力で頬をぶん殴ってきた。
衝撃と共に、口の中に血の味が広がる。だが、同時に夢ではない事も改めて分かった。
「痛〜~~っ!! 夢じゃない! 夢じゃないな!!」
スカイは、テンションを高くしながら、麾下の部隊員に指示を出す。
「よし、作戦変更! 亡命は取りやめだ。これより第666特別大隊はカーク市において、第8強襲機甲師団及び、第2ヘリコプター旅団との合流を目指す! 行軍計画を立てる。エリザベスと各中隊長は廃教会に集合! 他の皆は出発準備を整えろ!!」
彼は拳を天に向けて突き上げる。
「大隊長命令である!! さぁ、諸君、生き残るぞ!!」




