4、参謀
「あら、殿下。お一人ですか? いつもはレベッカと一緒なのに」
「ああ。少し……やらかした」
スカイはぼんやりと配給の朝食のビスケットを食べながら、いつの間にか隣にいたエリザベスに言う。
場所はアーマード補給車の脇。スワロー隊の配給担当から朝食をもらって、直ぐ側で食べている。
本日の朝食は昨日の略奪品のビスケット。反政府軍の連中はどんなものを食べているのかと、好奇心に胸を膨らませていたが、普通のビスケットで少し落胆していた所だった。
「……何やらかしたんです?」
「…………致した後、寝言でアリスの名前呼んでたらしい。そしたら怒っちゃった」
「うわぁ……」
呆れ顔でスカイを眺めるエリザベス。
「そう引くなよ。寝言だ。故意に言ったわけじゃない。事故だ、事故」
「……よくレベッカはこんなのと別れないなぁ」
「おい。こんなのとか言うな。一応俺、王子だぞ。敬って?」
この参謀は彼にたまに毒を吐く。ただの新兵がこんな口きいた日には、その日のうちに最前線に配置してやるが、彼女とは良くも悪くも信頼関係がある。別に怒りはしない。
「そりゃ怒りますって。殿下の女癖の悪さは今に始まった事じゃありませんが。それにしても、ねぇ」
「自分が女たらしのクズな自覚くらいはあるよ。皆まで言うな。だが、部隊の女の子の忠誠心を上げるには抱くのが一番手っ取り早い。グレイシーを見てみろ。今やスパイから立派な忠犬だ」
「……ほんと、刺されないでくださいよ。この部隊、軍隊というより殿下のファンクラブみたいなもんなんですから。真面目に何人か後を追いかねません」
「王族として、殉死者が出るのは誇らしいねぇ。今日日いないぞ? 主君に殉死する忠臣なんて。王都陥落の時にくたばった馬鹿親父の為に、殉死した奴がいたなんて話は、聞いた事が無い」
「茶化さないでください。割と真面目な警告です」
そんな雑談をしつつ、なんとなく2人で座って朝食をとる。普段、朝はレベッカと食べるから新鮮だった。
「……さて、真面目な話をしよう。俺の女性関係は置いておいて。……部隊の方は今後はどうするかな。いくつか選択肢は浮かんでいるが」
スカイが真面目な話をし始めたのを見て、この一つ年上の才女は、眼鏡の奥の瞳が光った。
彼女とはレベッカやアリス達と違って、恋愛的な情な無いが、それだけに冷静なやり取りが出来る。
「……殿下が、これからどうしたいのか、にもよります」
「…………生き残りの666大隊全員を守りつつ、祖国奪還。こんな事が出来るか否か」
「全員を守りつつ。ですか……また難しい事言いますねぇ」
少し、困った様に目を閉じるエリザベス。スカイは、話を続けた。
「候補1。このまま昨日の様に反政府軍を襲って物資を略奪しつつ、近隣の集落を制圧。実効支配し、力を蓄えつつ独立勢力として旗揚げ」
――ある意味一番ロマンはあるが……。実行出来るかは正直、微妙だ。
反政府軍だって馬鹿じゃない。昨日の襲撃で後方拠点でも、もう警戒心は最大になっているだろう。昨日の様に鮮やかに強盗稼業を続けるのは難しかろう。
それに、多分だが俺は統治者には向いてない。――そうスカイは自己評価していた。
666大隊は女学生学徒兵部隊なんて特殊も特殊な環境だから、何故かファンクラブ化してるが……普通に統治者になった場合、ディストピア作って悪のハーレム野郎として討伐されるのがオチだ。お山の大将はお山の大将らしく、可愛い女の子達からヨイショされているこの環境が一番性に合っている。
そう、ビスケットをかじりながら思った。
「候補2、反政府軍に投降する。……だが、この選択肢は選びたくない」
――恐らく、この選択肢を選べば部隊の『平民出身』の学徒兵達は、元の女学生に戻れるかもしれない。
だが、逆に言うと彼と部隊の貴族出身者は高確率で戦犯認定される。
特にスカイは王子かつ、20000人以上の死を反政府軍にもたらした悪魔だ。ほぼ確実に処刑される。殺す必要性以上に、生かしておく理由が無い。
反政府軍が革命を唱えている以上、旧支配層である貴族、王族を親に持つ子達は見せしめとして、何らかの処罰が下るだろう。ちなみに残りの大隊員のうち、6割は他に行くあてのない貴族階級出身だ。下手すると部隊の半分以上の子がスカイと共に仲良く街頭に吊るされる事になる。
トロッコ問題では躊躇いなくスイッチを押すタイプだが、進路変更先にいるのが、自分自身と身内となると、さすがに話は変わってくる。
「候補3、近隣の友好国に保護を求め、亡命する。その後、力を蓄えつつ、捲土重来を図る……一応、これが俺的にはプランAだ」
――ただ、デメリットが無いわけではない。おそらく、もう、陸続きの国境に通じる道は、ほぼ封鎖されているはずだ。無理に通るか……はたまた、何か策略を考えるか……。いずれにしろ、何らかの犠牲が出る事は覚悟しなきゃならない。
それに、そもそも、先方が受け入れを拒否した場合、その時点でゲームオーバー。
よしんば亡命を受け入れてくれても、果たして今度は、本土奪還なんて出来るか否か……この手の亡命政府が、実際に帰還に成功した例ってどのくらいあるんだろうか?
「候補4、健在な友軍と合流して、祖国奪還の為の戦いを続ける……これも、あんまり現実的じゃないなぁ」
――なにしろ、政府軍正規軍の連中ときたら文字通りクソの役にも立たない。なんなら肥料になる分、クソの方がまだマシだ。
士気も練度も壊滅的。以前、戦場でスカイ達学徒兵部隊を見捨て、盾にしてさっさと逃げ出した事も一度や二度ではない。その時はスカイ達がしんがりをやらされて、少なくない損害が出ている。
……まあ、その辺りは反政府軍も似たようなもんだから、こんな泥沼の内戦になっているんだが。両方上が腐ってのだ。現場はやってられない。
そんなのと合流した所で、何が出来ようか。彼のモデルになった2人(呂布&義経)の様に、油断していたら寝首をかかれて、首を手土産に反政府軍に投降するくらいのギャグは期待しておいた方が良い。
まだ、この廃村で(現実的に出来るかどうかはともかく)自給自足生活でもしていた方がマシだ。
…………例外的に、姉達。
第三王女、クラリーチェ・ヴァレンティア率いる第8強襲機甲師団。
第六王女、ニーナ・ヴァレンティア率いる第2ヘリコプター旅団。
このどちらかとならば合流しても良い。彼らは政府軍正規軍の中で唯一と言っていいほど、まともに戦った部隊だ。実際、王都陥落前に何度か共闘した事があるが、練度も士気も第666大隊に、負けずとも劣らずだった。
姉達は途中で貧民街から連れてこられたスカイと違い、2人とも正式な王族である。ヴァレンティア姓は王族のみが名乗る事が出来る。彼のキャリアベースの姓は母の名字だ。
……事情的に仕方無いが仲間外れ、お前は厳密には王族と認めていない、というわけである。彼は母の姓が気に入っているから、別に気にしてはいないが。
2人とも、母親の身分が低くて冷遇されて軍人の道に行ったそうだが、そんな姉達が他の口だけで無能な王族貴族達を差し置いて、大活躍するとはとんだ皮肉だ。
とにかく、この2部隊となら合流もありだ。ただ問題は今彼女らがどこで潜伏しているか、だが。姉達が死んだり捕まったという情報は、少なくともラジオからは入ってこないから、生きているとは思うが…………。
「正直、どの選択肢も博打ですね」
率直な感想をエリザベスは述べた。
「だろう? どれを選ぼうが、難易度ハードモード。いや、それ以上のルナティックだ」
「今までだって、難易度ルナティックだったじゃないですか。今更でしょう」
「覚悟を決めるしか、無いな。…………亡命かなぁ」
少し寂しげに呟いて、スカイはビスケットを口に入れた。




