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3、師弟

 朝靄のかかる廃村の一角。廃屋の軒先。


 レベッカ・シューティングスターは、どこかぼんやりとした目をしながら、手の中のビスケットを眺めていた。スカイと並んで朝を迎えることが当たり前になっていた彼女にとって、今朝は少しだけ肌寒い。


「……ナナ。一緒に食べよ?」


 彼女がぽつりと声をかけたのは、少し離れた場所で配給のビスケットをかじっていた少女。ナナ・デルタダートだった。


 彼女とレベッカは師弟関係にある。新兵時代、志願兵として666大隊に来たナナに、戦闘のイロハを叩き込んだのはレベッカだった。


 歳は同い年の15。それも身分の差もあるにも関わらず、彼女はレベッカを師匠と慕ってやまない。


 ナナは王都の主戦派貴族の令嬢である。だが、安全圏にいながら戦争を煽る家族や許婚に疑問を感じ、周囲の反対を押し切って、学徒兵に志願した真面目な少女だった。


「師匠……朝はいつも隊長と一緒に食べてたはずじゃ……」


 ナナは怪訝な顔で振り返る。レベッカは曖昧に笑って、少し肩をすくめた。


「まあ……昨日、色々あってね」


「……隊長と何か?」


「………………察して。ちょっと冷却期間って事で」


「…………すんません」


 ナナはそれ以上何も言わず、黙ってレベッカの隣に腰を下ろした。ナナはビスケットを割って、ふと思い出したように口を開いた。


「師匠、前々から思ってたんですが……」 


「んー?」


「この部隊って、皆着てる制服のデザイン違いますよね? 黒軍服にミニスカートっていう格好は共通ですが……襟の形とか、袖口のラインとか、全然違う」


 レベッカは、ふっと笑った。


「ま、現場の事情ってやつかな」


「現場……ですか?」


「登場人物紹介で掲載してるAI生成イラストは仕様上細部に違いが出るから……っていう、ちょっとメタい事情は置いといてね。……実際の話をすると、この軍服、作ってる工場によって全部規格が違うんだよ」


「規格が?」


 ナナはビスケットを噛みながら、レベッカの顔を見た。


「…………普通、軍隊としてそんなこと、あっちゃいけないんだけどさ。規格統一しようとしても、もう出来ないんだよね。工場の機械が壊れて縫えないパーツがあったり、そもそも材料が届かなくて、質の低い布やボタンで作ってたり。参ったねぇ。こんな状態で戦争やってるんだから」


「……」


「おまけに兵站もボロボロ。新しい軍服なんて申請したってまず来ない。で、自分で直してるうちに、元のデザインからどんどん逸脱していく。気づけばみんな似てるけど、よく見ると違う格好になってる」


 ナナは視線を落とし、自分のスカートの裾をつまだ。


「……これがこの戦争の現実、ってことですか」


「……そんな中でも、食料と弾薬だけはきちんと確保してくれるスワロー隊のシャーロットさんはよくやってくれている。スカイにちょっかい出すのはやめてほしいけど……」


 苦笑しつつ言うレベッカに、ナナは少し黙ってから、ぽつりと呟く。


「…………勇ましいことばかり言っていた父達は、この話、知っていたんでしょうか?」


 レベッカは少しだけ目を伏せ、慎重に言葉を選んだ。


「……ナナの家族をあまり悪くは言いたくないけど……。まあ、知らなかっただろうね。知りたくもなければ、知ろうともしなかった。でなきゃ、多少妥協してでも、早期終結目指すって方向になってたでしょ。まだ10代の女の子が、ボロボロの服着て、命かけて戦ってるなんて現実、直視してたらさ。……私ら普通だったらオシャレして、勉強して、恋愛してる年齢だよ?」


 ナナは口を引き結び、目を細めた。


「……負けるべくして、負けたんですね。私ら」


 しばしの沈黙が流れる。


 風が吹き、どこかでトタンの屋根がカランと音を立てた。


 レベッカは、その音を聞きながら、ふっと息をついた。


「……ま、私たちはまだ生きてる。それで、ひとまず『勝ち』としようよ」


「師匠……」 


 レベッカは静かに続けた。


「……スカイについていけば、生き残れる……今までだってそうだった。…………そう。あの人のしてることは、正しいことなんだよ。きっと」


 その言葉は、祈りのようであり、自己暗示のようであり、呪いのようでもあった。


 レベッカはため息をついて、遠い目をする。視線の先にいたのはアリス・アリゲーター。オードリー・フェロンと共に彼女達も朝食をとっている。


「……それにしても、まじめにやってた奴が馬鹿を見るのはどこも変わらないなぁ。…………こっちは昔からコツコツ、スカイに接近して、ようやく恋人になれたと思ったのに」


 人の恋人を横からかっさらおうと狙っている、永遠の恋のライバルを見ながら、レベッカは小声で呟いた。


 まったく、あの能力と執念深さは尊敬に値する。皮肉じゃない。あの才能と執着心はレベッカにはない。


 それに彼女、没落貴族出身とか言っていたが、血筋自体は結構良くて、王家の血も少し入ってるとか。……参ったなぁ。そういう意味でも絶対勝てない。こちらはただの貧民街の貧乏人の娘だというのに。


 レベッカもレベッカで、アリスにはある種の敬意をもっている。……好きでは無いが、スカイとアリスと彼女の三人で交わりあう程度には嫌いでは無い。


 ……あいつめ、どこまでも食らいついて的確にこちらの快楽を引き出してくる。


 ……我ながらとんでもない関係性だ。


「どうしました、師匠?」


「……なんでもない。戦争の話」


 レベッカはそう言って誤魔化す。自分達の爛れまくった三角関係に、可愛い弟子を巻き込むのは可哀想だ。


「この戦争で、まじめに戦ったの、私達と他に何部隊かだけだよねって話」


「政府正規軍の連中はやる気のねー奴らばっかりでしたからね……」


「頑張ったのは私ら666と……第8強襲機甲師団に、第2ヘリコプター旅団くらいじゃない? 二つとも指揮官はスカイのお姉さん。勇猛だったご先祖の血が今になって発現したかな」


 そこまで言って、レベッカの瞳には怒りの色が浮かぶ。


「…………その他の正規軍部隊はダメだ。こっちが何万人殺そうが、他の連中が逃げだしたら意味ないじゃん! 軍のお偉いさんは、奴らの後ろにこそ、督戦隊を置くべきだった!」


 レベッカは、そう言って乱暴にビスケットを噛み砕いた。

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