1、汚れ役
「ほれ、オードリー。こいつが欲しかったんだろう?」
バンデット作戦後の朝。勝ち戦の余韻が残る中、アリス・アリゲーター――コーモラント隊の隊長にして、少し物騒な愛情を持つ整備兵が、笑みを浮かべながら大きな布包みを放り出す。
ウッドペッカー第2小隊『エスケープキラーズ』のリーダー格、オードリー・フェロンは半ば反射的にそれを受け取り、すぐに中身を確かめた。布を剥がすと、そこにあったのは――
「……こいつは!」
重みのある感触。金属の光沢。愛おしさすら感じるシルエット。
「MG778……! 『電動ノコギリ』……!」
オードリーは言葉を詰まらせた。
「かっぱらった物資の中に混じってたの。王都に置いてきたんだろ、前の相棒。スカイと私からのプレゼントさ。ほら、ピカピカの新品だよ」
アリスはどこか誇らしげだった。冗談めいた口ぶりだが、その目は真剣だった。
「ありがたい……! s100の豆鉄砲じゃ、やっぱ心許なかったんだよ……!」
彼女の頬は自然と緩んでいた。こうして人に心から嬉しさを表すのは、久しぶりだったかもしれない。
「喜んでくれて何より。整備も済んでる。分解して磨いて、作動確認までやってある。弾詰まりの心配はゼロ。『電動ノコギリ』の二つ名通り、毎分1200発の弾幕射撃が可能だ」
「……でも、本当に良かったのか?」
オードリーはふと、表情を引き締める。
「私の役割を、アリスだって分かっているはずだろう? この機関銃の弾が……味方に向くことだって、あるかもしれない」
少し間があってから、アリスは静かに笑った。朝日に照らされたその横顔は、妙に綺麗だった。
「……分かった上で渡してるよ。私だって、戦場で仲間見捨てて一人逃げるようなやつ、大っ嫌いだもん。あんたのやってること、理解できるよ。だからこそ……ちゃんと撃てるようにしておきたいの」
その言葉には、理屈ではない、どこか歪んだ優しさがあった。
「……ははっ、やっぱ部隊公認のヤンデレは一味違うな」
オードリーが冗談めかして言うと、アリスは肩をすくめて笑った。
「でもまあ……正直、もう督戦隊の出番は減るんじゃない? ここまで来て、今さら脱走するような奴、いないでしょ」
「そうだといいんだけどな。……でも、私は撃つよ。たとえ今からでも、666大隊を裏切るような奴がいたら――」
言葉の終わりを飲み込む。
「……それが、私の『役目』だから」
アリスは少し黙ってから、ぽつりと言った。
「まじめ……ほんと、あんた……督戦隊には見えないよ。赤い腕章外して制服脱がせたら、ただの女子高生だ。16歳の、ただの女の子だよ」
オードリーは苦笑する。
「学生に戻るには、少し手を汚しすぎたな。……まあ、自業自得だけどね」
「本当にまじめか」
「ふざけた奴には、督戦隊なんて務まらないんだよ。いざって時、一緒に逃げ出しちまうさ」
アリスは立ち上がり、機関銃の銃身を撫でながら言った。
「こう見えて、皆……感謝してると思うよ。あんたらが恐怖で縛らなきゃ、666はとっくにバラバラになってた。支えてるんだよ、あんたらが。誰よりも」
オードリーはMG778をそっと胸元に抱きしめた。手に馴染む重量が、なんだか心地よかった。
「……汚れ役をやってきた甲斐が、少しはあったかな」
朝日が、鋼鉄の銃身を赤く照らした。




