2、人の心
「無駄ですよ、レベッカ。この人に人の心はありません」
突如そんな爆弾発言を放ったのは、生徒会副会長にして僕の右腕――エリザベス・ラプター。
「心外だねぇ?」
机の上で書類を整えていたスカイは、顔だけそちらに向ける。うるうるとした目で上目遣い。どんな女の子でも落とせる様な表情を作るが、それがエリザベスに効くことはなかった。
「いや、昔はその顔で何度も丸め込まれましたが、もう効きませんよ。3年も付き合いがあれば耐性もつきます。だいたいそういう顔するときは、ろくでもない事をたくらんでる時って分かってるんですよ」
「ちいっ」
「まず、自他ともに認める合理主義者でしょ、アンタ」
エリザベスは眼鏡をくいと上げて、冷静に言い放つ。
「うんうん、効率厨だよね……スカイくん。さっき、皆が来るまで雑談中に「もし戦争になって、レジスタンスになったら、このアポカリプス学園があるダラ通りに敵を引き込んで、機銃掃射をあびせます☆」とか物騒な事言ってたし……」
先ほどの(プロローグと1話の間に行われた)雑談を掘り起こすセラフィーナ。声には若干の恐怖心が含まれている。
「良いじゃん。それでみんな幸せになれるんだから。それに地形を活かすのは戦術の基本ですよ。先輩」
スカイは肩をすくめる。
「……レベッカ、アリス。あなた達は惚れた弱みでだいぶ目が曇ってるけど、この人、かなりヤバい人だからね。選択肢間違えると、共依存ルート一直線よ」
「ほ、惚れてないし……!」
顔を真っ赤にして反論するレベッカ。だがその視線はチラチラと彼を盗み見ている。……完全に惚れてる。
こう見えても彼は結構モテる。
よくいる鈍感主人公と違って、女の子の好意はよく分かる。アリスやレベッカとは今の関係を壊したくないから、一歩引いているだけで、やろうと思えば口説き落として今晩にもベッドに押し倒せる自信があった。
…………なんというか、嫌な主人公である。
「むしろ、そういう所も好き!」
一方のアリスはうっとりとスカイの顔を眺める。だが、ハイライトの消えた瞳の奥に怖いものを感じて、思わず彼は目をそらした。そして、エリザベスに苦言を一つ。
「エリザベスぅ……そこまで言う……? 僕、一応、生徒会長よ……?」
「この人の悪いところはね、人を動かすには恐怖と暴力が一番効率的って心の底で思ってるところ」
「人をDV野郎みたいに言うんじゃないよ」
「軍人になったら、督戦隊とか嬉々として使いそうな顔してるからね」
セラフィーナがさらりと言った。
「……とくせんたい?」
首をかしげるレベッカに、スカイがさらりと答える。
「味方の背後から、逃げようとする兵を撃つ部隊。たとえば、やる気の無い動員兵や学徒兵を死ぬまで戦わせる時に便利だよ」
「うわぁ……」
レベッカの顔から一気に血の気が引いていく。ドン引き1回目。
「ま、僕が司令官の立場だったら、多分使うけど」
「うわぁ……!」
ドン引き2回目。声が裏返っている。
「だから言ったでしょ。顔とカリスマ性でごまかされるけど、本質的には『頭おかしい破壊神』なのよ。この人」
エリザベスはため息をついて、机の上に置いてある紙パック紅茶を一口。
「ま、今みたいに生徒会みたいな所でストッパーつけておけば、超有能なトップなんだけどね。顔も良くてカリスマもある。特に女の子にはさっきのうるうる目+イケボで絶対言う事を聞かせられる。……でも、絶対に政治とか軍事のトップにして権力握らせちゃダメなタイプ。絶対、よ」
一瞬の静寂。僕は呟いた。
「……なるほどね。人を見抜く目は相変わらず鋭いね、エリザベス」
「褒めても何も出ませんよ。マジで自重してくださいね? あなたは善意100%で独裁者になるタイプなんだから」
レベッカはスカイをじっと見つめ、ぽつりと呟いた。
「……でも。そんな人でも、私が支えてあげれば、きっと……」
「ね? 惚れてるでしょ?」
「恋は盲目」
「う、うるさいっ!」
レベッカの顔がりんごのように真っ赤になるのを見て、エリザベスとセラフィーナはにやりと笑った。




