4、その頃のメス豚
廃村の廃教会の一室。作戦会議の余韻も冷めぬ中、スカイは一人、椅子に深く座って天井を見上げていた。
「ご主人様ぁ……♡ この鞭で「このメス豚!」と言いながら、お尻を思いっきり引っ叩いてくださいまし!」
「……なあ、オリヴィア。お前さ、ちょっと黙ってろ。俺、今演説原稿考えてるんだよ……」
「だって、殿下が“火あぶりにしてやる”なんて甘い言葉を囁くものですから……つい、昂ぶってしまいましたの……♡」
スカイは頭を抱えた。
「戦場で火炎放射器振り回してる時より、今のお前の方が正直こえーよ」
「ご主人様のお言葉、すべてがご褒美でございます♡」
「……誰か、こいつの脳を整備兵に修理に出してくれ」
部屋の外から誰かが笑っている声が聞こえる。たぶんアリスだ。うまく言いくるめれば引き取ってくれないだろうか?
スカイはため息をついた。
――王子ってのは、国を守る役目とか、民のための政治とか、いろいろ大変だと思ってた。
まさか、「性癖がアレな部下の暴走を制御する」なんて仕事まで含まれてるとは、誰が想像したよ……。
そして、彼はまたひとつ、大人になった気がした。
***
(オリヴィア視点)
私は、誇り高き軍人貴族、オリヴィア・ランサー。
王都の軍学校ではエリザベスに次いで成績トップ2。家名と名誉を背負い、そして、結成当初、まだ『女学生のお遊び部隊』『貧民王子のハーレム』などと蔑まれていた、この666大隊に赴任してきた当初――
彼のことなど、正直、侮っていた。流石に口には出さなかったけど。
(なんなの、この貧民臭い王子様……。顔は良いけど……ただの棚ボタでしょ?)
しかし、最前線に立ち、誰よりも冷静に命を賭け、ときに誰よりも狂ったように敵を屠る彼の姿を見て、私は、恐れを知った。
(この人、本物だ……!)
それは尊敬でも畏怖でもない。
もっとこう、底知れぬ淵を覗いてしまったような、冷たい感情。
転機はあのハマン殲滅戦。――ブラッディ・ダラ。その追撃戦。
……笑っていた。武器さえ捨てて逃げ惑う反政府軍の少年少女兵達を撃ちながら(隣にはこれ以上無いくらいの曇り顔してるレベッカさん)。
この人は、戦場にいて一番、狂ってる――
そう思ってしばらく経った時のこと。あれはヅール砂漠の時だったか……。
敵の流れ弾を受けて、私は崩れ落ちた。脇腹を撃たれ、体は動かず、血が止まらなかった。
そして、目の前に現れたのが、彼――スカイ殿下だった。
「馬鹿野郎ッ、ここで死ぬな! お前が死んだら誰が火を撒くんだ! 火だるまになる敵兵を恍惚とした目で見てるのがお前だろ!」
「っ……ひゃっ……!」
私は、殿下に平手で叩かれた。
……なぜか、それが痛みよりも、甘く感じられてしまった。
彼は、衛生兵が駆け付けてくるまで、私の頬を叩いて意識を引き戻し続けた。その手のひらの熱が、私の中の何かを燃やしていった。
「目を覚ませ、オリヴィア! 寝るな! まだ焼くべき敵が残ってるだろうが! お前が死んだら誰がトーチカに立て籠もる敵を燻り出すんだ!」
(……や、だ。そんな風に、叱らないでくださいまし……♡)
その日、私は悟ってしまった。
……私は、怒鳴られながらひっぱたかれるのが、好きなのだと。
痛いのに、触れられた所とお股がキュンキュンして、それがとんでもない快感に変わった。
何より、その相手が、自分を見下していた貧民の出で、それでいて、誰よりも戦場で輝く美少年だったのが、致命的だった。
この日を境に、私は彼を『ご主人様』と呼ぶようになった。
それが貴族の教育に反するとか、そもそも常識に反するとか……部下達や弟子がドン引きしているとか。そんな理屈は、もうどうでもよかった。
だって、もう目覚めてしまったのだから。
ああ、ご主人様。一生おそばに置いてくださいまし。あなたの敵はこのオリヴィア・ランサーが焼き尽くしてあげますわ!




