2、しんがり
「……! 撤退命令だって!」
「……撤退……? 司令官がそう判断したの? つまり、負け……?」
「大隊長殿の声だよ、間違いない!」
ウッドペッカー隊、第2小隊のオードリー・フェロンが無線を受信したとき、観測手のイヴリン・フォックスハウンドは目を見開いてそう問い返した。
その声には驚きと、僅かな恐怖、そして理解が滲んでいた。彼女は察したのだ。
――これは、王都が落ちるということなのだと。
頭の回る彼女らしい。まだ15歳だというのに、いつも双眼鏡片手に敵の位置を冷静に指示してくれる。けれど、その表情の奥には、どこか疲れ切った影が見え隠れしていた。
無理もない。今日一日中、彼女達は戦い続けていたのだ。 精神的にも、肉体的にも、限界はとっくに超えている。
士気崩壊して敵前逃亡した味方の代わりに、殿軍を任されたヅール砂漠での迎撃戦や、何人もの敵軍の少年兵を挽肉にして精神的にえぐられたハマン殲滅戦ですら、ここまで長く、激しい戦闘にはならなかった。
一方、装填手のルーシー・フォックスバットは無言のまま、しかし何かを受け入れたような顔をしていた。
彼女は貴族出身であったが、薬物中毒になった両親の代わりに妹を養うため、この大隊に――この学徒兵制度に自ら志願したと聞いたことがある。
彼女は、14歳。 すでに、ルーシーとオードリーの故郷のあった地区は更地になっている。 この戦争の渦中、反政府軍と政府軍が何十本もの大砲を撃ちあって、砲撃ですべてが吹き飛ばされたのだ。 彼女の『本当の』家族がどうなったのか……それすら、もう分からない。
……だけど、それでも。 彼女たちにはまだ、血は繋がっていなくても『家族』と呼べる存在がある。
この大隊の皆。彼ら、彼女たちは――私たちの家族だ。
そう思うと、不思議と勇気が湧いてくる。
仲間を見捨てて逃げる様な奴は家族じゃない。
「督戦隊が逃げるって言うのも、情けないね」
ぽつりとイヴリンが言う。オードリーは思わず彼女の腕章から目をそらした。赤い腕章には黒字で『督戦隊』の字。
黒い軍服につけられた赤い腕章は、一層目立つ。それが、彼女たちの使命だった。
「機関銃は?」
「置いていくよ。もうこれ担いで走る力、残ってないし……」
「ヅールやハマンでも一緒だった相棒なんだけどな……」
名残惜しそうに、今までの相棒、mg778機関銃の砲身を撫でる二人を守るように、オードリーは、接近戦用のs100サブマシンガンを手に取った。
そして迷いなく、敵陣に向けて引き金を引いた。 弾幕を張りながら、叫ぶ。
「私はしんがりをやる! 二人は先に行って!」
「大丈夫なの? そういうの、死亡フラグって言うんじゃない?」
「私は16。イヴリンは15。ルーシーが14。私が一番年上なんだから! 妹たちを守るのは当然でしょ! それにポンコツ正規軍のおもりで、しんがりは慣れてる」
そう言って、笑ってみせた。無理に。でも、それでいい。 ちゃんと笑えていたかどうかなんて、彼女自身にも分からなかったが。
「……必ず、合流してね」
イヴリンが振り返らずにそう言い、ルーシーも共に、銃撃の一瞬の隙を縫って後方へ駆け出していく。その奥では中隊長の第1小隊。まだ弾幕を張っている。
「私達が退避するまで援護してくれるのか。優しい隊長らしい」
――こんな汚れ仕事担当、見捨てたって、誰も咎めはしまいに……。
オードリーは、妹たちが無事に退避するまで、サブマシンガンを構え続けた。 引き金を、迷わずに引き続ける。 この命が尽きるその瞬間まで―― 彼女は、『家族』を守る盾でいようと、心に誓った。




