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14、長蛇

 朝靄が、ジフ川の流れと共に淡く揺れていた。


 陽はまだ低く、野営地の周囲は静まり返っている。だが、666大隊の朝は早い。


 水鳥の声と共にパンをちぎる音が響く中、ファルナ・ベアはカップの縁に唇を当てながら、静かに言った。


「……昨夜ナナが抱かれたらしいですわ」


 隣でスープを口にしていたルシア・ストラトフォートレスは、一瞬だけ手を止めた。


「情報が早い」


「ユリシアが聞いたらしいです。隊長のテントから、ナナの喘ぎ声がしたとか」


「……ユリシアね」


 ルシアはため息をつく。


「あの子、なんでも記録しちゃう癖あるからな。どうせまた、迷言多めの『編纂日和』とか言ってテンション上げてたんでしょ?」


「事実そう言っていましたわ。……ま、変な性癖くらい放っておいてあげましょうよ」


「どっちの? スカイ殿下のほう? ユリシアのほう?」


「両方」


 カップをテーブルに置いたファルナは、ひと呼吸おいて、ふと何気ない風に切り出した。


「それで……シルヴィア様、『きーっ!ナナにまで抜け駆けされるとは!?』って、今朝からヤキモチモードに入ってます」


「またか。さっき不機嫌だったのはそういう……」


「で、さっき第5小隊の面々で相談したんですが。今晩、四人で夜這いしかけることにしましたわ」


「……は?」


 ルシアがスプーンを落としかけた。


「ルシアも付き合いますか?」


「いやちょっと待て、話の展開が速すぎるんだけど!? なにその誘い方」


「……?」


「『行かないの?』みたいな顔しないで?!」


「だって今の情勢じゃ、じわじわアピールしてる時間ないし。どうせなら『冥土の思い出に抱いてください!』って直球でいった方が確実って結論になりまして」


「お前らはそれでいいのか……? 雑すぎない?」


 幼馴染で従者があっさり男と一線超えようとしている事に、ルシアは少し躊躇いをみせた。


 だが、ファルナは静かに答える。


 その表情には、戦場の現実を受け止めた者だけが持つ陰りがあった。


「この戦いが終わっても……私たちが生きてる保証なんて、どこにもありませんから」


「……」


 短く沈黙が流れる。事実、そうではあったからだ。


 やがてルシアが少しだけ視線を上げて、口を開いた。


「……でもさ、そもそも殿下って今、そんな余裕あるの? 反政府軍、もうすぐ来るかもって予測だったでしょ」


「それがね、今朝の報告によれば、敵本隊の到着はあと四日から五日、下手すればそれ以上かかるらしいですよ」


「へ?」


「スパイの報告だと、連中の主力、まだヅール砂漠のあたりだとか」


「ヅールって……まだ相当遠いじゃない。マジで遅くない?」


 ルシアの困惑は当然だった。


 あれだけラジオで大仰に追討軍派遣!と宣伝していたのに――その足取りは、妙にのんびりしていた。


「可能性としては二つ。各地からの部隊集結を待っている……あるいは」


「補給が切れて立ち往生してる?」


「可能性はあります。事実、数十キロに渡って車列が渋滞起こしてるって」


「街道上でトラックや戦車が『便秘』起こしてるって? いや、ほんとにそうだったら、ガバガバにも程があるでしょ……」


 ルシアは嘲笑したが、同時にどこか納得しているような気配もあった。クラリーチェの徹底抗戦演説から数日で追討軍派遣。


まともに準備する余裕なんてほとんど無かっただろう。ガス欠を起こして脱落する車両が出てもおかしくない。


「……でもまあ、なるほどね。そういう事情なら、『今のうち』って考える子も多いかもね」


 彼女は呟き、空を仰ぐ。


「でも、皆考える事は同じだろうし。……殿下、この数日まで何股までいくんだろ」


「少なくとも今日で13股は確定していますわ」


「地獄かな?」


「賭けましょうよ。私は20股と予想します」


「倫理観どこ行った?」


 ルシアは呆れつつカップを傾けた。


 口には出さないが、彼女たちもまた「生き残れるか分からない者たち」のひとり。


 恋だって、生存戦略のひとつ――そういう割り切りが、この戦場では当たり前だった。

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