11、つかの間の平和
夜は静かだった。
ジフ川から吹く風がテントの幕を揺らし、わずかに油と金属の匂いを運んでくる。
整備用ランタンの橙色の光だけが、テントの中をぼんやり照らしていた。
レベッカは寝袋の上に座り込んで、無言でぼーっとしている。
アリスはそのすぐ横で、分解したM16アサルトライフルに黙々と油を差していた。
沈黙。
数十秒。
また沈黙。
「……」
「……」
レベッカがちらりとアリスを見る。アリスも気づく。
「……何? 何でさっきから私の顔ジロジロ見てくんの」
「別に~? 暇なんだよ。ただそれだけ」
「嘘つけ。テレサのライフルの整備見てて暇つぶしになるとは思えんね」
アリスは銃身を磨きながら、ニヤリと笑う。
「さっきスカイがイーグル第5の子達に囲まれて鼻の下伸ばしてたの見て、逃げて来たんでしょ」
レベッカは一瞬、むすっとして目をそらした。
「べつに。妬いてるわけじゃないし。……いやほんとに」
「ほんとに、とか言う時点で図星なんだよなぁ」
「…………」
「…………」
「………………ちょっとだけ妬いた」
「かわい~」
アリスが笑い、圧縮空気で埃を飛ばす。プシュッという乾いた音が夜に響いた。
「普段こういう時はナナと一緒にいるイメージあるけど。今日は?」
「……ナナは……少し放っておいてあげたい」
アリスの手が止まる。
「……だよねぇ。」
「何言えばいいか、わかんないや。私、正室とか言われてるけどさ……別にカウンセラーでも医者でもないし」
「……正室のコミュ力も万能じゃなかったか。ま、父親と婚約者が木に吊るされて、数日経って腐敗してる光景見てPTSD、なんてカウンセラーでも頭抱えると思うけど」
「買いかぶり過ぎないでよ。私はただの貧民街の貧乏人の娘よ」
レベッカは手持無沙汰になり、近くに置いてあったドライバーを手の中でくるくると回す。
「ま、時間が解決してくれるのを待つしかないよ。……しかし、シルヴィア達かぁ。確かに、貧民街育ちじゃちょっと分悪いよねぇ。あれだけ家柄良くて美人で「殿下ァ~♡」ってやられたらさぁ」
「……やめてよ。自信削ってくるの」
アリスは笑って、レベッカに近づいて、彼女の頬にちゅっと軽くキス。
「大丈夫大丈夫。もしスカイにフラれたら、私がレベッカを娶ってあげるから」
「間に合ってる。それにアリスだって血筋だけが取り柄の貧乏貴族のくせに、偉そうに」
「厳密には没落貴族だけどね。それに私はギャル属性まで兼ね備えた万能キャラだから」
「ギャル……? そんな属性あった?」
「あるよ。ノリ軽いとことか。ほら、「マジ卍超えたマジハーケンクロイツ~」って」
「言ったことないでしょそれ」
「今言ったじゃん」
「それだけで自称ギャルは無理ある。むしろギャルとは対極でしょ。こんな重いギャル見たことねぇよ」
「でもヤンデレ鰐じゃないアリスちゃんはもうアリスちゃんじゃなくない?」
「自分で自分をアリスちゃん呼びする整備兵はキツイって……」
二人は見つめ合い――同時にふっと笑った。
「……なんかさ」
「ん?」
「こうやってしょうもない話してると、少しだけ平和になったみたいに感じるね」
「だね。……ま、うちの大隊、平和になったらなったで、行くあてのない奴らばっかりだけど」
「それよ。この大隊の最大の問題!」
レベッカは少し真剣な表情になる。
「実際、戦争終わったら皆の処遇どうするのさ? PTSDこじらせた元少女兵なんて、傭兵か娼婦くらいしか行き場無いよ!」
「嫉妬心強い癖に、大隊の皆の事、大事な友達と思ってるとこ、ほんと好き」
ヘラヘラとアリスは言う。だが、その瞳には「いつか訪れる大隊の破綻」についての恐れも確かにあった。
「クリスティーナとか、何を血迷ったのか、「どうしようもないから皆で隊長に嫁入りしよう!」とか言ってるんだよ?」
「ま、乱暴だけど、ある意味一番綺麗に着地出来るからね。百股ハーレムエンド」
「勘弁してよ。もうスカイを偶像にしたカルトだよカルト! お前らちょっとは私の立場考えて?!」
レベッカの諦めとも嫉妬とも冗談ともつかない言葉に、アリスは苦笑しつつパーツと工具を一旦置いた。
「……ねぇアリス。敵、明日来るかね?」
「明日には来ないだろう。早くても明後日か明々後日と私は見てる」
「だよねぇ。……じゃあさ、最期になるかもしれないし、スカイの寝室行く? 今から」
「良いねぇ。テレサの無駄に凝ったカスタム銃の整備にも飽きてたところだ。気分転換」
何とは言わないがやる気になったアリスは、ばらした銃のパーツを丁寧に布で包んだ。
「……ねぇレベッカ」
「なに?」
「スカイがさ。イーグル第5に囲まれてた時さ」
「うん」
「本音ではどう思ってた?」
「…………」
「…………」
「………………「スカイは私のだよバーカ」って思ってた」
「…………」
「…………」
「良いねぇ。それめっちゃ好き」
二人は声を出さずに笑った。
戦場に来る夜の、ほんの一瞬の安息だった。




