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9、夕方の偵察  

 ジフ川の水面は、秋の陽を受けて鈍く光っていた。遠くでは水鳥の声がして、近いうちにここが戦場になるとは思えぬほど、穏やかで長閑な風景が広がっている。


 この川はすぐに血で濁る。誰よりもそれを分かっていたのは、ここにいる少女たちだった。


 イーグル第5小隊。

 シルヴィア・ブラックジャック。

 オクタヴィア・バックファイア。

 ファルナ・ベア。

 ユリシア・バジャー。


 夕陽に照らされた草原を、彼女らはゆっくりと歩きながら地図を広げ、周囲の地形を確認していた。


 すぐ先の丘の先には森と農地。敵が物資を集めるには、都合のいい地形だった。


「ねぇ、オクタヴィアさん」


 風に髪を揺らしながら、双眼鏡を片手に、丘を見ていたシルヴィアが唐突に口を開いた。


「……私らイーグル第5小隊。いまいち地味だと思いませんか?」


「……まぁ否定は出来ませんが」


 オクタヴィアは視線を巡らせたまま答える。シルヴィアは頷き、段々熱が入ってくる。


「だって普通さ、小隊丸ごと殿下LOVE勢ですよ?もっと脚光浴びていいはずです。それが何ですか。……レベッカ嬢? あれはいい。仕方ない。勝てるわけがない。でもコーモラント第1小隊が全員殿下の愛人と化してるのに、私達が一人もハーレム入りしてないのはおかしい!」


 ファルナが眉間を押さえる。


「いや、仮にも侯爵令嬢がハーレムって言わないでくださいまし……」


「良いのですよ。英雄色を好むと言いますし」


 そんな主を見ながらユリシアは、ぽつり。


「シルヴィア様のクソ婚約者も、殿下同様、浮気性だった様な……」


「あいつは論外。アレはそもそもすぐ癇癪起こして暴力振るうわ、ナチュラルに人を馬鹿にしてくるわの、浮気性以前に人としてダメなやつだった。でも、殿下は違います。浮気じゃない。全員本命なんです」


「恋は盲目ですね……それに殿下、下着フェチ拗らせた変態プレイ大好きですけど、シルヴィア様は対応出来ますか?」


 ユリシアの自身の執筆した「スカイ殿下語録」の一節をこれ見よがしに開く。そこに載ってた名言(迷言)は「レベッカ~。スカートをたくし上げてパンツ見せてくれ~」というシンプルながら彼の性癖を如実に表した一言である。


「好きな人の闇を受け入れられずに何がガチ恋勢ですか!」


「名言っぽいですが、殿下の奇行に自分から振り回されに行きます宣言なんですよねぇ」


 ファルナは呆れ、オクタヴィアはため息をつき、ユリシアはうんうんとメモを取っている。


 ……そのメモは絶対そのまま『殿下語録』執筆の史料になるのは言うまでもないい。


 シルヴィアは大きく息を吸い、眺めていた丘を指さした。


「だから!手柄を立てて注目を浴びるべく、地形調査部隊に立候補したんですよ!」


「そういうことです」


 オクタヴィアが相槌を打つ。


「敵が補給拠点にしそうな地点でも見つければ、大きな手柄になるというわけ」


 ファルナも草を払いながら頷く。


「それにまだ敵本軍は王都を出たばかり。戦闘になる危険も少ない。ローリスクで殿下の覚えがめでたくなる、おいしい任務ってわけですね」


 ユリシアは空を仰ぎながら、少し苦笑した。


「……その分、ライバルは多いですけど。皆同じ事考えて、今ごろ各隊が罠に向く地形とか駐屯可能地点を探し回ってます」


 シルヴィアは頬を引きつらせながらぼやく。


「……集積地発見といい、カツアゲ検問所発見といい、最近はスケベのクラウディアばっかり目立ってますからね。ここらで我々上級貴族組の力も見せつける時です」


 ファルナが肩をすくめる。


「スケベって……彼女が隠れドMなのは知る人ぞ知る話ではありますけど……」


 シルヴィアは遠くを見つめながら、夕陽に染まる雲を睨んだ。


「ここで殿下の覚えめでたく、あわよくばそのまま寝室に……ぐへへ」


「このスケベブーメランが突き刺さってる令嬢は放っておいて……」


 オクタヴィアは苦笑しつつ、ふと黙り込んだ。


 西の空が赤い。

 

 草原に長い影が伸びる。


 川の向こうには、薄紅色の靄が降りていた。


「……もう日が傾き始めたな。今ごろ反政府軍の連中は進撃中でしょうね。……どうして、来て欲しくない時ほど、時間は早く過ぎるのでしょう」


 ユリシアも、少し静かな声で言った。


「夕日がきれいですね。……なんか、『あの日』を思い出しましたよ」

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