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6、補給物資

 カーク防衛戦の方針が決定されてから一夜が明けた。


 反政府軍と正面から戦う――という方針は、誰もが内心で覚悟していたものだが、それでも現実を前にすると、少女たちの表情にはどこか無理をした笑顔が浮かんでいた。


 作られた明るさ。乾いた冗談。


 そして、その裏に張り詰めた緊張。

 

 だが、その中でただ一人、珍しく心から楽しそうに笑っている女がいた。

 

「……最近では珍しくご機嫌ですね、隊長」

 

 スワロー隊の補給庫。手帳片手に入ってきたアイラ・ヴァレンティア・パトリオットがそう言うと、台帳と睨めっこしていたシャーロット・サイドワインダーはパッと顔を上げ、ぱちんと指を鳴らしてみせた。

 

「ナイスタイミングよ、アイラ! ちょっと手伝ってちょうだい。今ね、クラリーチェ様から支給される新しい装備の目録を整理してるところなの」

 

「……お仕事ですか?」

 

「そ、誇っていいわよ、この仕事に関われるのは。これが書類。ざっと見ただけでも食料、医薬品、燃料、弾薬……。どっさり! これだけあれば、しばらくは大隊が困ることはないわ!」

 

 そう言って差し出された書類の束を、アイラは手に取りながら少し目を細めた。

 

「了解です。ようやく残りの銃弾の数を数えながら銃撃戦する日々とはおさらばできますね。……あの、ついでにキスとか言いませんよね?」

 

「うふふ、期待してたの?朝っぱらからお盛んな子猫ちゃんねぇ」

 

「別に期待してませんよ……」

 

 二人は軽口を交わしながらも、手元の作業は真面目そのもの。黙々と目録を読み上げ、物資名、数量、搬入予定日などを確認していく。


 やがてふと、アイラがぽつりと呟いた。

 

「……それにしても、昨日の会議の噂、ちらほら聞きました。貴族や政治家たちは、また情けないことばかり言ってたって」

 

「うん、隊長が帰ってきてずーっと愚痴ってた。『どうしてあんな連中がこの国の上にいたのか』ってさ」

 

 シャーロットは苦笑しながらペンを走らせる。

 

「ま、でも臆病さは私も人のこと言えませんけどね……。隊長の慈悲で後方に回されたおかげで、こうして生きてますし」

 

「アイラ?」

 

 シャーロットは不意に顔を上げ、少しだけ真面目な声になった。

 

「王都が落ちてから、ここまで逃げずについてきた時点で、あなたは立派よ。あなたより勇ましいこと言ってた子たちの多くが、結局は怖くなって逃げ出してった。……臆病なのは否定しないけどね?」

 

「え、否定してくれないんですか」

 

「事実じゃん。ふふ。でも、真面目に頑張ってるじゃない、ここでは。補給の計算、書類整理、物資仕分けに搬入、ぜーんぶ。人間には向き不向きがあるの。あんたは後方支援型の人間だった。それだけ」

 

 そして、ペンを置いてにっこりと笑った。

 

「それに――戦闘部隊の連中はね、私たちがいなきゃ戦えないのよ? むしろ自分の力をもっと誇っていいわ。……アイラ、あなたは役に立ってる」

 

「……アイマム、隊長」

 

 アイラは、思わず目をそらしながらも照れくさそうに返した。

 

 * * *

 

 しばらく書類に目を通していたシャーロットが、ふと手を止めて呟いた。

 

「……ねぇ、アイラ。この目録、なんか気づかない?」

 

「え? 特に変なものは入ってないように見えますけど」

 

「ヒントは、製造国」

 

 そう言われて、アイラはページをめくり直した。医薬品、缶詰、レーション、燃料、車両用パーツ……そしてその横にある小さな国名表記を見て、少し眉をひそめた。

 

「……アールガム製が多い、ですね。以前は天照やギアテラ、大秦連合の名前ももっとあったはずですけど」

 

「でしょ?」

 

 シャーロットが頷く。

 

「大国連中がこの国をおもちゃにしながら小銭稼いでるって話。聞いた事あるでしょ」

 

「公然の秘密です。列強国が政府軍反政府軍両方に物資を売ってるって……でも、アールガムって、元々は反政府軍寄りでしたよね?」

 

「そう。『民主化』って言葉に弱いから、あの国。お題目が好きなの。だから、最初は『民主化を掲げる反政府軍』に肩入れしてた。……でも、この物資の数よ」

 

 アイラは理解したように頷いた。

 

「こちらに乗り換えた……? 連中が、やりすぎたんですね。略奪、暴行、私刑、なんでもアリ。民主化どころか、ただの野盗と変わらない」

 

「アールガムも考えを改めたのかも。『不自由な秩序』の方が、『無法な自由』よりマシだってね」

 

 シャーロットは机に書類をトンと揃える。

 

「ま、そんな裏事情を知ってても私たちが出来るのは、この物資を無駄にしないことだけ。何を使っても、勝たなきゃ意味がないんだから」

 

「……はい、隊長」

 

 アイラは静かに返事をした。

 

「しかし、なーんかきな臭いわねぇ」

 

 シャーロットはスワロー隊の倉庫を見た。数は少ない。今あるのは一週間の逃避行で使わず残った「在庫」だ。だが、すぐにアールガム製の物資で埋まるだろう。

 

 ――そしてその裏では、静かに大国の思惑が動いていた。


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