5、秘密兵器
作戦会議が終わった後のことだった。
カーク市庁の執務室。すでに夜も更け、窓の外には静かな街の灯りが揺れている。
クラリーチェ・ヴァレンティア少将は、書類の山を前に椅子にもたれ、重いため息をついた。
「どうなる事かと思ったが……ひとまず方針は決まって良かったわ」
机の向こうでは、忠実なる副官――シオン・ハインドが立ち姿のまま控えている。
「ええ。厄介な王族貴族達の中でも、いわゆる『ヘタレ組』しか生き残らなかったのも、かえって話がスムーズに進んで良かったのかもしれません。あれでも、貴族連中の中では『マシ』な方です」
彼は薄く苦笑を浮かべながら言う。
「腐敗全盛期の政府軍では、派閥争いやら見栄の張り合いやらで、まともな作戦会議にすらならなかった。あの頃に比べれば……」
「皮肉な話ね。無能な者ほど、生存本能は強い。生き延びて、空気だけ読んで変に反抗的にならず、頭を垂れるのがうまい」
クラリーチェは、指先でペンを転がしながら呟いた。
「まぁいいわ。奴らはうまく飼い殺しにしておく。私の腕の見せ所ね。……それより、問題は『あれ』よ」
彼女の声が一段、低くなる。
「例の『秘密兵器』……最悪、使う事も視野に入れなければならない」
シオンは表情を崩さず、一言だけ返す。
「……準備はさせておきます。お任せください。残存の砲兵隊へ供給いたします」
――クラリーチェの脳裏に、数日前のやり取りが甦った。
* * *
王都が落ち、第8機甲師団と共にカーク市まで撤退して間もない頃。
残存兵力の再編と物資の確認。そして臨時司令部設営に追われるクラリーチェの元へ、ひとりの男が訪れた。
「クラリーチェ様にはご機嫌麗しく」
スーツを着た、どこか場違いなほどに穏やかな声の男――支援国の一つ、アールガム共和国の外交官だった。
クラリーチェは机から顔を上げると、疲れきった目で彼を見据えた。
「これが機嫌よく見えるか? ……この国は終わりだ。王都は落ちて、残ったのは半壊の私の機甲師団とニーナのヘリ部隊ぐらい。私はカークを枕に討ち死にするつもりだ。お前も巻き込まれたくなければ早く帰国しろ」
「まぁまぁ、そう自暴自棄にならないでください。運の良いあなたに、今日は素敵なプレゼントをお持ちしましたよ」
男は軽やかな笑みとともに、一束の書類を机に差し出した。
クラリーチェは訝しげに手を伸ばし、流し読みする。すると、次第にその目が鋭くなっていく。
「……おいおい、なんだこの大量の支援物資は? からかってるのか?」
「いえいえ。アールガムの、ほんの気まぐれというやつです」
「気まぐれにしては太っ腹だな。何が目的だ?」
「結論から申し上げましょう。我々は、反政府軍を少し――買いかぶり過ぎた」
その言葉に、クラリーチェの眉がぴくりと動いた。
「やつらは少しやりすぎました。彼らの残虐なやり口には、正直、我々も辟易しています。何しろ『世界の警察』を気取る我が国としては、あまり見過ごせない。人権屋共もうるさいですし。……少し、バランスを戻したいのです」
「支援の対象を切り替える、と?」
「秩序を維持できる勢力には、我々も期待しています。もちろん……それはあなた方が『秩序』を守れるなら、という条件付きで、ですが」
「……人様の戦争で暴利をむさぼっておいて、今さら? そもそもアールガムは反政府軍よりだったはずだ」
「ええ。批判されても仕方ないとは思っています。でも、あなたの師団が使っている対空戦車や自走砲、どこから来たと思っています? 我々からの払い下げ品ですよ。あなただって恩恵は受けているでしょう?」
男の笑みはまるで悪びれていなかった。
「そして――目録の最終ページをご覧ください」
ページをめくると、そこには目を疑うような項目が記載されていた。
「……これは?」
「我が国が開発した秘密兵器。新型白リン焼夷弾の試作品――制式名称:PWP-888。初回サービスで300発。『追加注文』があれば遠慮なくお申し付けください。あなた方が使用している迫撃砲にも対応済みです」
「白リン……燃焼剤として使われるが、空気に触れただけで自然発火し、酸素を奪う。皮膚に付着すれば骨まで焼く代物だ……。こいつは……条約違反じゃないのか」
「条約……? ああ、そうでしたね。でも、世界の大半の人間は貴国の地図上の位置すら知らない。こんな『田舎国家』の『さらに辺境』で使ったところで誰も気にしません。せいぜい国連が形だけのテンプレ非難をして、新聞の片隅に載って、各国のミリタリーマニア達が少々動揺するくらいですよ」
「…………使えと?」
「そこはあなた方の判断と良心次第です。現場判断で――そう製造元は言っています。「実戦データと人体に対する影響に関するデータが欲しい」ともね。……ただ、仮に使っても我が国は黙認する事は明言します」
クラリーチェは書類を黙って見つめ続けた。
「さ、こんなしょーもない内戦、ちゃっちゃと終わらせちゃってください」
* * *
現実に戻る。
「……なぁ、シオン」
「なんでしょう」
「私たちの上では……さらに訳の分からない化け物どもが、我々を見下ろしているんだな。まるで……クトゥルフ的な、コズミックホラーってやつ?」
「……なんですか? それ」
「…………いや、なんでもないわ」
クラリーチェは苦笑いを浮かべ、目の前のコーヒーカップをひとくちすする。
夜はまだ、長い。




